マジカルリンリン4
「兄さん!」

 不意に、玄関から声がした。ばたばたと靴を脱ぐ音がして、入ってきたのは桜だった。……あんた、何やってんのよ?
 桜はすたすたと入ってくると、ちょうど士郎を庇うように慎二と士郎の間に立った。さっき士郎の足を避けていた蟲たちは、桜の足元へとずるずる寄ってくる。けどそれは、食料と見なしてるんじゃなくって……何だろう、女王にかしずく下僕?

「何だ、桜か。はん、1年半も潜り込ませておいたのは無駄だったよな」
「――!」
「……何だって?」

 慎二の言葉に桜と、そして士郎も顔色を変えた。やっぱりね、桜がこの家に入り込んだのは、衛宮切嗣の遺産……アヴァロンを探させるためだったんだ。ふざけんな、桜が間桐の娘になったのは――そんなことするためじゃない!

「……慎二、桜は関係ないって……あれは嘘だったのか!」

 士郎が本気で怒ってる。元々おっとりタイプだから、こんな風に怒ったこいつなんてわたしは知らない。綾子が以前、士郎と慎二が喧嘩したみたいなことを言っていたけれど、その時の士郎はやっぱりこんな感じだったんだろうか?

「当たり前だろ? ちょっと考えれば分かる事じゃないか、桜は僕の妹なんだしさ」

 対して慎二は自分のペースを崩さない。あーやばい、これは状況的にも慎二が有利だわ。交渉ごとってのは熱くなった方が負け、今の士郎じゃまともに慎二の相手なんてできやしない。この状況を打開する切り札は――

「……もうやめて下さい。兄さん」

 ――桜、あなたしかいない。

「あぁ? 桜、今何て言ったんだ? もう一度言ってみろよ」
「……っ……、何度でも、言います。もうやめて下さい、兄さん。遠坂先輩とライダーを放して下さい」

 慎二、アンタ妹に何やってたのよ? 桜、あんなに怯えて……それでも真っ正面から慎二の顔をぐっと睨み付けて、自分の言いたいことを言ってる。士郎も驚いているし、ライダーも見えない目で桜の顔を見上げてる。そうね、桜はあまり自分の意思を表に出さないから。

「何だと? お前、この僕に指図する気かよ! お前がどんな女かここでばらしたっていいんだぞ、それでもか!」
「……っ!」

 ――慎二。
 いや、間桐の一族。
 アンタタチ、本当に何やった?

 わたしの妹に、何をやったの?

「それでも、です」

 桜が、挫けそうな意志を絞り出すようにして、そう言った。

「わたしが、どんな女か先輩に知られるのは、いやです。でも」

 伏せた顔をぐっと上げて、涙が溢れそうな眼で前を見て、両手の拳をぎゅっと握りしめて。

「わたしは、先輩を、守ります」

 そう、はっきりと言ってから。

 桜は自分の背中に庇った士郎を肩越しに振り返って、とびっきりの笑顔で言った。

「先輩。見ていて下さい、わたしの変身」


  - interlude -


「先輩。見ていて下さい、わたしの変身」

 わたしが間桐の家の子になる時に、本当のお父さんがたった1つだけ持たせてくれたもの。
 間桐の家族にはただのアクセサリーだ、って思わせておいたペンダントを服の上から触る。

「――Anfang!」

 それが持っている力を発動させる、たった1つの言葉を口にした。瞬間、身体がかぁっと熱くなる。着ていた服が弾け飛んで、わたしは先輩の前で全てをさらけ出す。
 わたし、こんな身体してるんですよ。綺麗に見えるかも知れませんけど、すっごく汚れてるんです。……あーあ、嫌われちゃったかなぁ。
 でもそれはほんの一瞬で、次の瞬間には違う形に再構成された服がわたしの全身を包み込む。わぁ、わたしのはパステルカラーなんだ。こんな可愛い色でいいのかな。

「――冬木の平和を守る為。大事な人を守る為」

 間桐の子供になって髪の色は変わったけれど、猫耳と猫尻尾は多分元の黒い色。ちょっぴり元のわたしが残っていてくれたようで、嬉しくなった。手と足が勝手にポーズをつけるのは、お約束なんだろうなぁ。

「聖杯戦士――マジカルチェリー、今ここに推参!」
「な……桜、お前まで聖杯戦士だってぇ!?」

 兄さんが驚いた拍子に、座布団につまづいて転んだ。10枚重ねなんて、日曜日夕方のTV番組じゃないんですから。座布団、没収ですね。遠坂先輩、赤い服なんだからお願いします。
 足元の蟲たちが、ざわりとざわめく。ここに連れてこられた子たちは、兄さんがお祖父様から譲り受けた子たちみたい。尻餅をついたまま後ずさりする兄さんを庇うように、ざわざわとわたしたちを取り囲む。遠坂先輩とライダーを拘束している影たちは、そのまま2人を連れて行こうとする。……そんなこと、とっくに見抜いてますよ、兄さん。

「アンジェラちゃん、マルティータちゃん、カタリナちゃん! おとなしくしなさい! ご飯なら、影がいるでしょう!」

 わたしが名前を呼ぶと、蟲の中の数匹がぴたりと止まった。今わたしが呼んだ名前の子たちは、この蟲たちを統率しているいわば女王。この子たちはわたしが制御できる……そう育てられた。間桐の家に貰われてから、蟲になるように育てられてきたわたしは、全部じゃないけれど蟲を制御できる。遠坂先輩とライダーの魔力を食べていた子たちは、わたしの声で一転して黒い影たちをご飯と決める。――これで、状況は逆転した。

「お願いします! セイバーさん!」
「はい、桜! 我が名はセイバー、聖杯戦士マジカルセイバー!」

 屋根の上から庭に、変身済みのセイバーさんが飛び降りてきた。兄さんは気配を読むことは得意じゃないから、セイバーさんが屋根伝いにやってきても分からないってことくらいは気が付いていた。蟲たちはわたしがごまかせるし。

「凛! ライダー!」

 ざしゅっ、ざしゅっ!
 セイバーさんの見えない剣が、影を切り裂いた。遠坂先輩は即座に飛び起きて、兄さんの横っ面にビンタ一発。うわぁ、いい音がしたなぁ。で、おまけに蹴りが入る。ああ、兄さん、庭に放り出された。

「サクラ!」

 一方、ライダーはわたしのそばに来てくれた。目元を隠していた影をぶちっと引きちぎって、眼鏡スタイルのままわたしに笑いかけてくれる。うーん、先輩、眼鏡属性あるかなぁ。

「ライダーは先輩をお願いします。この状況、わたしが一番有利だから」

 そうお願いすると、ライダーは「分かりました」と快く頷いてくれた。先輩の肩に手を掛けたのは、まぁ許してあげよう。
 先輩は……顔を見るのがちょっと怖かったけど……わたしをじっと、心配そうな顔で見てくれた。

「……桜、大丈夫なのか?」
「はい、任せて下さい」

 わたしは先輩に、お料理を任せて貰う時と同じ口調でそう答える。あ、先輩、「ああ、分かった」ってやっぱり同じように頷いてくれた。嬉しい、先輩に任せて貰った。わたし、頑張ります。
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