マジカルリンリン4
  - interlude -


 先輩とお買い物。
 先輩と一緒に、2人だけでお出掛け。
 うれしいな。たのしいな。

「どうした? 桜。やたら楽しそうだな」

 わたしの横を歩いている先輩が、そう言ってわたしの顔を覗き込んできた。わたしはにっこり笑って、頷いて見せる。

「はい。だっていいお天気ですし、先輩と2人でお買い物ですし」
「ははは。いい天気なのは同感だけど、俺なんかと2人で買い物なんて楽しいのかな?」
「先輩だからこそ楽しいんですよ」

 ほんとは、食器用洗剤のCMみたいに先輩と手を繋いで歩きたかったんだけど。でも今は、肩を並べて歩けるだけで幸せです。

「そっか? ならいいんだけど」

 先輩はわたしの気持ちなんて多分気づいてない。うん、朴念仁って先輩のことを言うんですね。

「はい、いいです。それにしても、たくさん買いましたね〜」
「そりゃーな。人数が増えたし、セイバーが結構食べるし。料理人としては作り甲斐があるよ、な、桜」
「はい。皆さん美味しいって喜んでくれますから」
「そうだよな。ただ、あまり作りすぎると次のネタに困るんだよな〜」

 2人して両手にぶら下げた袋の中身は食べ物食べ物食べ物。ちょっと少なくなっていた、遠坂先輩用の牛乳も完備。これで何日分保つかは分からないけど、ちょっとの間は安心してお料理に励めそう。

 お料理なんて、ほんとはしてもいいのかな。
 わたしの手で、先輩が食べるものを作る。
 わたしの汚れた手で、キレイな先輩が食べるものを作る。
 先輩が、汚れたわたしが作った料理を食べる。
 それは、先輩を汚すということにはならないのか。

「うふふ、仲が良いのね。お兄ちゃんとお姉ちゃん」

 え?
 いきなり声を掛けられてビックリした。わたしと先輩の目の前に、小さな女の子が無邪気な笑みを浮かべて立っている。銀色の髪と赤い瞳が、ものすごく目を引く……あなたは、だぁれ?

「え、そう見えるのか?」

 多分顔が真っ赤になってるだろうわたしとは対照的に、先輩はきょとんとした顔。うぅ、もう先輩ったら鈍感なんですから……でも、だからこそわたしは安心して先輩のそばにいられるのかも知れません。わたしがこんな女だって事を、気づかれずに済むから。

「うん、とっても。ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃん、恋人?」

 女の子はそう、意地悪そうな顔をして尋ねてきた。先輩は少し首を傾げてから、違うよって答える。

「俺と桜は、家族みたいなものだから。俺みたいな奴より、桜にはもっと相応しい恋人が出来るさ」

 そんなことありません。わたしには『相応しい恋人』なんていません。わたしに相応しいのは、あの闇の中。真っ暗闇に蠢く、――。

「ふーん」

 女の子は、ちょっぴりつまらなそうな顔をした。それから、わたしの顔をじっと見つめて言った。まるで、わたしよりずっとお姉さんですよ、って感じの顔をして。

「隠しごとしても、何も変わらないわよ。何かを変えたいというのなら、自分が変わらなくちゃ」

 そして、きょとんとしたままの先輩に視線を移して、こうも言った。

「早く目覚めなさい。わたしは待っているから」
「? 何の話だ?」

 わたしも先輩も、彼女の言っていることがよくワカラナイ。

 違う。
 ワカラナイんじゃない。
 知ってるのに、知らないふりをしてるだけ。
 先輩はそうじゃないのかも知れないけれど、
 少なくともわたしはそうなんだ。

 そんなことを考えていたわたしの目の前で。

「それじゃあ、またね」

 女の子は最初に見せた無邪気な笑顔で、くるりをきびすを返した。そして、そのままたったったっと足取りも軽く駆けていく。わたしも先輩も、ぼうっとその後ろ姿を見送っているだけだった。

 わたしは、先輩に隠し事をしています。
 自分を変えることなんてできません。

 ――ほんとうに?

「さくら?」
「ひゃあっ!」

 うわ、びっくりした。
 一瞬、夢見てるのかと思った。だって、気が付いたら目の前に先輩の顔がドアップで入り込んでるんだもの。

「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていました」
「そうか。あまりぼーっとしてるから、眠いのかなって思ったんだけど」
「そ、そんなことないです! お肌に気を遣ってますから、夜は早めに寝ますし!」

 嘘だ。
 わたしは闇に生きるから、夜早く寝るなんてあり得ない。

 だって言うのに。

「ああ、それはよく言うよな。肌は夜作られるから、ちゃんと寝ないと荒れるんだって……それで、桜の肌は綺麗なんだな」

 なんて、先輩はハタから聞いたらえらい台詞を吐いてくれました。あのー、わたし先輩の前で脱いだこと、まだありませんよ?

「それは聞き捨てならないことを聞きました、シロウ」

 あ、セイバーさん。えーっと……時間ぴったりですね。でも、贅沢を言うならもう少し遅く来て欲しかったです。

「ん、ああ、セイバー。……聞き捨てならない事って、俺何か変なこと言ったか?」
「サクラの肌は綺麗だ、と。その台詞は普通、同衾した男女の間で交わされるものかと思われますが」

 物事をはっきり言うのが美徳ではない、とはどこで聞いた言葉だったかなぁ。ともかく、セイバーさんがはっきりきっぱりとそういう事を言ったものだから、先輩は……きょとんと目を丸くした。気づいてなかったんですね、絶対。

「どーきんって………………え、え、えぇーーーっ!?」
「どうなのですかシロウ。あなたとサクラがそういう関係なのであれば、私は部屋を変えねばなりません」

 あ、そうだ。セイバーさんの使っているお部屋、先輩の部屋のお隣なんだ。前に滞在した時も同じ部屋を使ったからって言ってたけど。それにしてもセイバーさん、真面目なんだなぁ。

「あ、あのなーセイバー! 桜は友人の妹で、家族みたいなもんなんだ。そんな言い方したら、桜に失礼だろー!」

 いえ全然。って、わたし『慎二兄さんの妹』でしかないんですか? それ、ものすごーく悲しいです。

「では何故先ほどのような言葉を?」
「だって、肌って言ったって俺の場合、桜の頬を見て言ったんだけどな。ほら、ぷにぷにしてそうでさ」
「……ふむ、なるほど。552ホーライの肉まんのようなもちもちとした肌ですね、確かに」
「わたしは肉まんじゃありませんっ!」

 うっうっうっ、毎晩体重計と格闘してるわたしに何てこと言うんですか。む、胸なら肉まんにも負けませんけどって、わたしは何を言っているんでしょうかーっ!

 〜♪〜
 あれ? 先輩のケータイが鳴ってる。っていうか先輩、ケータイなんて持ってましたっけ? それにこの着メロ、魔法少女アニメの曲ですよねぇ。

「はい、もしもし……え、慎二!?」

 兄さんからだと分かって、先輩の顔がさあっと青ざめた。セイバーさん、やっぱり気になりますよね。

 ――そうか。動くんだ。
 兄さんと、御祖父様が。
 間桐の家の悲願のために。

「――分かった。待っていろ。遠坂とライダーに何かあってみろ、いくら俺でも許さないぞ」

 先輩が、強ばった顔でケータイを切った。ポケットにしまってから、わたしとセイバーさんの顔を見比べる。セイバーさんもいつも以上に真剣な顔になって、先輩の顔を見つめ返した。

「シロウ。シンジがどうしたのですか」
「……ちょっと拙いことになった。セイバーは桜と一緒にいてやってくれ、いいな?」

 そう言って、先輩は自分が持っていた買い物袋をセイバーさんの胸元に押し付けた。慌てて受け取ったセイバーさん、大事そうに抱えている。そりゃ、中身が食べものですもんね。

「し、しかしシロウ!」
「慎二が俺1人で戻って来いって言ってるんだ。だからセイバー、桜は頼んだ」

 じゃあな、と笑って、先輩はクルリと振り向くと駆け出して行った。わたしも、セイバーさんも止める暇がなかった――ううん、止められなかった。だって、先輩は必死で感情を押し殺していたけれど、本気で怒っていたから。

「……仕方ありません。先方がそう要求しているのであれば、そうせざるを得ないでしょう……ですが、シロウは考えがなさ過ぎる。少しは策を弄せというものです」
「わたしもそう思います、セイバーさん」

 袋を両手で抱えたままため息をつくセイバーさんの言葉に、大きく頷いて同意した。詳しくお話してくれなかったってことは、先輩はわたしをまったくの部外者だって信じてくれていて、わたしを守ろうとしてくれたってこと。きっと兄さんがわたしは無関係だって言って、先輩はそれを鵜呑みにしたんだろう。

 ――先輩。
 わたし、先輩が思っているほどいい子じゃないんですよ。

「ねぇ、セイバーさん」
「はい、何ですか桜?」

 だから。

「後ろからこっそり、勝手についていくのは構いませんよね?」

 ちょっぴり、わがままをしてみることにした。


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