ジェイドありえない5題 1.照れた顔

 一番に手を挙げたのは、ルークだった。

「背が高い! とにかくこれが一番だよな!」

 普段から少しだけ見下ろされている赤毛の少年は、実は相手を見上げるのが好きだ。少し顔を伏せられても、その表情を伺うことが出来るから。


 次に口を開いたのはガイ。

「ああ。その割に無駄な肉が無くて、少し細すぎる気がしなくもないけどすらっとしてて。立ち姿に見惚れるんだよな」

 ルークと共に戦闘では前衛を受け持つ金髪の青年は、敵を倒して一息ついた後当たり前のように背後を振り返る。その時に見られる、周囲に警戒の視線を配る姿を思い出し、青い眼を細めた。


 両手の指を組んで、ティアが続く。

「手足が長いというのもポイントだわ。ああ、手の指も繊細で、普段グローブで隠しているのがもったいないと思うの」

 この前顔を洗われた時に見たのよ、と真剣な表情で力説する。いつもの可愛いもの好きとはまた違った方向の趣味に目覚めたらしい。いずれにしても萌えは最強、ということだろうか。


 頬杖を突きながらふう、とナタリアが溜息をついた。

「肌が白くてキメも細かいんですのよ。どんなお手入れをしていらっしゃるんだか、是非お伺いしたいですわ」

 ぷに、と自分の頬を指で押しながらもうひとつ溜息。確実に自分たちより睡眠時間も少なくまた生きた年数も長い肌と比べて、自身が勝てないというのがどうも許せないというところか。


 イオンが、にっこり笑って言葉を紡ぐ。

「ふふふ、薄くて形の整った唇もなかなかポイントじゃないですか? 一度紅を乗せてみたいんです、きっと似合いますよ」

 どこをチェックしてるんだ、と全員の視線が集中する中で緑髪の少年は、ちょっとしたコツがあるんですよと無邪気に微笑んでみせた。どうやら、当人を除く全員が羨むほどの至近距離で見たようだ。


 2つに結い上げた癖のある髪を揺らしながら、アニス。

「髪もさらさらしてて、この前枝毛探したんですけどぜーんぜん見つからなかったんですよぉ」

 アニスちゃんくせっ毛だから羨ましいでーす、と胸を張って宣言する少女に、先ほどのイオンから視線集中の中心点が移動する。無言の疑問に彼女は、探して良いですかと真正面からぶつかった、と至極当たり前の答えを返してみせた。


 膝の上にちょこんと座って話を聞いていたミュウが、大きな眼を輝かせる。

「ボクはお目々が大好きですの! ぴかぴかに磨いたリンゴみたいに綺麗な色してて、きらきらしてるですの!」

 チーグルの仔はまったく悪意のない笑顔と声で、彼にとって最大の賛辞を送る。あまりに純粋すぎる言葉に、言われた当人を除く全員がうんうんと思わず頷いた。


 そして。
 6人に取り囲まれ1匹に膝を占領されて座っているジェイドは、どこか居心地の悪そうな表情で自分に視線を送る仲間たちを見返していた。ナタリア言うところの白くてきめ細かい肌が微かに赤く染まっているのは、気のせいではないだろう。

「……な、何ですか皆さん、唐突に」
「うん、だからジェイドの良いところ探し。とりあえず外見から」

 言葉の少なすぎる質問に即答したのは、すぐ横に座ってじーっと見つめてきているルーク。
 要するにこの6人と1匹は、最年長であるジェイドの外見における長所を話題として盛り上がっていたわけだ。張本人を目の前にして。
 邪気のない碧の瞳で見つめられ、思わず視線を逸らしてしまう。と、自分を挟んでルークの反対側に座っているガイと視線が合った。その向こうにいるイオンも、じっとジェイドを見つめている。

「いや、良いところを探してくださるのは構わないんですが、他にもあるでしょう。どうして見てくれからなんですか」
「だって旦那、能力褒めても平然と『ありがとうございます』って返すからさ。こっちとしてはつまらないんだよな」

 にやにや笑いながら指摘する青年に、かっと肌の赤みを濃くしながら口元を押さえた。手に触れた顔の表面は軽く熱を持っていて。

 本当に何を考えているんです? こんなおっさんの良いところ探しなんて、恥ずかしいじゃないですか。

 言葉に出して反論しようとして、出来ない自分にジェイドは内心驚いた。イオンが褒めてくれた唇は紅も乗せていないのに赤く染まり、わなわなと震えて言葉を紡ぐことが出来なくなっている。

「まるで冗談を言っているように取られるので、こちらは結構不満だったんですよ? 本当に賞賛したいだけなんですから」

 唇に紅を乗せたいと言い放った当人は笑顔を崩さないまま、それでも少しだけ頬を膨らませてみせる。

「かと言って内面、ということになりますと……貴方は普段から仮面を被りすぎていて、こちらからはなかなか分かりかねますの」
「時々本音が見えるときもあるんですが、大概ごまかされて終わりますから」

 ナタリアとティアが2人して同じように腕を組み、うんうんと同時に力強く頷く。かっと見開かれた2対の瞳にこの気持ちお分かりですか、とばかりに睨み付けられ困り果てるジェイド。どうしてそこまで責められなければならないのか、本人にはまったく理解できていない。いや、それ以前に何故良いところ探しなどされなければならないのかも。

「そーなんですよねえ。というわけで、いっちばん分かりやすーいところから攻めてみることにしましたぁ!」
「ですから、どうして……」

 にこにこ笑いながらびしすと人差し指を立ててみせたアニス。やっとのことでジェイドが搾り出した蚊の鳴くような声は、「だって」というルークの一言で遮られてしまう。

「ジェイド、自分の良いところ全然分かってねえんだもん」

 ぷうと頬を膨らませながら自分の腕にしがみついてくるルークに、ジェイドは何も言えなくなる。
 綺麗な髪と肌。形の良い唇。ほっそりとしたスタイル。長い手足と繊細な指先。真紅の瞳。
 賞賛されたことが無いわけではない。だが、その言葉の後には大概にして『こんな優男が死霊使いだとは』という台詞がついてくる。
 今のように何のてらいもない賞賛を口にするのはピオニーくらいのもので、彼の口説き文句にも似た台詞にはジェイドも耐性がついていた。

「俺たちみんな、良いところいっぱいあるお前のこと、大好きなんだぞ」

 けれど、こうやって年下の仲間たちによってたかって褒められるのは、何だか気恥ずかしい。
 顔が火照って、熱くなって、彼らの顔を見られなくなる。
 思わずうつむくと……最初から自分の膝を占領していた、チーグルの仔と眼が合った。

「みゅ? ジェイドさん、お耳までリンゴみたいに真っ赤ですの。お熱でもありますの?」

 じーと自分を見上げるミュウのつぶらな瞳に、ジェイドは穴を掘って潜りたくなった。ああ、今なら隠し通路を作ったピオニーの気持ちが分からなくもない。いや、あれは穴を掘る意味合いが違うか。


 ちなみに、後日。

「は? 眼鏡の外見の良いところ? あの姿勢の良さと伸ばした腕の美しさか……って、何を言わせる屑っ!」

 アッシュに怒鳴られて慌てて逃げるルークの横で、やはりジェイドはリンゴになっていた、とはミュウの弁である。


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