マジカルリンリン3
「……凄い、な」

 士郎もわたしと同じ感想を持ってるみたい。2人してバカみたいに、その光景に見とれていた。と、わたしの耳に飛び込んできたのは遠くからぼさっと戦いを見ていた、慎二の言葉。

「こら、ウスノロ! 何遊んでるんだよ、さっさと倒しちまえ! そんなだからお前は!」

 自分は安全圏から高みの見物の癖に。ふざけるな、とそちらに左腕を構えたわたしを、キャスターの言葉が引き留めた。

「リンリン、士郎、2人を止めねばなりません。ライダーは、わたしと同じなんです!」
「何ですって!?」

 その言葉に、わたしたちは意識を引き戻される。
 キャスターと同じ、ということはつまり――ライダーも、わたしたちの仲間だということ。ならば、呪いを解けばこの戦いと、今この学園を包み込んでいる結界の効果は多分、終わる。

「分かった。遠坂、キャスター、援護を頼む。俺が行く」

 士郎が進み出た。確かに、セイバーとライダーが全力で戦っているこの状況ではキャスターを飛び込ませるわけにはいかない。自分で剣を振るえる士郎の方がまだマシだろう。

「分かったわ。ヘマすんじゃないわよ、いいわね?」

 悪態を付きつつ、士郎に防御魔術をかけてやる。「ありがとう」って答えた彼の笑顔がちょっと眩しくて、わたしは思わず視線を逸らした。

「では参ります。――!」
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
「いっけぇぇぇ!」

 キャスターの魔術とわたしのガンドが、一斉にライダーを目がけて解き放たれた。セイバーにはキャスターの魔術ですら効かないから、うっかり外しても問題は無い――そのセイバーもこちらの意図に気づいたのか、ライダーを蹴り飛ばして彼女との距離を開く。

「投影、開始」

 士郎の呟きと共に、その手にくねくね曲がった刃を持つ短剣が投影される。本来はキャスターの持ち物であり、彼女自身にかけられた呪いを解き放ったルールブレイカー。士郎はそれを右手に構え、ライダーの身体に突き立てようとする。……眼帯に隠されていない彼女の口元が、忌々しげに歪んだように見えた。

「無謀な!」

 どすっ、と鈍い音がした。士郎の左の脇腹に、ライダーが繰り出したダガーの先端が深々と刺さっている。そこから、赤い血がぶわっと沸き出した。一瞬空いて、あいつは口からも同じ色を吐き出す。

「士郎!」
「シロウっ!」

 キャスターとセイバーが、彼の名を叫ぶ。わたしはそれさえもできずに、ただぼうっと赤い色がコンクリートの床に模様を作っているのを見つめていた。
 わたし、何してるんだろう。
 何で見てるだけなんだろう。
 動かなきゃ。
 あいつを助けなきゃ。

 何で、動けないの――?

「………………破戒すべき全ての符」

 その声と共に、士郎とライダーが光に包まれた。

 光は空間を浄化し、空気の赤を消し去っていく。その光は、長身を仰け反らせたライダーの身体から逃げ出すように滲み出てきた黒い影をも溶かす。首輪がばきんと音を立てて外れ、長過ぎる髪が下からの風を受けたかのように乱れる。その髪の中から、同じ色の猫耳がぴこん、と姿を見せた。ばさばさと暴れる髪をかき分けて、そのお尻からも同じ色の猫尻尾がひょこん。

「うう……あああ――――っ!」

 彼女が一声吼えた。一瞬身体を縮込ませ、バネのように床を蹴ってひとっ飛び。給水塔の上で呆然としっぱなしの慎二目がけて――行ったぁ、鉄拳制裁!

「ぐわああっ! こ、この、覚えてろよ!!」

 小悪党特有の捨てぜりふを吐き出して、慎二はぽーんと飛ばされていった。取り戻された青空の果てまで飛んで行って、消え去った後にキラリと光。まぁ、死にはしないだろうと……思う。うん、きっとあいつは平気。それよりも、士郎だ!

「士郎っ!」

 お間抜けな慎二のおかげか、何とか動けるようになったわたしは、慌てて床に倒れ込んだ士郎の元へと駆け寄った。セイバーに身体をもたれかけ、キャスターが見守って……あれ、傷は?

「……遠坂……うん、大丈夫みたいだ」

 少し苦しそうだったけど、士郎は無事だった。それに、ライダーに刺されたはずの脇腹の傷もほとんど塞がっている。これは、キャスターの魔術なの?

「いえ、わたしではありません。士郎の身体が、自ら修復したのです」

 んなアホな。そんな便利な身体なんてあるわけが……って、目の前にいるのか。まったく、アンタ何者?

「…………」

 そして、もう一人「何者?」な相手がわたしたちのそばに立った。先ほどの恐慌状態からは脱しており、ちょっと恥ずかしげにもじもじしてるのが可愛い。

「――あんたも、聖杯戦士だったんだ」

 彼女……ライダーを見上げ、わたしはそう言った。ライダーは小さく頷いて跪く。

「聖杯戦士マジカルライダー、ここに参上いたしました。これまでの非礼、何と詫びたらよいか」
「良いわよ。少なくとも鮮血神殿とやらは解除されたみたいだし」

 そう、そもそもはその厄介な結界を消すためにわたしたちは戦ってたんだ。えらく時間がかかったような気がしたんだけど、間に合ったかな?

「大丈夫です。基点近くにいた者の中には、表皮へのダメージが著しい者もいるかも知れませんが、この展開時間であれば生命に別条はないはずです」
「そっかぁ、なら、よかった」

 わたしは一安心して、それから通信機を手に取った。さすがにこれだけ派手なことをやらかした訳だし、証拠隠滅を図ることにしよう。あいつに連絡取るの、あまり気が進まないんだけどな。
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