マジカルリンリン3
 〜♪〜
 TVで昼の番組を見るともなしに見ていると、呼び鈴が鳴りました。玄関に立つ者の気配は、知らない相手でも敵というわけでもないようです。わたしは「はい」と答えて玄関に向かい、引き戸を開けました。

「こんにちは、セイバー」

 やはり、薄い紫の髪の彼女でしたか。地味な色の和服が意外とお似合いです。買い物帰りの彼女ですが、手にある包みはどうやらこの匂いからして鯛焼きでしょうか?

「あら、お昼は済ませちゃったみたいね」
「ええ。ですが甘いものは別腹と申します。どうぞお上がりなさい、キャスター」

 わたしがそう言うと、彼女――キャスターは「お邪魔します」と入ってきました。お茶の葉を取り替え、今度は2人分を注いで差し出します。

「どうぞ。柳洞寺の方はどうなっていますか?」
「ありがとう。レイラインの流れはもう大丈夫よ。場の浄化もほぼ終了……やらかしたのはわたしなのよね」

 もふもふもふ。キャスターが持ってきてくれたこの鯛焼きは、尻尾の先まであんこが詰まっていて実に素晴らしい。さらにこれは出来立てらしく、ほんわかと暖かみが残っています。ああ、この時に出てきて本当に良かった。封印を解いてくれたシロウには、感謝してもし足りません。

「……セイバー?」
「もへ?」

 ああ、いけない。口の中に食べ物が入った状態での会話は実に見苦しいものです。ごっくんと口の中のあんこに別れを告げ、わたしはキャスターの顔を見直しました。

「失礼しました。では、後は地脈の自然回復力に任せた方が良いかと思われます」
「そうね。柳洞寺はもともと強力なパワースポットだし、場の異常を修復すれば回復は早いわ」

 湯飲みを口にするキャスターの姿は、ごく普通の落ち着いた主婦そのもの。彼女が実は聖杯戦士であろうなどと、外見からは信じられないでしょう。もっとも、比較対象が凛や大河であるため、大概の女性は落ち着いて見えるのでしょうが……おっと、今の心の声は誰も聞いていませんね。
 ふとわたしは、外が気になりました。今頃シロウや凛や桜、教師である大河はそろそろ午後の授業が始まった頃でしょうか……その彼らのいる、学園が気になる。そう口にしようとした、次の瞬間。

「――!」
「……学園!? 宗一郎様!」

 わたしとキャスターは同時に立ち上がりました。シロウたちのいる学園に、強大な魔力が展開……これは結界!? 何と禍々しい気か!

「キャスター!」
「行きましょう、セイバー!」

 お互いに視線を合わせて頷き合い、目を閉じ、魔力を全身の隅々にまで流し込み……そして、我々は戦うための言葉を同時に口にする!

『――Anfang!』

 一瞬、全身が生まれたままの姿に戻ります。普段着用している衣服から戦装束へと、魔力による再構成が行われているために。わたしは青のドレス、その上を覆う銀の甲冑に。キャスターは魔術抵抗を織り込んだ、髪の色と同系色にコーディネイトされたローブに。
 ……で、前回の戦の時から疑問だったのですが、猫のものを模した耳と尻尾のアクセサリーには、聖杯戦士としての標識以外に何か意味があるのでしょうか? というか、絶対一部の特殊な趣味の持ち主がデザインしたとしか思えないのですが。

「セイバー、空間転移を行うわ」

 ……く、キャスターの猫耳姿が愛らしい。無骨な甲冑のわたしと違い、少し恥じらい気味の彼女にはよく似合っていて……いえ、そんなことを言っている場合ではありませんでした。

「キャスター、あなたはそのような事が行えるのですか!?」
「いくら結界の中とは言ってもね、抜け道はあるものよ。行きます!」

 僅かに頬を染めながらキャスターが魔術を編みあげるとほんの刹那、周囲の景色が歪みました。ついで、白い光の中に肉体と精神が溶け込んで行く感覚……わたしは眩しくて、思わず目を閉じてしまいました。

 不意にわたしの顔を、どろりとした不快な感覚が撫でたような気がしました。閉じていたまぶたを開けると、空気が薄赤く濁っています。目の前にはキャスターと……全身から剣呑な気配を放つ、独りの男の存在。

「キャスター」
「宗一郎様、ご無事でしたか」

 ふむ、なるほど。彼が、キャスターとらぶらぶ(凛談)の教師、葛木宗一郎と言うわけですか。そう言えば、彼女を見る彼の視線はどこか柔らかく、暖かな物を感じます。先ほどの気配は、わたしを警戒してのものだったのでしょうか。

「これは、例の輩の仕業か?」
「はい。どうぞ宗一郎様は基点より距離を置いて待機を」
「分かった。ところで、そちらはお前の仲間か?」

 実に2人がらぶらぶなのかよく分かりました、凛。わたしはすっかり、2人の視界の外に置かれていたようです。と、拗ねていても仕方がないですね。

「セイバー、と申します。どうぞお見知り置きを」
「セイバー……剣使いか。ならば、キャスターを守ってやってくれ」
「はい。わたしの使命は剣となり、盾となって聖杯戦士の先頭に立つことですから」

 事情は多少知っている風の葛木に、隠す必要は特にないでしょう。わたしが素直に答えると、彼は感情のない顔を縦に振りました。そして、クルリと身を翻すと扉を開け、中に入って行きました。なるほど、我々が転移してきたのは凛たちが通う学園の廊下なのですね。

「さて……上ですね」

 戦闘……はまだ始まっていないようですが、魔力を上から感じます。恐らくは屋上に凛も、そしてシロウもいるのでしょう。

『はん、そんなこと、できるもんならしてみなさいよ!』

 その屋上から響いてきた、張りのある声。そして、魔力の塊が勢いよく撃ち出されるのが分かりました。

「凛!?」
「ガンド撃ち!」

 どうやら開戦したようですね。廊下の窓をガラリと開けて身を乗り出したわたしは、そこから様子を窺う為に上を見上げました。と、何かが屋上の端から姿を見せまし――え、シロウ!? 危ない、このままでは地面に叩きつけられる!

「セイバー!?」
「くっ!」

 キャスターが息を飲むのには構わず、わたしは窓から外へ飛び出しました。そして、背中から落下するシロウの身体をしっかりと受け止めます。

「……え、セイバー?」
「はい。ご安心を、シロウ。上へ参ります」

 一旦、下の大地に着地。その反動で、今度はシロウを抱えたまま屋上へと飛び上がることにしました。……置いてきてもよかったのですが、シロウのことですから階段を駆け上ってでも戻ってくるでしょう。ならば、最初から目の届く場所にいて貰った方が行動を把握しやすいというものです。

「凛! お待たせしました!」

 シロウをしっかりと胸に抱いてフェンスを乗り越え、そのままわたしは仲間の名を呼びながら戦場へと乗り込んでいきました。ところで、このシチュエーションは普通は男女逆なのでは?


  - interlude out -
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