マジカルリンリン3
「さすがにこの状況では、私の手を借りる気になったか」

 連絡を取った相手は、わたしの兄弟子。言峰綺礼ってちょっと仰々しい字面の神父は、てきぱきと手配をしてくれた。ここで起きたことは、あの集団意識不明事件の一つとして公表されることになるようだ。

「救急車の手配も済んでいる。私は先に戻るが、どうする?」
「一応残るわ。わたしも士郎も出席してる訳だし、いないと不審に思われるから」

 既に変身を解いたわたしと、制服の修復を済ませてある士郎は顔を見合わせて頷いた。慎二が不審に思われるのはしょうがない、自業自得だ。
 綺礼が、ちらりと士郎に目を向けた。背の高い綺礼が士郎を見ると、何だか威圧的に見下ろしてる感じ。だけど、士郎は臆する事なく、綺礼を見返した。

「少年、名は何という」
「衛宮。衛宮士郎」

 衛宮という名字に、綺礼は思い当たる節があったのか、僅かに目を見開いた。それからふっと笑みを浮かべる。嘲笑なんだか感心なんだか、付き合いの長いわたしでもよく分からない。……と、綺礼が一つ頷いてから言った。

「なるほど、衛宮の息子か」
「え? 親父のこと、知ってるのか?」

 士郎がきょとんとした顔で尋ねる。確かに、今の言い方だと綺礼は士郎のお父さん……この場合は切嗣って人のことね……を知ってるように思える。でも、衛宮切嗣が参加した戦いの時、聖堂教会からこの地区に派遣されていた神父は綺礼じゃないはず。

「衛宮切嗣が聖杯戦士を務めていた頃、この地区を監督していた神父は私の父だ。その関係で、少しは知っている」

 なるほど、父親つながりか。でも、何か腑に落ちないのは……わたしが綺礼をあんまり信頼していないから? ほら、士郎もうさん臭そうな顔してるじゃない。

「私は事実しか言っておらんよ。それでは、他にも処理すべき問題があるのでな」

 一方、綺礼のマイペースぶりは士郎のさらに上をいっていた。自分の言いたいことだけ言って、くるりと身を翻す。――数歩進んでから立ち止まった綺礼は、肩越しに士郎を見つめた。そして、一言。

「どうだ? 正義の味方になるという夢がかなった感想は」
「な――!」

 士郎の顔色が目に見えて変わる。その彼の表情にほくそ笑んで、綺礼は今度こそ振り返りもせずに立ち去っていった。……ふぅ、やっぱりセイバーたちをさっさと帰して、綺礼に会わせなかったのは正解だったかな?

「士郎」

 そっと声をかけてみる。やや間があって、士郎はぱっとわたしの方を振り返った。何だか、どこか遠くを見るような目。士郎は、綺礼の言葉に何を思い描いていたんだろう。

「事情聴取みたいよ、行きましょう。わたしたちはあくまで何も知らない『被害者』なんだから、すぐ終わるわよ」
「…………ああ、そうだな。早く済ませて帰ろうか」

 何となく悲しそうな士郎の笑顔に、どういう訳だかアーチャーの顔が重なって見えた。そういえばあいつ、結局今回は姿を見せなかったな。何やってるんだろう?

「ほら、牡蛎の炊き込み御飯とあさりの白菜蒸しだ。後、小松菜の煮浸しに揚げ出し豆腐と鮭の粕汁がある」
「……くっ、この牡蛎はまた良いものを……」

 えーと。
 さすがのわたしも、アーチャーが晩御飯を作ってくれてたなんて気づかなかった。ええい不覚、次こそはわたしの美味しい中華料理を食べさせてやるんだから!

「ふむふむ、このかすじるというものはなかなか身体が温まります。それに見た目よりも深い味わい、実に素晴らしい」

 ってセイバー、すっかり餌付けされてるしっ!

「煮浸し、って簡単な料理なんですけど、こういった味にも出来るとは知りませんでした。要勉強ですっ!」
「白菜も良い蒸し具合だ。あまりやり過ぎるとへたるんだよな」

 桜も士郎も、その味付けの見事さに舌を巻いている。そして、そのさらに横で揚げ出し豆腐を黙々と食べていた彼女が一言。

「美味しい、です」
「ふむ。それはよかった」

 う、その笑顔は反則だ。アーチャーは時々、ああやって無邪気な子供みたいに笑うことがある。普段がつんとした感じなので、余計にインパクトのある表情なのだ……って、何わたしの顔覗き込んでる訳?

「凛、感想を聞いていないのはあと君だけだ。私の料理はいかがかな?」
「美味しいわよ。頭に来るくらい」

 アーチャーの自信満々の表情がむかついて、わたしはちょっと不機嫌っぽく言ってやった。それでも彼は、やっぱり子供みたいな笑顔で「ふむ、ふむふむ」と満足げに頷いている。ほんと、ガキね。けど、それがこいつの良い所なんだろう、うん。

「……でも、良かったのですか? わたしがここにお世話になっても」

 揚げ出し豆腐の次は粕汁に手を伸ばしていた彼女が、恐る恐る口を挟む。それに対しては、家主である士郎が炊き込み御飯を飲み下してから「いいんだよ」って答えた。

「だって、ライダーも行く所ないんだろ? うちはまだ部屋余ってるし、藤ねえがしばらく帰ってこられないみたいだから食料にも余裕はある」
「……はい。ありがとうございます」

 ま、そういうことだ。解放されたライダーは、キャスターと違って行く所がなかった。だから、士郎が自分の家に来い、と誘ったわけである。彼女に関しては何故か桜も特に文句を言わなかったので、あっさり決定。藤村先生は軽症だったのだけど、やはり教師ということで生徒の安否確認にかけずり回っているとのことだった。

「すみません、ごはんのお代わりを下さい」

 セイバーがどんぶりをぐいと差し出してくるのに、アーチャーは苦笑しながら受け取った。うむ、わたしも負けてはいられない。少なくとも、普通に食べるだけの量は確保させて貰おう。

 冬木市の平和を守る為、アンリ=マユの野望を砕く為。
 聖杯戦士☆マジカルリンリン、今ここに見参!


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