Fate/gold knight interlude-4 双条の絆
「弓美さんっ! ツッコミを入れる部分はそこじゃないでしょ!」

 呆れ顔になってしまった凛に対し、セイバーは肩をすくめるだけに留まる。小さく溜息をついたアーチャーの視線の先で、白の少女は気を取り直すとにんまりと微笑んだ。

「よく言うわ。その無謀さに免じて、もうひとつ教えてあげる」

 あくまでも自身のサーヴァントが優位に立っているという自覚を持つ故の、慢心だろうか。少女は血の色の瞳を細め、狂戦士が持つ脅威の種明かしをしてみせた。

「12の試練は、それぞれが異なるものだった。バーサーカーの命もそれと同じでね、一度殺した武器や技はもう二度と通じない。もちろん、そんじょそこらの武器じゃ通じないわよ。そうね……宝具クラスじゃないと駄目なんじゃない?」
「は? んな、無茶苦茶な……」

 凛のボソリと吐き出された言葉は、バーサーカーに敵対する全員の感想を代弁したものといってもいいだろう。
 本来、サーヴァント1騎が持つ宝具はせいぜい2つか3つ。中には攻撃の要ではなく、防御に特化した宝具も存在するかもしれない。
 つまりこの半神は、彼自身を除く全てのサーヴァントが全ての宝具を叩きつけてどうにか倒せるかも知れない、ということになる。

「……そうなると、私も踏ん張らなくちゃいけないわけよね!」

 だが遠坂凛は、それを知らされてなお自身の声をホール内に響かせた。ポケットに手を突っ込んで、冷や汗をかきながらもその端正な顔に笑みを浮かべる。

「凛?」

 自身の名を呼んだアーチャーに、凛は小さく頷いた。それはやぶれかぶれのものにも思えるが、どこかに際限のない自信を垣間見せてもいる。あるいは己のサーヴァントに見せる、彼女なりの強がりか。

「私の魔術でひとつ潰すことができれば、それでカウントは1つ減る。どうせ潰さなきゃ殺される、なら全力で悪あがきするのも悪くはないわ」
「……まあ、そう言うと思ったがね」

 観念したのか、アーチャーは軽く首を振る。が、次の瞬間床を蹴り、大きく飛び退いた。ほんの一瞬遅れてバーサーカーの斧剣が、アーチャーが今まで立っていた床を大きくえぐる。

「サーヴァントならともかく、たかが魔術師の抵抗なんかバーサーカーに効くわけないじゃない!」

 肌が白いため、ほんの少し血が上っただけでもイリヤの顔は赤く染まる。そのままがあっと叫ぶ白の少女に、凛ははっと軽く鼻白んでみせた。

「やってみなきゃ分かんないでしょ、おちびさん!」
「うるさいっ! バーサーカー、まずはリンからやっつけちゃえ!」

 白い手が、ぶんと横に振られる。主の命に従い、黒の巨人は再びどうと足を踏み出した。ミョルニルによるダメージは完全に癒されており、その動きは殺される前と全く変わりがない。

「■■■、■■、■■■■!」

 ガゴォッ!
 勢い良く振り下ろされた斧剣が、再び床を砕く。弾けた破片が、凛とサーヴァントたちの間に一瞬だけ壁を創り上げた。意識がそちらに逸れた隙を縫うように、黒い豪腕が伸びる。
 そうして無造作に、凛の細身の身体を掴み上げた。意識しない声が、少女の口からこぼれ出る。

「ぐ、がっ!」
「凛っ!」
「ちっ、たわけが!」

 姿勢を立て直したところでそれに気づき、セイバーが叫んだ。弓美は舌を打ち、得物をグラムに持ち替えるとそのまま構えた。だが、そこから動くことはしない。アーチャーもまた、剣を構え直しただけだ。
 全員で一斉にかかったとて、あの狂戦士に致命傷を与えることはできないだろう。宝具を使えば、確実に凛を巻き込む。そのようなことを、できるわけがない。
 だが、ほんの数瞬後に空気は変化した。バーサーカーの手の中で凛が、にやありとどこか黒い笑みを浮かべてみせたのだ。ぎし、ぎしと骨の軋む音が微かに響く中で彼女が浮かべたその表情に、イリヤは訝しげに眉をひそめる。

「く、ふっ……かかった、わねぇ……」
「何よ、その言い草。あなたに逃れる手段なんて……」

 そこまでを口にして、イリヤははっと血の色の目を見開いた。
 バーサーカーが捕まえたのは凛のスレンダーな胴であり、手足の自由はある程度確保されている。それは、例え四肢が自由に動かせたとしても彼女がバーサーカーに対抗する手段が存在しないから。力で引き剥がすことも、武器を以て傷つけることも人間には、到底不可能なのだ。
 少なくともたった今までイリヤは、そう思い込んでいた。凛が閃かせた細い指の間に、魔力を満タンに貯め込んだ上質の宝石の輝きを見るまでは。

「んじゃあ、ひとつ……い、た、だきっ!」

 バーサーカーの顔面に、凛が手を突きつけた。凛がここ一番の時にと大切に保管していた上質の『弾』を、詠唱と共に起爆させる。

「Neun, Acht, Sieben! Stil, schiesst Beschiessen ErschieSsung!」

 どぅん!
 宝石の中に圧縮されて蓄積されていた魔力は、その圧力から解き放たれバーサーカーの頭部を巻き込むように爆発した。眩い光の中で、巨人の頭が消え去っていくのが垣間見える。

「凛!」

 はっと気を取り直し、アーチャーが床を蹴った。頭を吹き飛ばされたことで全身が脱力したバーサーカーの手から滑り落ちる凛の身体を床すれすれで受け止めて、素早く黒の巨体を蹴りその反動で飛び離れる。相手が絶命していなければ凛も、そしてアーチャーも一撃で屍と化していただろう。

「助かったぁ。ありがと、アーチャー」
「何、こんな所でマスターを失うわけにはいかんからな」

 どうと音を立てて、バーサーカーは背中から床に倒れ込んだ。即座に剣を構え直したセイバーと弓美が、凛を抱え込んだアーチャーたちを庇うようにするりと位置を変える。

「しかし、よく耐えられましたね」

 ちらりと肩越しに凛の様子を伺い、どうやら問題がないことにほっとしながらセイバーが感心したようにこぼす。赤いセーターに包まれた自分の腹をぽんと叩いて、凛は苦笑を浮かべる。

「お腹と背中にとっておきの宝石を仕込んでおいたからね。ただ、さすがに一発勝負だから後はよろしく」
「なるほど。承知しました」

 言葉の少なすぎる説明ではあったが、セイバーはそれで凛の言いたいことを理解した。小さく頷いて、視線を巨人に戻す。

「任された。援護は頼むぞ、マスター」

 一方、凛を床に下ろした後赤の弓兵はその両手に黒白の双剣を再び作り出した。その目の前で、吹き飛ばされたバーサーカーの頭がするすると再生を始める。みし、みしと音がして、全身の筋肉が再起動しているようだ。

「さすがトオサカの現当主、と言ってあげるわ。でも、やっと1回よ」

 イリヤは腕を組み、勝ち誇ったように宣言する。白い少女を守るように、黒の巨人がむくりと起き上がった。破壊された頭部が映像の逆再生のごとく復元されていくさまを目の当たりにして、弓美がちっと舌を打つ。

「士郎も大概であったが、あれはそれよりおぞましいのう」
「思い出させないでよ、弓美さん」

 一瞬顔をしかめた凛だったが、すぐにぶるりと頭を振るった。バーサーカーの再生は彼がサーヴァントとして持つスキルであり、士郎が何故か持っている出処の分からない不可思議な力ではない。
 それに、限度があるかどうかも不明である士郎と違い、バーサーカーには12回と言う制限がある。
 生きるためには、その制限を打ち崩さなければならない。

「いいのよ、1つでも削れればね」

 故に凛は、にいと強気に笑ってみせた。対照的にセイバーは端正な顔を歪め、僅かに冷や汗をかく。

「とは言え、厳しいですね……あと10、ですか」

 本来ならば、驚異的な再生力を誇るサーヴァントを倒すよりもマスターである少女を殺す方が早く、手間も掛からないだろう。弓美やセイバーがその手段を取らないのは、ひとえに士郎が嫌がっているから。アーチャーはどうか分からないが、凛も理由は同じこと。
 おかげで彼女はとっておきを早々に消費する結果になったのだが、どうやらそれについて後悔をしている様子は微塵も見えない。凛自身、例え敵対する魔術師とは言え年端もいかぬ少女に手をかけることはためらわれたらしい。

「まあ、確かに」

 厳しい表情を崩さないまま、頷くセイバー。難易度の高い戦闘を選択した結果と向き合い、突き進むことを彼女は心に決めている。
 アーチャーは、一瞬だけ目を眇めた。士郎の考えをどう思っているのかは分からないが、マスターである凛の方針に逆らうつもりはないようだ。

「ふん。行くぞ」

 故に、彼もまた剣を構えバーサーカーのもとへとひた走る。くるりと回り込み側面からの攻撃を試みるが、黒い腕は白と黒の刃を苦もなく受け止めた。

「はああっ!」

 そこへ、反対側からセイバーが不可視の刃を振り下ろした。黒曜石の刃でそれを受け止め、バーサーカーはぐいと押し戻す。勢いを付けて飛び込んだとは言え、小柄であるセイバーの身体は簡単に吹き飛ばされる。

「くあっ!」
「セイバー! おのれデカブツがぁ!」

 空中で身体を捻り、青の騎士はどうにか体勢を崩さずに着地することができた。そのセイバーを庇うように弓美が踏み出し、グラムを叩きつける。敵わないのだろうが、ほんの僅かでも敵の動きを止めるために。

「■■、■■■■……!」

 だがその一撃は、バーサーカーの視線を弓美自身に引きつけただけでしかなかった。ぎろり、と自分が睨みつけられたことに気づき、とっさに弓美は距離を取ろうとする。だがそれより早く、黒い拳が床に叩きつけられた。ひびが入り盛り上がった床に足を取られ、少女はすてんと転んでしまう。

「あはは! ユミ、あなたから死にたいのねっ! シロウのお姉ちゃんなんて、おこがましい!」

 イリヤの笑い声が、ひどく荒れたホールに響く。慌てて起き上がろうとした弓美めがけ、バーサーカーは斧剣を振り上げた。アーチャーが放った剣の矢も、凛が撃ち出したガンドも、巨人には通用しない。まるでまとわりつく虫を払うかのように無造作に振られた剣が、それらをことごとくなぎ払った。

「くっ……!」

 そうして、自らを狙って振り下ろされる刃を払いのけるように、弓美は腕を振った。無論、それで狂戦士の攻撃を逃れられるとは誰も思っていない。振った腕ごと斬り伏せられるのがせいぜいだろう。

「ゆみ……ねえ……っ!」

 だが、彼女の背中に僅かに届いた弟の声が、弓美にそこから逃げることを躊躇わせる。今自身が逃げれば、いつかあの刃は士郎に届く。その前に、へし折ってしまわなければならない。
 だから、逃げない。


PREV BACK NEXT