マジカルリンリン4
 ……あー、まずった。
 士郎と桜を買い物に送り出して、家にはわたしとライダーの2人っきり。この家には『敵意に反応する結界』が張り巡らされているから、アンリ=マユが攻めてきても分かるだろう、とたかをくくってた。
 黒い影には、敵意も悪意も、そもそも意志もないんだった。
 そ、わたしたちは黒い影の奇襲を受けた。変身すれば影ごときは楽勝だったんだけど……次の瞬間、わたしとライダーの身体からがくん、と魔力が抜き取られた。一緒に意識も持って行かれて、次に気が付いた時には2人揃って拘束状態。黒い影を紐代わりに使うのはやめてほしいな、赤いラインが入ってるとは言え、何か縁起でもない。
 魔力を抜き取ったのは、どうやら周囲に蠢いてる影、と見せかけてこれは蟲だ。何やらモザイク掛けたくなるような形状の、寄生虫か何かだろうか。こいつらがもぐもぐと、わたしたちの魔力を美味しそうに食べている。魔力がなくなれば多分、次は肉にかじりつくだろう……うぅ、想像しただけで気持ち悪くなってきた。
 で、士郎んちのリビングで2人並べてすっ転がされてるわたしたちの前には、昨日ライダーにぶっ飛ばされた慎二がにやにや笑ってあぐらをかいている。衣装は昨日のまま……いや、色が違うから多分、同じデザインのものがタンスにずらりと並んでいたりするんだろう。うわ、想像した。さらに、左腕を肩から三角巾で吊っている。顔も絆創膏やらガーゼやらで妙に痛々しい。多分、昨日ライダーに鉄拳制裁を食らった結果だろう、自業自得。
 それで慎二。自分の方がわたしたちより優位にいるって主張したいのは分かるけど、座布団10枚重ねって何よ。笑点じゃないんだし、仮にそうだとしてもあんたは黄色よ、黄色。ラーメン不味いぞとか駄洒落の先読みとかされる立場よ、うん。

「ああ、衛宮。そう、僕だよ僕……だからぁ、マスター・シンジって呼べっつっただろ! これだからお前は馬鹿なんだよ!」

 慎二が士郎との通信に使ってるのは、わたしの端末。わたしから無理矢理もぎ取って使い方を尋ねたついでに首筋を舐められた。あー気持ち悪い、解放されたらすぐお風呂だ。全身ぴっかぴかに磨き上げてやる。

「ああ、遠坂の端末から話させて貰っているよ。僕の言う意味が分かるだろ? そうそう、馬鹿でもそのくらいは分かるよな」

 馬鹿馬鹿言うな。人のことを馬鹿って言う奴が馬鹿なのよ、って心の中で小学生レベルの悪口を叩いてみる。魔力を吸い取られて無茶に抵抗できないわたしたちでは、これが精一杯の抵抗。

「そう、1人で帰ってくるんだ。いいな、援軍なんか引き連れてくるんじゃないぞ。そんなことしたら、遠坂とライダーの命は保証しないからな……ああ、じゃあ後で」

 通信終了。わたしの端末も後で消毒だ、アンリ=マユに使われたなんて気分悪いったら。その端末を大事そうに懐に仕舞って、慎二はわたしを楽しそうな顔で見下ろした。こら、わたしの通信機返せ。

「これでよしっと。全く、お祖父様にも困ったものだよ。せっかく僕が邪魔な奴を消すつもりだったのにさ、あいつは大事だから丁重にお迎えしろ、だって」

 わたしも先祖代々のうっかり属性持ちだけど、慎二も結構迂闊な所がある。わたしやライダーの目の前で、喋らなくて良いことをべらべらと喋るってのがそれだ。普通は捕虜の目の前でそんな話しないでしょ、もしかしておしゃべりでしか優越感に浸れなかったりする?

「ふぅん。間桐の爺さんって言ったら、先代の当主よね。そんな奴が士郎に何の用があるのかしら?」

 意地悪そーに睨み返しながら、そう尋ねてやる。ちょっぴり悔しげな風を装うのがポイント、そうすればこの手はほいほいと喋ってくれるのよね。ほら、優越感たっぷりの慎二が口を開いた。

「ああ、そうだね。僕の女になる遠坂と、もう一度アンリ=マユのコマンダーになるライダーには今のうちに教えてやった方がいいか」
「……私を、また洗脳する気ですか?」

 こちらはあくまで冷静を装っている、風のライダー。眼鏡の上から黒い影でぐるぐる巻きにされて、目を塞がれている。そーいやコマンダーだったとき、えらくゴツい目隠しをしていたわね。魔眼か何かかしら、後で聞いてみよう。

「ふん。その方が楽しかったんじゃないか? お前だってさ。何しろ人の精は吸い放題、力を抑え込むこともない。思い切り暴れられて楽しかっただろ」
「……」

 慎二にそう言われて、唇を噛むライダー。……そうか、それであの結界か。うん、ライダーはそういう種族なんだろう。対策は後で考えるべし。ああ、『後で』やることが山積みだ。

「それで……ああ、そうだな。お祖父様が衛宮を優遇する理由だったよな。僕も詳しくは知らないけど……」

 おい、あんた先代当主の孫で組織の幹部でしょう。詳しく知らないって何よ、本気であんた冷遇されてんじゃないの? ま、いいか。わたしは口を開かずに、慎二の話を大人しく拝聴する。

「まぁ、要は聖杯を見つける為の重要アイテムがこの家にあるはずなんだ。家捜しさせて貰ったけど見つからなかったから、家主にどこに隠したのか教えて貰おうと思ってさ」

『わたしには、隠されし聖なる鞘『アヴァロン』を捜し出すという役目があります』
『それを所持する者を全ての災厄から守護し、傷を癒す力を持ちます。そして、聖杯を導く秘宝のひとつでもあるのです』

 なるほど。セイバーが士郎の家にいたのは、ここにアヴァロンがあるからなのか。

 だけど……それなら何で、セイバーはアヴァロンの所在を知らない――?

「遠坂! ライダー!」

 どかどかと、らしくない荒々しい足音を立てながら士郎が居間に入ってきた。足元にいた蟲がさーっと逃げていくっていうのは、餌に値しないからなんだろうか。って士郎、あんた土足じゃない! そんなに焦ってくれてたわけ?

「やぁ、衛宮。行儀が悪いな、靴くらい脱げよ」

 それに対して、慎二は余裕たっぷり。どうでもいいけど、その怪我人スタイルでその表情はギャップがあり過ぎよ? 士郎が一瞬眉をひそめてるじゃない。うわ、何か変なもの見たって顔。

「――慎二。お前、懲りてなかったのか」
「何で僕が懲りなきゃいけないのさ。妙なことを言うね、衛宮も。それに僕はマスター・シンジだって、何度言ったら分かるんだ?」

 ほんとに懲りてない。だけど、今は困ったことにわたしやライダーっていう人質がいる分、慎二の方が有利だ。セイバーとキャスターがまだ残っているとは言え、この状況では打開策にはなり得ない。参った。
 士郎は、わたしとライダーに視線を向けた。どこか透明な目がわたしたちを見つめた後、慎二に視線を戻して震える声で聞く。うわ、士郎が怒りを抑えた声なんて初めて聞いた。ちょっとコワイ。

「……で、何が望みなんだ。慎二」
「簡単なことさ。お前の親父さんが残したものを、今すぐここに出しな」
「親父が……?」

 慎二の要求を、士郎はきょとんとした表情で聞き返す。ふむ、やはり士郎もアヴァロンの在りかは知らないみたいね。ま、そりゃそうだろう。衛宮切嗣が、息子である士郎を聖杯戦士にしなかった。それは即ち、士郎には戦いの場に出てほしくなかったって事。魔術回路を開いてやったのは、もしこんな時がきた場合のために士郎が自分の身を守れるように、だろう。
 ……ごめんなさい、士郎のお父さん。わたしが、あなたの息子を、引きずり込みました。この詫びは一生面倒を見ることでって、何を言ってるんだわたしはー!

「親父が俺に残したのはこの家と、衛宮の名字と、ここにある想いだけだ。他には何もない」
「嘘付けよ。もう1つ、大事なモノをこの家に残してあるはずなんだ。さぁ、出せよ衛宮! こいつらがどうなってもいいんならな!」

 こら、人の顔を爪先で持ち上げるな! 足が臭いわよ、風呂でちゃんと洗ってんの!? 踏まれないだけマシだ、と思っておこう。あーくそう、遠坂凛ともあろうものがこのていたらく。修行不足だ、ちくしょう。

「……だから、他には何もない! 何なら家捜ししてくれたって構わない、だから遠坂とライダーを放せ!」
「家捜しなんて、最初にしたさ。それで見つからないから、こうやって家主様をお呼び立てしたんだろ!」

 そりゃそうだ。家に隠してあるものを探しに来たんだ、まず最初にすることと言ったら家捜しに決まってる。多分、土蔵の奥までほじくり返したんだと思うけど……それで見つからないなら、やはりこの家にアヴァロンはないってこと?

「本当に知らないんだ、慎二! ……あと、親父が残してくれたものは、俺自身だけだ」
「は、笑わせるなよ衛宮。お前なんかに本来用はないんだよ」

 ……ライダーが歯がみしてる。わたしも、唇を噛み締めている。ちくしょう、何か逆転のチャンスさえあれば……この黒い影と蟲さえ何とかなれば、慎二なんて敵じゃないのに……!
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