LAVENDER prologue BROTHER AND BROTHER
 フースーヤの放った閃光が、ゴルベーザの黒い兜を砕いた。塵となって消えた兜の下から現れたラベンダー色にも見える銀の髪に、その場にいた全員の目が吸い寄せられる。

「……僕と……同じ色……?」

 かすれた声を出したのはセシル。聖騎士の純白の鎧に、たった今出現したものと同じ淡い色の髪が僅かに掛かっている。
 ゴルベーザがふと顔を上げた。年齢こそ少し上ではあるが、それ以外はセシルとまるで同じ顔がゆっくりと周囲を見回す。

「……私は……何故、あんなに憎しみに駆られていたのだろう……」

 呆然とした表情で呟かれた言葉に、先ほどまであふれ返っていた殺気はすっかり消え失せてしまっている。セシルが口を開く前に、フースーヤの静かな声が響いた。

「自分を取り戻したようだな、ゴルベーザよ。お主……自分の父親の名が分かるか?」
「父の名……?」

 虚ろにフースーヤを見つめていたゴルベーザの瞳が、次の瞬間光を取り戻す。禍々しい邪悪な光ではなく暖かく、そしてセシルにとっては懐かしさを感じさせる光だった。

「……私の父は……クルーヤ、です」

 一言ずつ噛みしめるように紡ぎ出されたその言葉は、セシルが今まで為してきたことの意味を持っていた。


「今日はな、おめえらに話したいことがあって来たんだ」

 そう言って、エッジは広間中をぐるりと見回した。ここミシディア大聖堂の『祈りの間』には、ミシディア国を治める長老ミンウと彼の愛弟子パロム・ポロムの他に、『バブイルの巨人』が復活した折セシルたちに協力した面々……ダムシアン王子ギルバート、飛空艇技師シドとその弟子たち、ファブールモンク僧長ヤン、ドワーフ王ジオットと愛娘ルカ、そしてトロイア国を統べる女性神官といった顔ぶれがずらりと揃っている。

「話って何だよ、エッジあんちゃん」

 せっかちな性分のパロムが、早速口を開いた。その頭を軽く押さえつけて、ミンウが先を続ける。

「巨人が陥落してよりこちら、セシル殿が沈んでおられるようだ。その理由、ですかの?」
「ま、そーいうこと」

 飄々とした表情であっさり返すエッジの顔が、きりと引き締まる。普段は軽い性格であるが、彼もエブラーナの王族であるが故に締めるべきところは心得ている。

「本当なら、セシルが自分で説明した方がいいんだろうけどな。ちぃと今のあいつには厳しそうだったんで、代わりに俺が来た」
「……お聞かせ願えますかな」

 ミンウがやんわりと先を促す。それに一つ頷き、エッジは口を開いた。

「──ゴルベーザは、バブイルの塔の機能を使ってお月さんに行った。シドは一回会ってるけど、フースーヤっていう『月の民』の爺さんも一緒にな」
「『月の民』?」

 ギルバートが、聞き慣れない言葉に首をかしげる。

「簡単に言えば、よその星に住んでた人間なんだと。飛空艇やデビルロードや魔導船、それにバブイルの塔なんかもその連中の技術で造られたんだとさ」
「なるほどのう、この星以外にも人がいたというわけじゃな」

 ジオットがゆったりと頷く。その脇からルカが身を乗り出してきた。

「でも、それとゴルベーザとセシルさんたちと、いったいどういう関係があるの?」
「ああ、今までのはとりあえず前提だ。で、本題」

 くるり、と指を軽く回して、エッジはさらに言葉を続ける。

「魔導船に乗ってこの星にやってきたのは、クルーヤっていう『月の民』だった。そのクルーヤさん、この星の女と好き合ってな……子供が二人できたんだよ。二人とも男で、今一人は黒魔導士。もう一人は聖騎士になった」

 さらりと流れ出したその言葉に、一同は思わず息を飲んだ。『聖騎士』の意味するところを、その場にいる誰もが知っていたからである。

「それって……」
「……聖騎士ってセシルあんちゃんのことだろ。でも、黒魔導士って……」

 幼い双子の言葉を引き取るように、周囲の大人たちが互いに顔を見合わせる。その中にあって、女性神官がはっと顔を上げた。

「……まさか、ゴルベーザ……ですか」
「当たり」

 あくまでも軽い口調のまま、エッジは答える。まるで自分がそうしなければ、場の雰囲気が闇に落ちるとでもいうかのように。

「ゴルベーザは、セシルの兄貴だったんだ。操られてたんだよ、諸悪の根源……ゼムスって奴にな」


「ゴルベーザが……セシルの、兄……」

 ローザとリディアから事のあらましを説明されたカインは、口の中でぼそりと呟いてセシルの顔を見た。そのセシルはうつむいて唇を噛みしめ、じっと立ち尽くしている。
 そんな親友を見つめていた青年は、ぎりと歯を噛みしめた。

「そうか。ならば俺もこの借りはゴルベーザではなく、そのゼムスとやらに返さねばなるまい」
「……っ!」

 はっとなってカインに視線を投げたセシルに、ウィンクで答えてみせる。その表情が彼の知っているカインのままだということに安堵を覚えたのか表情を和らげたセシルのすぐ隣で、エッジはそっぽを向いてぼそりと呟いた。

「また操られたりしなけりゃいいんだがな。もうあんなことはごめんだぜ」

 低い声だったが、十分カインの耳に届いたその声。カインはその言葉に顔をしかめることもなく、まっすぐエッジの前に歩み寄った。そして、毅然とした態度で言い放つ。

「その時は構わない。遠慮なく俺を斬れ」
「言ってくれるね」

 にぃ、と唇を楽しそうに歪めるエッジ。その不敵な笑みに、カインに対する敵愾心は欠片も含まれていない。それは、その場にいた誰もが気づいていた。

「なら、俺も行くぜ。お前さんを斬るよりも、ゼムスの野郎に一泡吹かせてやらなきゃ、こっちの気が済まねえ」
「エッジ……」

 あっけにとられているカインと唖然としているセシルの顔を見比べながら、エッジは表情を引き締める。そして、まっすぐに瞳をセシルに向けた。

「それによう、セシル。お前、まだちゃんと言ってないことあるじゃねえか」
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