ジェイドありえない5題 2.慌て顔

 何でジェイドって、いつも余裕綽々な顔してんだろ。

 そうガイに聞いたら、「確かになぁ」と頷いてくれた。

「ま、旦那は俺たちの中で最年長だし、マルクト軍の中では若いけど重要な位置にいるだろ。余裕な顔してないとやってられないんじゃないかねえ」
「そうなのかなあ」

 うーんと首をかしげる。マクガヴァンの父上の方とか、マルクトのお偉いさんたちと並ぶとジェイドはすごーく若く見える。というか、そこら辺と比べると実際若いんだけど。もっとも、その中でも平然としてられるのはやっぱりあの余裕ありすぎるような態度が物を言ってるんだろうなあ。

「そうそう。ほら、ヴァン謡将って髭生やしてただろ。あれ、神託の盾で舐められないように生やしてたらしいぜ」
「え、マジ?」

 と、ガイはそんなことを言ってきた。そう言えば師匠、あれでもジェイドよりだいぶ年下なんだっけ。その割に年食って見えるのはやっぱりあの髭が原因なんだよな。
 師匠があれだけ老け……じゃなくて貫禄ついて見えるんだから、ジェイドが髭を生やしたらどうなるかなあと想像しようとして……失敗した。駄目だ、あの顔に髭なんて想像が出来ねえ。思わず吹き出してしまったら、ガイが不思議そうな顔をして俺を覗き込んできた。

「……こらルーク、何想像した?」
「え、いや、ジェイドが髭生やしてるところ考えてみたんだけどさあ」

 隠してもしょうがないので素直に答えたら、ガイもほんの少しの間何かを考え込む顔になった。それから上げられた顔は眉ひそめてて、何だか小難しい表情になってる。

「……想像つかないな」
「だろ?」

 はは、ガイも同じこと考えたんだな。だよなあ、想像つかないよな。髭の生えたジェイド。


「それで人の顔をさっきからじろじろ見ているわけですか」

 部屋に戻ってきたジェイドは、俺とガイに挟まれる形でどこか呆れた顔をして座っていた。もうあとは寝るだけだから、普段の軍服を脱いでインナースタイルになっている。軍服脱ぐと普段青基調なのが一転して黒基調になって、そうすると肌の白さが一層際だつ。

「うん。だってジェイドが髭生やしたらどんなんだろうなーって」
「一応朝起きた後処理はするんですけどね。色も薄いですしまばらにしか生えませんから、伸ばしても見目が良くないんですよ。それにほら、私こういう容姿ですから似合いませんしね」

 俺が素直に言ったら、ジェイドは苦笑して答えてくれた。素手で撫でている顎は髭なんてまるで見えなくて、ほっそりと整っている。……髭、無くて良いかも。
 それにしても、ちゃんと処理してるんだ。きちんと毎朝髭剃ってるのかな、ジェイド。ガイと鉢合わせしたことないんだろうか?
 ……無いか。だってジェイドだもんな。

「じゃあ、朝早く起きればあんたの髭見れるんだ?」
「どうでしょうねえ。今でもそれほど見えないでしょう?」
「大体ルーク、お前朝弱いじゃないか。まず無理だろ」

 あのさあ。何でこう言うときに限って、ガイもジェイドの味方するんだろ。ガイだってジェイドの髭、見てみたいって感じだったじゃんか。

「う゛……よ、よおし。じゃあこうする」

 かくなる上は実力行使。不意を突いてジェイドの両手を捕まえると、そのままベッドに押し倒した。俺が起きる前にジェイドが起きちまうんなら、俺が起きるまでジェイドを動けないようにすれば良いんだよな。俺、ちょっとは頭働くようになったかも。

「ちょ、何するんですか!」

 慌てたみたいにジェイドはじたばた足掻く。だけど、こっちの方が若いし体力だって上だからな。動けないでいるうちに、俺はガイに手を差し出す。心得たとばかりにガイが差し出してくれたのはジェイドの青いグローブ。肘の上まである長い奴だから、ロープ代わりに手首を締めるにはもってこいだ。……軍服の一部だから、うっかり破るわけにも行かないよな、ジェイド?

「おー、なるほど」
「こら、ルーク! ガイ! これをほどきなさいっ、怒りますよ!」

 俺の肩越しに感心しているガイの声が届く。ジェイドはますます顔を赤くして抗議していたけど、一瞬その顔を引きつらせた。そう言えば、何か後ろでガイが荷物漁ってるな。

「んー悪い旦那、せっかくだから俺もルークに協力する」
「ガイまでっ! んぐっ」

 ひょいと伸びたガイの手が、ジェイドの口に丸めた布を押し込んだ。んーんー唸るジェイドが何か色っぽくて、ちょっと顔が熱くなる。いや、待て俺。相手男だから、俺の5倍生きてるから。

「よし、これで譜術も封じたっと」

 ぱんぱんと手の埃を払いながら、ガイは満面の笑みを浮かべてる。そっか、あのまま放っておいたら俺たちジェイドの譜術で吹っ飛ばされてたよな。さすがガイ、気が利くなあ。さて、そうなると。

「後は槍だなー」
「大丈夫だ。槍は長くて取り回しが大変だから、手で掴めないようにしておけば何とかなる」

 おお、なるほど!
 ほんとにガイ、凄いぜ。さっさとジェイドの手に別の布握らせて上から縛っちまうなんて。いやほんと、手際の良さに感心する。
 この際、どこでその手際を覚えたのかってことは気にしないことにしよう。

「むぐ……」

 ここまで来るとさすがのジェイドも抵抗を諦めたのか大人しくなった。ぎゅっと目を閉じて、軽くそっぽを向いている。いやだから、しっかりしろ俺。相手はとっても綺麗だけど男、男だから。と言うか本来の目的忘れてないか、俺もガイも。

「よ、よし。これで後は添い寝する! 俺が起きるまでジェイド解放するなよ!」
「むぐっ!?」

 そうそう。俺が起きる時間になるまで、ジェイドが髭の処理しなければいいんだよな。それなら俺でも、髭生えたジェイド見れるから。
 せっかくなので抱き枕代わりにぎゅっと抱きついたら、ジェイドは目を白黒させた。えーと、これも慌ててんのかな? 口を塞がれてるのが残念だけど、布取ったら速攻で秘奥義ぶちかまされそうだから勘弁な。

「了解。俺も添い寝させて貰うぜ、良いよな旦那?」

 ガイは、俺とジェイドを挟むようにベッドに入ってきた。そのまま俺と同じようにジェイドを抱え込むと、あからさまに顔をしかめられた。
 ようし、これで明日の朝は髭の生えたジェイドの顔を見られるぞー。


「おはようございます。皆さん」
「おはようございます、大佐。朝から部屋の方が賑やかだったみたいですけど、どうしたんですか?」
「いえちょっと、お子様とその使用人が悪戯をしでかしてくれましてね。少々死にかけましたので、軽くお仕置きを」
「まあ、ルークもガイも年甲斐も無いことを。申し訳ないことですわ」
「いえ、ナタリアが謝ることではありませんから」
「それでぇ、ルークたちどうしたんですか?」
「ああ、あと2時間ほどは起きてこないと思いますよ」
「あの、ジェイド。治療に向かった方が良いでしょうか」
「いえいえ、イオン様のお手を煩わせるまでもありませんよ。はっはっは……つっ」
「? 手首、どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません。悪戯された時に軽く打ったようで」
「なるほど。それでは悪戯っ子たちの治療は必要ありませんね♪」

「……ルーク……見れたか?」
「……イエマッタク……」
「……俺もだ……朝だからって解放するんじゃなかったかなー……」
「……ティアあ、ナタリアあ、イオーン……俺たち瀕死ー、タスケテー……」


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