満月の夜、月の光によって生み出された影の中を疾駆する存在がいた。
 その速さは異様と思えるほどで足取りに迷いはなく、暗闇の中を駆けていると感じさせない。
 時折、月光によって地面にその者のシルエットが浮かび上がる。
 それは人の姿のようであり、しかし人とは違う姿であった。
 全体的にフサフサしているようであり、腰辺りから何かが生えているようであり、なにより鼻から口の辺りがせり出しているように見えた。
 それは時に建物の屋根を駆け、飛び移り、地を駆け、高低差など物ともしない俊敏さであった。
 そしてついにそれは影から飛び出し、その姿を月光の元にさらし出した。

 そこに現れた者こそ、「人狼」であった。


 最初の人狼は、元々は「魔術師に仕える者」(以下、「彼」と呼ぶ)だったという。
 彼は主と共に人知れず夜を護っていたのだが、ある日その主との別れを経験した。
 主の事を尊敬していた彼は、自らがその主の志を継ぐ事を―――「夜を護る」と決意した。
 それから彼は夜を護る為にと奔走したのだが、悲しい事に力が足りなかった。
 だが彼は諦めることなく、自らを鍛える事で不足分を補おうとした。
 それと同時に、かつて主と共にあった頃の変化能力を取り戻そうと修行を開始した。

 なぜ変化能力を取り戻そうとしたのかは定かではない。
 「足りない力を求めた」と見るのが現実的であろうが、ここでは「主を想って取り戻そうとした」という説を推したい。
 なぜなら、彼の主は狼が好きだったのだ。
 そして彼は「人獣」への変化能力を取り戻すのではなく、「人狼」への変化能力を得た。
 少しロマンチックかもしれないが、そうだったのではないかと思うのだ。
 そして厳しい修行と試行錯誤の末に、彼は「人狼」への変化能力を得た。
 こうして得た人狼への変化能力だが、魔術師に仕える者が変化できる人獣とは以下のようにいくつか違う点がある。

  1.自らの力のみで変化できるが、人狼以外には変化できない。
  2.月の満ち欠けによって力が増減する。
  3.変化出来るのは満月の夜のみ。
  4.不死ではなく、新月でも自己再生しない。

 1を見ると単独で変化出来るのはいいが、変化対象が人狼のみという点に汎用性を失っていると思うかもしれない。
 しかし変化を人狼のみに絞る事により、変化過程では無駄が省かれて最適化されてコストパフォーマンスがよくなり、変化後では各種能力を上げる事になった。

 次に2だが、月の満ち欠けと魔力には大きな関係があるという。
 人狼への変化は魔法によって一時的に変化しているのだが、その関係上、月が満ちれば力が増し(満月で力は最高に)、欠ければ力が減る(新月では力を失って通常の人と変わらない)。
 といっても、あくまで人狼由来の力が対象であり、地道に励んだ訓練などで鍛えて得たものには影響はない。
 その為、人狼は通常から鍛練を欠かさず、人狼由来の力に頼りきりという訳では決してないのだ。

 そして3だが、確かに変化する事で爆発的に能力が増大するが、上記でもあるように人狼の力に頼りきっているわけではなく、変化はあえていうなら「とっておき」のようなもので行動の前提ではなので問題はない。
 また人の形質という観点から見ても、変化機会が少ない事はいい点である。
 肉体と精神は互いに影響している。一時的にとはいえ肉体が人狼に変化すれば、精神もまたそれに伴って影響を受けるだろう。
 その影響が酷ければ人の形質に問題が発生することになるだろうが、変化時間が少なければ受けた影響も自然に回復可能である。

 少し話は逸れるが、人狼は人狼となる修行を開始する前に、力に溺れたり正気を失ったりしないようにする為の厳しい精神修養を行い、無事完了した者のみ人狼となる修行に進める。その精神修養時には、変化による影響からの回復や、回復を促進する方法も学ぶそうだ。
 そういうこともあり、満月の夜のみ変化可能というのは問題ないのだ。

 最後に4だが、命あるものはいずれ死が訪れるのが自然の摂理だ。あるべき姿に戻ったと考えるべきであろう。
 月が満ちていれば(魔力が高ければ)多少治癒能力は高まるが、あくまで傷の治りが早い程度である。
 そして時は流れ。ある満月の夜。

「この、ば、化け物がーーーッ!」
 暗闇の中、追い詰められて半ばヤケクソのように繰り出される攻撃。
 だが人狼たちにとっては、その軌道は暗闇でもしっかりと見えるだけでなく気配として感覚で分かる上、彼らのすばやさをもってすれば難なくかわせてしまうものだった。
 人狼たちは、月明かりが照らす場所とそれが生み出す影の中を行き来し、相手をかく乱しつつ接近して白兵距離から一撃のもと倒していく。

「ヒィィ、ちくしょう、なんで、なんで……ッ?!」
 最後の1人となった男は地を這いずりながら言葉をこぼす。腰が抜けてしまって立てないのであった。
体はでかくて力は強く、多少の攻撃ではものともせず、勘も鋭く素早い。
 それだけならここまでは情けない姿はさらさなかっただろう。
 だがしかし、その相手の姿は人ではなくどちらかというと狼の風貌なのだ。
 その上、男はかつて「夜には人ならざる者が、人に知られる事もなく悪の野望を潰して夜を護っている」という噂話を聞いた事があった。
 その時は一笑に付したのだが、ここにいるのはまさにその噂の存在ではないか。
「勝てるわけがない、あんな相手に勝てるわけない。これじゃ、これじゃまるで、出鱈目だと思っていたあの噂の……ヒィッ!」
 とうとう男の前に噂の存在、人狼が現れた。
 もう、動けなかった。体はガチガチに緊張してしまって言う事を利かない。
 人狼の拳が振りあがるのが見て、もうダメだと男は感じた。
 そして、その拳が振り落とされた。


「忘れるな、悪党共。俺達が夜を護っている事を」


 薄れゆく意識の中、顔のすぐ横の地面にめり込む拳を感じながら悪党はそんなセリフを聞いたのだった。
 その後、その場の悪党全員は駆けつけた警察によって連行されたのであった。


 最初の人狼が主の意思を継いだように、彼の意思もまた、同じように継いだ者がいた。
 そしていずれはこの者たちの意思も誰かに継がれていくのだろう。
 こうして、人狼は人知れず夜を護っているのであった。

L:人狼 = {
 t:名称 = 人狼(人)
 t:要点 = 変化、化け物、服をつけた
 t:周辺環境=闇



text 花井柾之
illust and rayout 山吹弓美
special thanks 愛鳴之藩国各位