Fate/gold knight interlude-4 双条の絆
うん。
君は本当は優しい子だって、知ってる。
守るべき人を守らなければならない、そうある子だって知ってる。
だから僕は、君と共にありたいと願ったんだ。
しゃりーん、と澄んだ金属音がした。それはまるで誰かが弓美にささやきかけてくるかのように穏やかで、しかし勇ましい行進のようにも聞こえる。
それは第三者から見れば事実、行進とも言えただろう光景が繰り広げられた。いや、ものによっては突進とも、守護とも言えるのか。
弓美の前方を、どこからともなく湧き上がった鎖が幾重にも張り巡らされた。振られた腕を号令として受け取ったかのように溢れ出たその鎖は網のように刃を受け止め、それ以上少女へ近づくことを禁じる。
「……は?」
ぽかんと目を見張る金の少女。その眼前に迫ろうとしていた斧剣が無数の、しかし太いとはとても言えない鎖たちにその動きを止められている。ふと視線を落とした少女の目に、自身の手首に絡まる長い鎖の一部が映った。
その中に弓美は、一瞬だけ誰かの姿を見たような気がした。
はっきりと見えた訳ではない。誰かがそこにいる、それを彼女は感じ取っただけだ。
いつも自分を優しく見ていてくれた、どこか士郎や切嗣に似た雰囲気を持つ、──。
──■■■■■■■。
僕はいつでも、君の傍にいるからね。
一瞬だけ見えた姿は、あっという間に鎖の中に解けるようにして消える。それでも彼女の中には、ほんの少しだけ勇気と自信が湧いてくるような気がした。
「……まあ、良いか。どこの誰かは知らぬが、今の我には願ってもない援護ぞ」
口の中で呟き。彼女は右手を突き出した。と同時に、しゃらしゃらと床の上をうねっていた鎖たちが敵を認識したかのように、動きが規則的なものになる。薄く笑み、弓美が号令の如き叫びを上げた。
「鎖よ! 我が敵を絡め取れ!」
彼女の声に呼応し、鎖が弾けるように溢れた。バーサーカーの四肢に、胴体に、首に絡みつき、ギリギリと締め上げてその動きを封じる。怒りか戸惑いか、そう言った感情を声にならない唸りにこめながらバーサーカーは、己を戒める無粋な鎖を引きちぎろうとその太い腕に力を込めた。
「バーサーカー! そんな細い鎖なんて、ぶっちぎっちゃいなさい!」
イリヤが叫ぶ。その表情には、焦りの色はない。無論それは、己のサーヴァントに対する絶対的な信頼が存在しているからなのだが。
「■■……■■■■■■!」
バーサーカーもまた、主の命に答えようと全身に力を漲らせた。だが、鎖は平然と巨体を絡め取り続けている。僅かにみしみしと軋む音は聞こえるものの、断ち切られるには至らない。逆に黒い肉体へと食い込み、更に締め付けた。
呆然とその様子を見ていた凛だったが、慌てて弓美を振り返る。その手に、既に鎖は握られていない。
「何よ、あの鎖? 弓美さん、どこから出したのよあれ!」
「我にも分からん。しかし……これはまた」
噛みつくような凛の問いに、首を捻りながら弓美はしげしげとバーサーカーの姿を見やる。そうして、巨人が見事なまでに鎖に絡め取られ身動きできなくなっていることを確認し、満足げに笑みを浮かべた。対照的にイリヤが、目の前で起きている事態が信じられないとでも言うかのように地団駄を踏んでいる。
「ちょっと……そんな鎖ちぎれるでしょう! それでもわたしのサーヴァントなの!?」
「■■■、■……!」
主の叱咤に答えようとして、バーサーカーも全力で拘束を解こうと試みる。だが鎖は完全に巨大な身体を締め上げており、僅かに解けるような気配すら見せない。
じっとその様子を見つめていたアーチャーが、やがて目を細めた。眼前で起きている事象の理由を、どうやら掴み取ったらしい。
「なるほど。その鎖、神性が高い相手ほど強力に捕らえるようだな」
「神性……ですか」
セイバーはその意図するところを一瞬だけ掴み損ねたらしい。だが、すぐに黒の巨人の正体を思い出して目を見張った。
「ヘラクレスはゼウスの息子、つまりその身の半分は神様。この鎖とはものすごーく相性が悪いってことよ」
「何ですって……」
悪戯っ子のようにニンマリと目を細めた凛の視線の先で、イリヤがぎりと奥歯を噛み締める。
「よう分からぬが、この鎖は我が思うままに動くようだ。なればヘラクレス、そなたをこのまま絞め上げてくれようぞ」
手近な一本を無造作に掴む。その鎖は、バーサーカーの太い首もとへと巻き付いていた。腕で剥ぎ取ることも、意図的に接近して拘束を緩めることも、今の狂戦士には不可能である。
「ネメアの獅子のごとく、縊れて死するが良い!」
宣告と共にぐい、と鎖が引かれた。少女の細腕に引かれているとは思えないほどの力が、巨漢の首をぎりと締め上げる。それでも足りないと見たか、鎖が自ら動いてバーサーカーの頭部にぐるぐると巻き付いていった。
完全に鎖に埋もれ見えなくなったところで、その内側からばきゃりと何かが折れる音がした。がくん、と膝から崩れ落ちるバーサーカーの身体を離れた鎖は、しかしその巨体を遠巻きに包囲するように張り巡らされる。鎖により絞り上げられたその頭部はねじ切られるように消滅していたが、すぐさま再生を開始した。
「残り9」
弓美の呟きと同時に、再び黒の巨人の目に光が点る。がふう、と一度息を吐き、地響きを立てながら立ち上がった。その背後でイリヤが、顔を真っ赤にしながら己のサーヴァントに向かって叫ぶ。
「バーサーカー! 全力であいつらを殺しなさい!」
「■■■■■■■■──!!」
鎖の拘束を解かれ、ようよう自分の得物を振り上げてバーサーカーは吠えた。
「天の鎖、か」
金の少女を守るべくその周囲を旋回する鎖を見つめながら、ぽつりとアーチャーが呟いた。それを聞きとがめ、セイバーは肩越しに彼を振り返る。
「アーチャー、ご存じなのですか?」
「少しだけな。詳細はさほど知らん」
黒い洋弓で剣の矢を撃ち、バーサーカーを牽制しながらアーチャーは軽く頭を振る。その仕草が少し幼げで、一瞬彼の顔に士郎が重なったようにセイバーには見えた。そう言えば、顔形はどことなく似ているような気はするのだけれど。
いや、そんなはずはないと彼女自身眼を細め、剣を構え直しながら言葉を呟いた。
「神に近いものに対するほど強力に戒める鎖、ですからね。相手を選ぶのですから、そうそう出番があるわけではなかったのでしょう」
「神性のない相手には、ただの力のない鎖だろうしな……確かに」
別の剣を矢として構え、射出する。それを爆発させて足止めと為した後、赤の弓兵はほんの少しだけ声を張り上げた。
「セイバー、弓美。少し前衛を任せる」
「む?」
「それは構いませんが……一体何を?」
ぴくりと眉間にしわを寄せた弓美に対し、セイバーは素直に頷いた後で問いを返す。肩越しに伺ったアーチャーの顔は少しこわばったように見える……どうやら、彼らしくもなく緊張しているものらしい。
「歴戦の英雄が相手だ、こちらも少々奥の手を出さざるを得ん。僅かでいい、時間を稼いでもらいたい」
奥歯にモノの挟まったようなアーチャーの答えに、弓美はふんと鼻を鳴らした。そうして視線を彼には向けないまま、短い問いの言葉を紡ぐ。
「期待して良いのだな?」
「間違いなく」
「分かりました。できるだけ早く願います」
アーチャーの答えも短いものだ。それを聞いてセイバーは頷き、剣を構え直した。弓美は口を閉ざし、不服そうな表情のまま銀の剣を握りしめる。
「……しょうがないわね。つまらないものだったら、許さないから」
自身は盾を任されていない凛も、ぶつくさ呟きながら掌に新しい宝石を取り出した。恐らくは、これが持ってきた最後の宝石だろう。
2人の女性サーヴァントに前衛を頼み、アーチャーはぐったりと壁にもたれかかっている士郎を振り返った。そうして、彼に言葉を投げかける。
「衛宮士郎。その身で感じるがいい」
その言葉の意味を士郎が理解できるのは、ほんの僅か後のことだった。
── I am the bone of my sword.
── Steel is my body, and fire is my blood.
バーサーカーの剣を、セイバーと弓美が2人がかりで受け止める。
── I have created over a thousand blades.
── Unknown to Death.
直接攻撃が通らないならばとアーチャーを真似、巨人の足元を崩すように凛が魔術を放つ。
── Nor known to Life.
── Have withstood pain to create many weapons.
弓美とその仲間たちを守ろうと、鎖は縦横無尽に閃き流れる。
── Yet, those hands will never hold anything.
── So as I pray, unlimited blade works.
そして、アーチャーの詠唱が完成すると同時に世界は変化した。
豪奢な玄関ホールから、空一面を巨大な歯車が埋め尽くす剣の丘へと。
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