Fate/gold knight 嘘予告版
 大火事から救い出され、病院にいた俺を迎えに来たのはどこかやぼったい感じの人だった。

「君は孤児院に行くのと、今日会ったばかりのおじさんに引き取られるのとどっちがいいかな?」

 そう尋ねられて、どっちでも一緒かなと思った俺は、自称おじさん……俺から見たら爺さんに見える、そいつのところに行くことにした。

「実はね、僕は魔法使いなんだ」

 みんなには内緒だよ、と教えてくれた言葉を、俺は自分でも呆れるくらいすんなりと受け入れた。「へぇ、凄いな爺さん」と感心の声を上げると、「爺さんはひどいなー」と自称魔法使いの爺さんは困り顔になった。だって、俺が爺さんだって思ったから爺さん呼ばわりなんだけど。

「それからね、もう1つあるんだ」

 俺の荷物―病院で貰った衣服やちょっとしたもの―を、主に俺が自分で詰め込んだ鞄を持って先行する爺さんの前に、つかつかという足音と共に誰かが現れた。
 どシンプルなシャツとGパンに身を包んだ、あまり背の高くない女の子。細くてすらっとした脚を肩幅に広げて、きゅっと締まった腰に手を当てて偉そうな態度を取っている。ふんっと荒く息を吐いたのはとっても整った、綺麗な顔。あー、身長に似合わず大きい胸がぶるんって揺れてる。

「遅いぞ、切嗣! 我を待たせるとは不届き千万な奴……ん?」
「あー、ごめんごめん。荷物まとめるのに手間取っちゃってさぁ」

 真っ赤な眼が俺を見つめる。その瞬間、俺はきっと変な顔をしていたんだろう。口をぽかーんと開けて、目を丸くして。そんな俺を見て、そのひとは肩をすくめてみせた。

「何だ、面白い顔をして……ふん、元気そうだな。我の手間を取らせたからには、そうでなくてはならぬ」

 ぷい、と顔を背けると、ふわりと緩めの縦ロールにセットされている長い金髪が揺れた。シャンプーの良い匂いが、こっちまで漂ってくるみたいだ。

「こらこら弓美、ちゃんと挨拶しなさい。士郎、彼女は今日から君のお姉さんになる弓美だよ」

 一方、爺さんは相変わらずのマイペースで俺とそのひととの間に入り、とりなそうとする。つーかどう見ても外国人なそのひとが、何で日本人な名前なんだよ。

 ……って、『お姉さん』?

 ――自称魔法使い、こと衛宮切嗣。
 その金髪縦ロール赤目ぼんきゅっぼんなねーちゃんは、どこで拾ってきた?


 そして、10年。
 5年前に親父が死んで、この家に住んでいるのは2人きりになった。

「弓ねえ! いい加減に起きろ、朝飯できてるぞ!」
「……やかまし……もうしばし眠らせぬか、たわけ……」

 衛宮弓美こと弓ねえ。ねぼすけでぐうたらで尊大なこの姉は、10年前に俺と同じく親父の養子になった孤児だった。……いや、孤児かどうか分からないんだったっけか。何しろ親父が拾った時、弓ねえは記憶を失くしてぼうっとしていたそうだから。よくそれで、あの大火災の中で無事だったよな。

「うるさい。もうすぐ藤ねえが来るぞ、弓ねえの分の飯なくなっちゃうけどいいのか?」
「〜〜〜……お、起きる……」

 もそもそ、と布団の中から起き上がる我が姉。何でセットもろくにしないのにその縦ロールがほとんど乱れないのか、と毎度ながら気になる。それから、同じく何で崩れないのかが気になるのは厚手のパジャマでもごまかせない、大きな胸。む、俺だって男だぞ?

「……ふむ。そなたが起こしに来たということは、今朝の食事は桜か?」

 こちらの考えは全く意に介さず、ふわぁ〜と大きく欠伸をしてから姉上はそうのたもうた。俺はうん、と素直に頷く。

「そういうこと。虎は頑張って抑えておくから、早く着替えて来いよ」
「うむ、承知した……ああ、士郎」
「何? 弓ねえ」

 さすがに女の子の着替えを邪魔する訳にはいかない。で、部屋を出ようとしたら不意に名を呼ばれて、俺は振り返った。視界に入ったのは、朝日に照らされて輝いてるような、姉の端正な顔。

「……おはよう」
「……うん。おはよう」

 照れくさそうに呟いた朝の挨拶に、俺は精一杯の笑顔で返した。

 弓ねえは、人間じゃない。
 俺が衛宮士郎になって5年、切嗣が死ぬ直前に俺はそのことを切嗣と弓ねえの2人から知らされた。弓ねえ自身は、親父に引き取られてすぐに彼から教えられたという。

「……サーヴァント?」
「そうだ。早い話が使い魔のようなもの、とでも覚えおけば良い」

 聞き慣れない単語を聞き返した俺に、弓ねえは小さく頷いて答える。親父の息子になって少したってから魔術師の鍛錬を始めていた俺は使い魔の意味は知っていたけれど、今目の前にいる我が姉がその類、だなんてとても信じられなかった。

「弓美は、事故か何かで偶然肉体を持ってしまったんだ。昔の記憶がないのは、その時の後遺症だと思う」
「故に我は、誰が我を使役していたのか知らぬ。――知りたいとも思わぬがな」

 2人から話を聞かされて、俺は改めて弓ねえを眺めた。その全身から放たれるオーラというか存在感というか……うまく説明できないけどそういった気みたいなものは、確かに俺や切嗣とはどこか違っている。弓ねえが使い魔だって言うなら、その違和感はちゃんと説明できる。だって俺や切嗣は人間で、弓ねえは使い魔なんだから。……だけど、それが何だって言うんだろう。

「……士郎。でもね、今ここにいる弓美は僕の娘で、君のお姉さんなんだ。そのことだけは分かって欲しい」

 ちらりと弓ねえに視線をやってから、親父は俺を真っ正面から見つめてそう言った。何を当たり前のこと言ってるんだろう、と俺は呆れる。

「そのことも何も、弓ねえは藤ねえと一緒で俺の姉貴だろ。使い魔だとかサーヴァントだとか、そんなの関係ないじゃんか」
「うん、それならいいんだ。ありがとう、士郎」
「……これからもよろしく頼むぞ、士郎」

 力無く微笑んだ親父の横で、我が姉はふんわりと優しく笑った。うん、俺が魔術師になろうと思ったのは、間違いなんかじゃない。
 弓ねえはサーヴァント。親父の話によれば、サーヴァントっていうのは、英霊の座にいるかつて英雄だったりその敵だったりした者が、使い魔として現界した存在だという。だから、本当は契約者が依り代になって弓ねえを物質界とつなぎ止めておかなくちゃならないはずなんだけど、親父が言ったとおり彼女は今肉体を持って存在している。だから、契約者がいなくてもこの世界に存在できるんだそうだ。
 どこかの英雄が、肉体を持って世界に存在している。魔術協会にこのことが知られたら、どうなるか分からない。いや、魔術協会はともかく、どこかのはぐれ魔術師――俺たちもそうなんだけど――がこのことを知れば、弓ねえを狙ってやって来るかもしれない。そして、その過程で親父や藤ねえや、俺の知ってるみんなが巻き込まれるかもしれない。
 ……だから、俺が魔術師になりたいと、なろうと思ったのは間違いじゃない。親父の代わりに、俺が弓ねえを、藤ねえを、みんなを守るんだ。

 そして、運命の夜が来る。

「サーヴァント・セイバー、召喚により参上した……む、アーチャー?」
「アー……チャー……?」
「なぜ貴様が我がマスターと共にいるのだ!? 貴様はあの時に、わたしが斬り伏せたはずだ!」
「な、いきなり何をっ!?」
「やめろ、弓ねえに何するんだ!」

 ランサーに襲われ、セイバーと出会い。

「……わ、我もここで待っている……士郎、そなたは行くが良い」
「? どうした弓ねえ。震えてるぞ」
「……あの教会には、入りたくない。入れない」
「自分でついてくるって言っておいて……しょうがないわね。セイバー、アーチャー、弓美さんと一緒にここで待ってて」
「承知した。セイバー、君もいいな?」
「――ですが」
「頼む、セイバー。弓ねえを守ってやってくれ」
「……ふぅ、承知しました。シロウがそう言うのであれば、わたしはそれに従うまでです」

 聖杯戦争に参加することを決めた。

「……ふぅん。ユミっていうの、あなたもサーヴァントなんだ……まあいいわ。まとめてやっちゃえ、バーサーカー」
「下がってくださいシロウ! ……ユミもです!」
「そうは行かぬ。弟を守るは姉の役目だ」
「――っ! バーサーカー、首をはねて殺した後、犯してしまいなさい!」

 ふたりの女の子に守られる自分を責めながら、それでも戦うことを決めたのは。

「目が覚めたか? 遠坂。朝食の準備はできてるから座ってくれ」
「へ? ……呆れた。あんたたち、朝からこんなに食べるの?」
「衛宮の家ではこれが普通だが? 朝食は1日の活力源、食しておらぬとは愚かなことよ。そうか、故にその体型なのだな」
「そうよー、遠坂さん。1日3食きちんと摂らなくちゃ。士郎のご飯は美味しいんだから」
「……あ、あの、よろしかったら遠坂先輩、お弁当もどうぞ」
「ふむふむ、ふむふむ」
「――で、なぜ私までここにいるのだ?」

 みんなと暮らす、この生活を失いたくなかったから。

「ライダー……哀れだな。今のマスターでは、持てる力を十分発揮することはできない」
「く……何だよ! 衛宮も衛宮のサーヴァントも、揃って僕を馬鹿にしやがって……ハ、まあいいけどね。セイバーがこっちに来たってことは、あの偉そうな姉貴は家にひとりぼっちってことだよな」
「何?」
「慎二? ……弓ねえに何かするってのか!?」
「僕は何もしないけど? 他のマスターの思惑なんて知ったこっちゃないしね。それにそんなこと、これから死ぬお前たちに関係ないだろう! ライダー、あいつらを殺せ!」

 だけど、それよりも何よりも。

「何者!?」
「ふむ、10年ぶりになるか」
「――え?」
「どうした、■■■■■■■。懐かしくて涙が出てくるか?」
「…………あ、あ?」
「そろそろ目を覚ませ。貴様が何者であるか、何のためにいるのか。全て思い出すがいい……私はあの時、令呪をもってそう命じたのであったな」
「う……が、ぁは――イ、ヤダ……思い、出さセ、るな――!」

 本当になくしたくなかったのは、多分たった1人の笑顔。

「雑種ごときが、我に触れるな。汚らわしい」
「――あ、ゆみ、ね……?」
「偽りの名で我を呼ぶことは許さぬ」
「シロウ、シロウ!」
「士郎!? ……弓美、あんた!」
「雑種は王の言葉に従うこともできぬのか? ……偽りの名で我を呼ぶな、と言うたのだ」
「……記憶が戻ったのだな、『アーチャー』」
「ようよう、な。ここまで我を養うた褒美だ、真の名くらいは教えてやろう。冥土の土産に持って行くがいい」

 いつも一緒にいてくれた、傲慢でぐうたらだけど優しい、金色の姉。

「……思い出したんだ」
「何をですか? シロウ」
「うん……あの赤い世界の中で、確かに俺と弓ねえは切嗣に救われた。だけど」
『これ、生きておるか?』
「切嗣が来てくれるまで、ずっと俺の側にいてくれたのは」
『――死ぬな。生きよ。せめて、傷を癒すことのできる誰かが来るまでは』
「周囲の熱気から、迫り来る炎からずっと俺を守っていてくれたのは」
『――ひとりに、しないで』
「――――弓ねえ、だったんだ」

 聖杯に願う願いなんてない。
 願いは、自分の力で叶える。

「――さあ弓ねえ、家に帰るぞ。あんな男とは縁を切っちまえ」
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