Fate/gold knight 1.きんのゆみ
 黒い太陽が、周囲を暗く照らしていた。
 ひょっとしたら太陽じゃないのかもしれないそれは、何かをどろどろ、どろどろと流し出している。そのどろどろが触れた箇所から周囲がどんどん赤く染まって、大地を太陽と同じ黒に塗り潰していく。黒い太陽に照らされた世界は赤く、熱く燃えていて、その熱気がじわじわとにじり寄ってくる。
 俺はずっと、雲か何かで隠されてよく見えない空を見上げていた。
 身体に力が入らない。そりゃそうだ……俺はあちこちに傷を負っていて、熱気で身体を中から焼かれていて、もう死んだも同然なんだから。
 でも、死んだのだとしたら俺は何で空を見上げていられるんだろう。何か暖かい枕みたいなのは何だろう。――頭に何か触れているのは、一体何だろう。

「――、――」

 ああ、そうだ。
 俺は誰かの膝の上で、頭を撫でられているんだ。
 このひとのおかげで、俺はどろどろや熱気から守られている。こんなちっぽけな子供が、熱と炎に飲み込まれることなく生きていられる。

「――、――」

 何か言っているみたいだけど、よく聞こえない。でも、誰かが側にいてくれる……それだけで、俺は何だか安心できた。
 ひとりじゃない。
 俺だけじゃない。
 ありがとう、一緒にいてくれて。
 ありがとう、守ってくれて。
 俺はそう言いたくて、でも身体がうまく動かなくて言うことができなかったからじっとしていた。そのひとは何かを言うことをやめたらしく、口を閉ざしてそれでも俺の頭を撫で続けてくれている。
 しばらくして、足音が聞こえた。俺を膝の上に乗せた誰かは、足音のした方を振り返る。……それから少し話をした後、俺を撫で続けてくれたひとは後からやってきた誰かの腕に俺を渡した。

「……大丈夫かい?」

 そいつは、泣きそうな笑顔で俺の顔を覗き込んだ。……何故だか分からないけれど、俺は生き延びられたんだ、とそのとき思った。


 次に気がついたのは、病院の一室だった。そこで俺は、自分が『大災害の数少ない生き残り』であることを否応なく知らされた。あー、何でマスコミってああもうるさいんだろ。こっちはしんどいんだから、ゆっくり寝かせろよな。
 身寄りを全て失い、ぼんやりと病院にいた俺を迎えに来たのは、どこかやぼったい感じの男の人だった。髪の毛はぼさぼさで無精髭生やしてて、着てるコートだってよれよれだ。……俺を抱き上げてくれた、その時のままの。

「こんにちは。君が士郎くんだね」

 そいつはにへら、とどこか力無く笑う。それから、唐突だけどと前置きをして切り出してきた。

「率直に訊くけど。孤児院に預けられるのと、初めて会ったおじさんに引き取られるの、君はどっちがいいかな」

 会ったことのない親戚かなと思って尋ねてみたけれど、正真正銘赤の他人だよとそのひとは緊張感のない笑顔を見せる。どうせここを出ても、家族をまとめて失くした俺自身にアテはない。知らない人が経営している孤児院に入るのも知らない奇特な人についていくのも、どっちでも結局は一緒かなと思った……ので、俺は自称おじさん――俺から見たら爺さんに見える、そいつのところに行くことにした。

「はじめに言っておくとね――僕は魔法使いなのだ」

 衛宮切嗣。そう名乗った爺さんは、「みんなには内緒だよ」と口の前に人差し指を立ててからそう教えてくれた。その、普通なら嘘だろーなんて笑って流すか冗談言うなと呆れるような台詞を、俺は自分でも呆れるくらいすんなりと受け入れた。
 ――だって、俺はその魔法で生命を救われたようなものなんだからな。奇跡を目の当たりにした人間は、奇跡を信じるようになるもんだ。そして、いつか自分もその奇跡を、と。
 鞄に荷物を詰めながら俺が「うわ、凄いな爺さん」と感心の声を上げると、「爺さんはひどいなー」と自称魔法使いの爺さんは困り顔。だって、おとぎ話に出てくるような魔法使いって爺さんばっかじゃないか。それに、俺が爺さんだって思ったから爺さん呼ばわりなんだよ。……ほんとはもっと若いのかな?

「……それからね、もう1つあるんだ。こっちは内緒話でも何でもないんだけど」

 爺さんはどうやら整理整頓が苦手らしく、結局俺の荷物――病院で貰った衣服やちょっとしたもの――は自分で詰め込んだ。その鞄を持って先行する爺さんと俺の前に、つかつかという足音と共に誰かが現れた。

「遅いぞ、切嗣! 我を待たせるとは不届き千万、そこに直れ! その根性を叩き直してくれる!」

 その誰かは、適当な店で見繕ったと見えるシンプルなシャツとGパンに身を包んだ、あまり背の高くない女の子だった。細くてすらっとした脚を肩幅に広げて、きゅっと締まった腰に手を当ててやたら偉そうな態度を取っている。ふんっと荒く息を吐いたのはとっても整った、彫りの深い綺麗な顔。あー、身長に似合わず大きい胸がぶるんって揺れてる。年齢は……俺よりいくつか上かな? その割に威厳があるような気もするけど。

「あー、ごめんごめん。荷物まとめるのに手間取っちゃってさぁ。それと、病院であまり騒ぐもんじゃないよ」
「黙れ。第一、そなたが荷物まとめなぞできるわけが無いではないか。どうせ他の者の手を煩わせただけであろうが」
「……全てお見通しかぁ。参ったなこりゃ」

 白い肌を僅かに紅潮させてかんかんに怒ってる女の子と、彼女のお小言をへらへら笑って受け流す爺さん。夫婦にはちょっと見えないな、と俺はその2人を眺めながら思った。敢えて言うなら……何だろう。アパートの大家さんと家賃を滞納している店子とか、生活能力皆無の親父殿としっかり娘? それにしちゃ、女の子はえらく態度がでかいよなぁ。

「……ん?」

 ふと、女の子が爺さんの後ろにいる俺に気がついた。真っ赤な……だけどあの赤い世界とは違ってとっても綺麗な、深い色の眼がまっすぐに俺を見つめる。
 その瞬間、俺はきっと変な顔をしていたんだろう。口をぽかーんと開けて、目を丸くして――だって俺は、綺麗なそのひとに見とれていたんだから。
 そんな俺を見て、そのひとは肩をすくめてみせた。その拍子に、肩にかかってる金色の髪が頬を隠すように動く。……あ、いかん。また見とれた。

「何だ、面白い顔をして……ふん、元気そうだな。我の手間を取らせたからには、そうでなくてはならぬ」

 俺の表情は、彼女を怒らせたのだろうか。顔にかかった髪を手で掻き上げてぷいと顔を背けると、緩めの縦ロールにセットされている長い金髪がふわりと揺れた。……微かな風に揺られて、シャンプーの良い匂いがこっちまで漂ってくるみたいだ。

「こらこら弓美、ちゃんと挨拶しなさい。この子は今日から君の弟なんだから」
「……そう言えば、そういう話であったな。故に我自ら、わざわざここまで足を運んでやったのだ。幼子よ、感謝してひれ伏すが良い」

 ぽんと女の子の頭に手を乗せる爺さん、その手を面倒くさそうに払う彼女。お互いかなりのマイペースみたいだけど、それなりにコミュニケーションが成立しているのは凄いなぁ。つーか感謝してひれ伏せ、ってあんたはどっかの暴君か。

「いや、そこまでの必要は無いと思うけどな。士郎、彼女は今日から君のお姉さんになる弓美だよ。挨拶、できるよね?」

 ぽんぽん、と彼女の頭をなだめるように軽く叩いてから、爺さんは笑顔でこちらを振り返った。その笑顔がさっきまでの軽薄なものじゃなく、とっても嬉しそうなものに変わっていたことに、俺は一瞬目をしばたたかせる。
 っていうか、『ゆみ』? どう見ても外国人なそのひとが、何で日本人な名前なんだよ。

 ……いや。というか、爺さんは俺に彼女のことを何て言った?
 『君のお姉さん』、って言ったよな?

 ――自称魔法使い、こと爺さん、こと衛宮切嗣。
 その金髪縦ロール赤目ぼんきゅっぼんなねーちゃんは、どこで拾ってきた?
 魔法でさらってきた、なんて言ったら蹴り飛ばすぞ。
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