Fate/gold knight 挿話 我が子への遺言
熱い風が吹いている。
止められなかった……止めきれなかった企みの、その結果。
周囲は炎熱地獄と化して、普段と変わりない平和な生活を営むはずだった人たちの生命をごうごうと飲み込んでいく。
助けられない。
助けきれない。
助からない。
1を切り捨ててでも9を救う『正義の味方』。
今はその9すらも救えない。
そんな力なんて、どこにもない。
なぜなら。
目に入るのは『かつてヒトだったもの』ばかりだったから。
――不意に、風が途切れた。
既に燃えるものは全て燃え尽きた瓦礫の山の真ん中にできた、小さな黒焦げの広場。
周囲に広がる色が赤と、黒と、灰色ばかりだったから。
その豪奢な金髪と金の鎧は、呆れるほどはっきりと僕の目に飛び込んできた。
「――」
無言でピースメーカーを抜き、構える。
狙うは頭。
今度こそ一撃で仕留めなければ、自分が殺される。
「……?」
ふわりと、まだ熱気を孕んだ風が吹く。
その風に促されるかのように、『彼女』はこちらを振り向いた。
何かおかしかった。
僕が知っている『彼女』は、敵とは言え神々しく、威圧的で、強靱な意志をその紅い瞳に宿していた。
今目の前にいる『彼女』は、ばさばさに乱れた髪に構うことなく、ぼんやりとした瞳でこちらを見ている。
だけど、僕は銃を下ろすことはなかった。『彼女』を使役していた神父のことはよく知っている。アイツは僕が殺したけれど、『彼女』がアイツの影響を受けていない訳がない。
「動くな。宝具を使うそぶりを少しでも見せたら、額を撃ち抜く」
「――ほう、ぐ?」
僕の言葉を、『彼女』はオウム返しのように呟く。それからどこか虚ろな表情のまま、ふとその膝の上にあるものを抱え上げた。
「……何者かは知らぬが、問おう。そなたは、この者を救えるか?」
「……!」
息を飲んだ。
彼女の膝の上にあった……否、いたのは、まだ幼い少年だった。
はぁ、はぁと荒い息をついているのが分かる。
まだ、生きている。
ひどい怪我をしているけれど。
多分、気管も肺も熱気でやられているけれど。
だけど、まだ、生きている。
「この者しか、生きてはおらなんだ」
そうっと、いたわるように少年の赤い髪を撫でながら『彼女』が呟く。虚ろに見えた瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「我は何も知らぬ。何をされようと構わぬ……頼む、この者を救うてくれ。我では、この者の傷を癒してやることは出来ぬのだ」
『彼女』が少年を抱きしめた。まるで、この手を離したら少年はどこかへ引きずり込まれてしまう、とでも言わんばかりに。
――そうか。
今ここに至って、やっと『彼女』の正体が分かった。
その存在を世界に示す黄金の鎧。
蔵からあふれ出る、数多の財宝。
そして、死すべき者を救うことが出来なかった、その無力さ。
「……どうか、死なせないで欲しい。この者に未来を、与えてやって欲しい」
ひとりぼっちになりたくなくて泣きじゃくった、寂しがりやの女の子。
死ぬことが怖くなって死なない薬を探し回った、か弱い女の子。
そうか、君だったんだね。
『彼』が『彼女』だっていう可能性を失念していた。
僕の呼び出した『彼女』だって、伝説では『彼』だったはずなんだから。
ごめん。
遠くの城に置いてきた、可愛い娘。
僕は、君の元へ帰れない。
君にはまだ家族がいる。
君の『母親』だって、家の当主だっている。
君自身も特別な存在だから、きっとそんなに悪い待遇にはならないはずだ。
だけど、この子たちには家族がいない。
僕のせいで失ってしまった。
だから、僕が家族にならなくちゃ。
僕は銃を降ろした。ホルスターに収め、コートの上から胸元を押さえる。ここに入っているモノならば、『彼女』の願いを叶えてやれる。
――その代わり、きっと僕はアイツの残した呪いに侵されて、寿命を縮めるだろうけど。
でもいいや。
僕の代わりに、君たちに未来をあげる。
僕の呼び出した『彼女』に返してあげられなかった力で。
そして、もし。
僕が置いてきてしまった娘と会うようなことがあったなら。
その時は仲良くしてやってくれないかな。
「ああ、任せてくれ。それから、君も一緒においで」
だから、僕は彼女の手も取った。
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