マジカルリンリン4
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすために立ち上がった。
 マジカルセイバー。
 マジカルキャスター。
 マジカルライダー。
 共に戦う聖杯戦士が3人揃い、彼女たちはアンリ=マユとの戦いに挑む!
  - interlude -


 先輩が、戦いに巻き込まれたことは知っていた。そもそも、わたしが先輩のお家にお邪魔するようになったのも元はと言えばお祖父様からの言い付けだったからだ。

『衛宮切嗣の家に潜入し、あの男が隠匿した聖杯の標となる聖なる鞘・アヴァロンのありかを探り出せ』

 それが、わたしに課せられた使命。わたしの家……間桐家は聖杯を求め、悪の組織の一員となっていた。お祖父様も兄さんも、組織の幹部として暗躍している。けれど、わたしは違う。わたしは……
 先輩、ごめんなさい。わたしは、先輩の信頼を裏切ってしまいます。
 遠坂先輩、ごめんなさい。わたしは、わたしの運命を変えられません。

 ――せんぱい。
 ごめんなさい。
 たすけて、ください。


  - interlude out -


第4話
―闇に舞う桜! 推参、マジカルチェリー!―



 わたしたちとライダーの戦闘の影響で、学校は数日の間休校ということになった。そりゃまあ、全校教員生徒のほとんどが被害者なのだからしょうがないか。ま、こっちはその間に戦士の休息、といきますか。

「リン、これはこちらに干すのですか?」

 縁側から顔を覗かせたのは、昨日助け出した新しい仲間・ライダー。う、背の高いグラマー美人の上に眼鏡なんて、反則だ。シンプルなセーターとジーパンっていう飾りっけのない服装が、余計に彼女の魅力を引き立てている。くっそぅ、知的美女はわたしとキャラが被るぞ。

「ああ、うん。あ、下着は土蔵から離して干してね。士郎が出入りするかもしれないから」
「承知しました」

 どこか緊張しているのか、それとも地か。あまり感情を表に出さないまま頷いて、洗濯籠を抱えたままライダーは中庭へと出て行った。
 さすがに人数が多くて本気で合宿だから、家事は分担することにしたのだ。これだけ女性が多いと、士郎に洗濯を任せるのはある意味拷問だし、とはアーチャーの弁。ふーん、男って女の下着見てうはうはする奴だけじゃないんだ。勉強になったわ。
 セイバーは柳洞寺に出掛けている。キャスターとの情報交換もあるし、衛宮切嗣の墓がそちらにあるということでお参り、なのだとか。何でも尋ねたいことがあるとかで……いやセイバー、お墓は答えてくれないわよ? 聞きたいことは何となく分かったけど。耳と尻尾でしょ。
 桜はここぞとばかりにこの家の掃除に精を出している。士郎とわたしもそれを手伝っているわけなんだけど……しかし、本気でこの家広いわね。士郎と養父切嗣氏の2人で暮らすには部屋が多すぎる。ま、おかげで今は助かってるんだけど。

「桜、窓拭き終わったわよ。後は何をすれば良いかしら」
「あ、明日燃えるゴミの日なんで、捨てるものをまとめておいてください」
「分かった。分別してあるあれよね?」
「そうです。お願いします、先輩」

 ものすごーく生活感あふれる会話。1人暮らしの時にはこんな会話なかったから、わたしは何だか楽しい。話し相手が桜だから、かもしれないけれど。
 入口の門の脇に、燃えるゴミの袋をまとめて置いておく。ぱんぱんと手を払ってから、青い空を見上げた。ああ、良い天気だ。

「……ふぅ。離れのお掃除、一段落つきました」
「お疲れ、桜。米と醤油、ちょっと少なくなってきたぞ」

 桜が奥の掃除を終えて出てきた。ちょうど、台所を片付けていた士郎もキリのいいところでひとまず終了。わたしは手を洗ってから、家にいる皆の分のお茶を淹れた。わたしが淹れてあげたんだから、ありがたくいただきなさいよ。庭にいるライダーにも声を掛けて、みんなで一休みだ。

「はい、どうぞ。ライダーも、一段落ついたのならお茶飲みなさいよ」
「ええ、喜んで」

 これでよし。何だか緊張感が足りないけれど、戦いの最中だからって四六時中緊張している訳にも行かない。たまにはリラックスしないとね。セイバーがいないから、お茶菓子も少なくて済むし。

「あ、今日は江戸前屋のドラ焼きなんですね。あそこ、あんこが一杯入っていて美味しいんですよ」
「士郎、これよくお茶請けに買ってくるわよね。藤村先生対策?」
「ああ。藤ねえの食欲は結構洒落になってないからな。……セイバーの方が凄かったけど」

 お茶を一口飲んで、はぁと息をついた士郎がぼそりと呟いた。うん、その気持ちはよく分かる。セイバーってば、食べ方はマナーに沿った丁寧なものだっていうのにその速度が尋常じゃないから。お箸を使えるって言うのにはちょっとびっくりしたけど、多分先代の聖杯戦士に教わったんだろうな。

「あ、そうそう。誰か悪いけど、買い出しに付き合ってくれないかな。米がないのは致命的だ」
「じゃあ、わたしが行きます。冷蔵庫の中身は大体把握していますし」

 士郎の言葉に、桜がはいと右手を上げた。さすがは桜、1年半前から出入りしているだけのことはある。すっかり衛宮家の家族と化しているようだ。うん、それはそれでいいことだ。彼女の本来の家族として、士郎には礼を言いたい。

「ああ、分かった。それじゃあ遠坂、ライダー、後頼む」
「ええ、分かったわ。念のためだから、どっかでセイバーと合流しなさい」
「そうだな。江戸前屋の前にするか、あいつにだけドラ焼きがないってのも何だし」

 士郎、そんなだからセイバーがますます食欲魔神になっちゃうのよ? って心の中で言ってもあいつには通じない。士郎は玄関先まで出て行くと、通信機をぴぴっと操作して会話を始めたようだ。なるほど、桜を意識しているのね。

「あ、もしもし。セイバー? 俺、士郎。うんうん……そっか、うん」

 ……き、聞かないぞ。やろうと思えばセイバーの声も拾えるはずだけど、聞かないぞっと。何だか桜も士郎の通話を気にしてるみたいだけど、それにも気づいてないぞ、うん。
 で、しばらくすると通話が終わったらしく、士郎が戻ってきた。財布とトートバッグを拾いながら、桜に声を掛ける。

「……おっけ。桜、すぐ出るぞ。1時間後に江戸前屋の前だ」
「わかりました〜。それじゃ遠坂先輩、ライダー……さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい、ごゆっくり〜」
「士郎、サクラ、行ってらっしゃい」

 見様によっては新婚夫婦にも見える2人を、縁側から見送る。おのれ桜、いかにもファミリードラマの新妻ですよーってその雰囲気は詐欺だ。
 ……そして、わたしは日本茶の香りを楽しんでいるライダーの姿を真正面に捉えた。わたしの視線に気づいたのか、ライダーも姿勢を正してわたしを見つめ返す。

「何でしょう、リン」

 彼女も、わたしの言いたいことは多分分かっていると思う。だから、単刀直入に告げた。

「桜が敵になると言うのなら、わたしは容赦しない。いいわね」
「何のことか、よく分かりません」

 そう言うと思った。わたしの言葉に頷くということは、桜の今の立場を明かしてしまうってことだものね。ま、予測できたわ。

「分からないなら分からなくていい。……桜が全てを明かし、力を借りたいと願うならいくらでも貸す。これもいいわね」
「……言葉の意味はよく分かりませんが、サクラには伝えておきます」

 うん、これなら大丈夫。桜には、こんなに思ってくれる人がいるんだから。それじゃもう1つ……今度はわたしが、個人的興味で聞きたかったこと。心の贅肉だけど、ある意味わたしにとっては聖杯より大事かも知れない用件に入ろう。

「それと、もう1つ話があるんだけど」
「はい、何なりと。わたしに答えられることであれば」

 眼鏡の奥の灰色の目が、きょとんとしながらそれでもわたしをちゃんと見てくれている。よし、聞くぞ。

「どうやったらそんなに胸が大きくなるのか、教えて」
「――――――はい?」
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