マジカルリンリン1
 わたしにとっての事の起こりは、10年前のあの日だった。父さんが家を出て、二度と帰ってこなかったあの日。

「それでは行くが。後の事は解っているな」

 家を出て行く時、父さんは不器用にわたしの頭を撫でながら言った。はい、とわたしが頷いて答えると、父さんも満足げに頷き返した。そして、一瞬目を伏せると再びわたしの目を見て、口を開く。

「もし私が戻ってこなかったら、その時は……」

 多分、これが父さんから聞ける最後の言葉になる。わたしはその言葉を一言一句漏らさずに聞き取ろうとして……

「凛、お前が次の『聖杯戦士』だ」
「……は?」

 とりあえず、その言葉を一世一代のギャグだと信じ込もうと思った。っていうか父さん、その真剣な目とわたしの肩に置かれた両手の力の入りようは何なのよ、一体。


第1話
―冬木を守れ! マジカルリンリン登場!―



 わたしは遠坂凛。現在私立穂群原学園の2年A組に所属。自分で言うのも何だけど容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群と、外から見る限りは非の打ち所まるでなし。いや、実は朝弱かったりここぞという所でうっかりミスをやらかしちゃったりとか、一応非の打ち所はあるんだけども……とりあえず、外面はものすごく良いと自負している。多分、猫は5〜6匹かぶってる。
 そんなわたしには、もう1つの……っていうかもう2つか、の顔がある。
 1つは魔術師としての顔。この世界、表沙汰にはなってないけど魔術師だってちゃんといる。わたしの家・遠坂家は、結構重要な霊脈……地脈でもレイラインでも龍の道でも、何でもいいけど……を領域内に持つ、この冬木の街を魔術的に管理する管理者の地位にいるのだ。日本は極東って言うだけあって、世界的巨大宗教である聖堂教会の本拠からも、魔術師を管理している魔術協会の本拠からもかな〜り離れてるので、こういう地位が必要だとか何とか。遠坂の家はどっちの『きょうかい』にも繋がりがある家系だったりするので、双方から委任される形になってる……んだっけ。まぁいいや、この認識で今のところ問題は無いし。
 んで、もう1つ……これがちょっと問題なんだけど。まぁつまり、10年前に父さんがわたしに言った『聖杯戦士』というやつ。ギャグでも冗談でも無かったので、わたしは仕方なく仰せつかることになってしまった。

 そもそも、何で『聖杯戦士』なのか。
 さっきも言ったけど、この冬木市には重要な霊脈が通っている。で、時たまこの霊脈のエネルギーを受ける聖杯が出現するのだ。聖杯が出現する時には、その中は霊脈からあふれ出したその手のエネルギーが満タンに貯まっており、それを手にした者は何でも望みを叶えられる……ということらしい。らしい、っていうのは、これまで記録上聖杯が出現したのは4回。その4回共が『誰も聖杯を手にすることができなかった』のだそうだ。特に10年前の時は酷くて、聖杯の出現したらしい地区が丸ごと火の海と化した。……まぁ、多分うちの父さんもその火に巻かれたんだろう。
 そのくらい、聖杯ってものは凄いのだ。その凄いものを狙って、どっかのはぐれ魔術師だとか悪の組織だとかが冬木市を自分のものにしちゃおうとやってくる。そいつらからこの土地と聖杯を守るのが、『聖杯戦士』というわけなのだ。
 セカンドオーナーである遠坂の当主は、問答無用でそれにならなきゃいけないらしい。いや、そのこと自体はいいんだ。だって管理者が自分の管理する土地を守るのは当たり前のことだし。じゃあ、何が問題かっていうと……

 〜♪〜
 聖杯戦士に正式就任した時に渡された通信機が、着メロを奏でる。何で変身魔法少女アニメの主題歌メドレーなのかはこの際さておいて、わたしは通信をONにした。わたし、機械は苦手なんだけどな……さすがに分かり易い造りで助かったわ、ホント。

『凛、私だ。深山町に「アンリ=マユ」とおぼしき敵が出現した』
「了解、分かったわ。座標教えて、すぐ行くから」
『急げよ』

 用件だけ告げて、通信が切れる。相手は……アーチャー、って名乗る男。白い髪に黒い肌の、どっかいけ好かない相手。けど、今使った通信機は彼の作品だし、他にも今みたいに情報を提供してくれる。まぁ、彼の情報って正確でしかも素早いからこっちは助かってるのだけど。
 あ、アーチャーが言った『アンリ=マユ』っていうのは悪の組織の名前。何か主義主張を以て聖杯奪取を目論んでいるようだけど、そんなのわたしには関係ない。こうやって一般市民を魔術戦に巻き込むから、わたしはあいつらが許せないだけ。

「んで、えーっと……え、ここって!」

 アーチャーからメールで送られてきた座標をチェックして、思わず声をあげる。わたしの知ってる娘がいつも通ってる家。ちょっと大きいけれど、住んでる人間はごく普通の学生……何でそんな所を奴らが襲うのか、首を捻りながらわたしは夜の道を疾走する。
 ややあって、目的の家が見えてきた。塀の中から、どうやら戦闘中らしい魔力の放出が見て取れる。って、この魔力、コマンダークラスのものじゃないの!

「うわ、マジ? ったく、何考えてんのよあいつらぁ!」

 わたしはちっと舌打ちすると、走りながら胸元に手をやった。そこには父さんがわたしに遺したもの……赤い石のペンダントが揺れている。それに手を添えて、わたしはコマンドワードを唱えた。

「……Anfang……!」

 一言叫ぶと同時に、わたしの身体はペンダントの発した赤い光に包まれる。全身に魔力がみなぎり、それと共に服が弾け飛ぶ。……あー、夜中で良かった。周囲に人目がないから。……よし、コスチュームの再構成完了。すぐさま白壁の塀を飛び越えた。運動能力とか五感がパワーアップするこのコスチューム、機能はいいんだけど外見がねぇ……ええいそんなこと言ってる場合じゃない、ふわりと宙を舞ったわたしの身体は、広い中庭で対峙している2人の間に割って入った。この家の主である赤毛の彼を背に回し、殺気満々の相手に正対する。

「そこまでよ! 『アンリ=マユ』!」
「え、え?」

 背後から聞こえる間抜けな声には、とりあえず耳を貸さないでおく。えーえー、どうせいきなり妙ちきりんなコスプレ少女が乱入してきたくらいにしか思ってないでしょ、あんた。何しろこれが最大の問題――いかにも魔法少女でーっすって感じのひらひらふりふりミニスカートに黒の猫耳猫尻尾――なんだもの。ついでに言うと、敵の目の前に出たところで無意識のうちにいかにも……以下略、なポーズを取ってしまう自分がこっぱずかしい。ポーズを付けて名乗りを上げるなんてギアス、組み込まないで欲しい。

「冬木の平和を守る為! 邪悪の野望を砕く為! 聖杯戦士☆マジカルリンリン、ここに見参!」
「あー、またお前かよ。毎度毎度ご苦労さんだな」

 名乗りを終えちゃったところで、改めて目の前の敵を見やる。赤い槍を抱えた全身青タイツの男が、髪をばりばり掻きながらこちらを見ていた。悪の組織の中間管理職、コマンダー・ランサーだ。やっぱりあんたか、毎度毎度こき使われてご愁傷様。

「うるさいわねコマンダー・ランサー、あんたらが悪事やらかすから、こっちも忙しいんじゃないの!」
「は、小娘が。大体こっちは組織、そっちは1人だ。1人で何ができるっていうんだよ」
「出来るか出来ないか、やってみなきゃ分からないでしょうが! 大体、何でこんな家襲撃してんのよ!」
「うっせぇ! 俺らの秘密を見た者は消す、お約束だろうが!」

 ……うわ、本当にお約束だ。それはさておいて、わたしは自分の背後に庇った奴を肩越しに振り返った。知らない顔じゃない。同じ学校で、同じ学年で、クラスは違うけどこいつのことを知らない者はあまりいない。わたしは、同じ学校に上がる前から彼を知ってるから……だから、自分を見つめる視線に目を合わせないようにして叫んだ。

「この家で一番安全な場所に逃げなさい。早く!」
「え、でも!」
「あんたがいちゃ足手まといなのよ、早く行きなさい!」

 反論を叫びで封じ込める。背後で息を飲む音が微かに聞こえて、それから庭の端にある土蔵に駆けていくあいつの姿が視界の端に見えた。なるほど、あれなら確かに丈夫そうだ。これでいい。

「ち、逃すかっ!」

 ランサーが、自分の携えていた槍を構える。投擲するつもりなのだろうが、そうはいかない! わたしは手に持ったステッキ……じゃなくてアゾット剣を振りかざし、ランサーに斬りかかる。

「やらせないっ!」
「……っ!」

 さすがはコマンダー、すぐさまわたしの動きに反応してきた。構えていた槍を大きく横に振るい、アゾット剣の一撃を受け止めるとそのままわたしを身体ごと吹き飛ばす。

「きゃああっ! ――Es ist gros,Es ist klein……vox Gott Es Atlas!!」

 咄嗟に口の中で呪を編む。身体に掛かるGを軽減し、家にぶつかった時の衝撃を弱め……って、やっぱ痛いわちくしょー!

「……っ、いったぁ……!」

 何とか体勢を立て直す。目の前に突っ込んできてるランサーに向けて片手でアゾット剣を突き出しながら、もう片方の手でポケットから宝石をいくつか取り出した。わたしの魔力をこめたルビーを指の間に挟み、大きく振りかぶる。呪文を呟きながら、ランサーを狙って思いっきり叩きつける。

「――Acht!」
「うわ!」

 うそ、今のタイミングで避けられた!? 一瞬身体を捻って魔力の爆発をかわしたランサーが、わたしに背中を向けて走り出した。まずい、あいつが向かってるのは土蔵だ。何が何でもここの家主を消したいらしい。

「待ちなさい!」
「待てと言われて待つか、阿呆! 影共、そいつの相手は頼んだぜ!」

 駆けていくランサーとそれを追うわたしの間に、黒い影が地面から生えるように出現した。数は片手の指ほど、だけどわたしを一瞬足止めするならそれで十分と見たのだろう。事実、ランサーの手は既に土蔵の入口にかかってた。

「ランサー!」

 必死で影たちを切り裂きながら、少しでも進もうとする。けれど、後から後から湧いてくる影のせいでほとんど進めない……ランサーの姿が、土蔵の中に消えた。

「く――衛宮くんっ!!」

 わたしは思わず、彼の名を叫んでいた。まるでそれが、彼を助ける為の呪文だとでも言うように。
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