マジカルリンリン4
「桜!」

 遠坂先輩が、わたしの横に並ぶ。彼女の衣装はわたしと色違いでお揃い。赤は遠坂先輩のイメージカラーみたいなものだし、とっても似合ってる。……わたし、似合ってるかなぁ?

「一気に決着をつけるわよ……できる?」
「大丈夫です」

 わたしのことを気にしている風の遠坂先輩に、大きく頷いてみせた。大丈夫、わたしは衛宮先輩を守るって決めたんだ。やってみせる。

「そう」

 ……遠坂先輩、ここは期待してるわよ、とか言ってくれる所じゃないんですかー? うぅ、少しは気にして下さいよぅ、と思いつつ庭に降りる。ああ、お洗濯もの大丈夫かなぁ。
 兄さんは何とか体勢を……立て直してるっていうのかなぁ? 黒い影の背後にこそこそ隠れて、可哀想に。

「ち、ちくしょう! 桜、お前は間桐の蟲なんだぞ! 聖杯戦士なんてそんな、偉そうな!」
「慎二こそアンリ=マユの幹部だか何だか、偉そうにしてるじゃないの。その割に情けないわねぇ」

 ……悪口は遠坂先輩に任せた方がいいのかな。わたしの言いたいこと、さんざん言ってるような気がする。これって、遺伝子のなせる技だったりするのだろうか。

「な、情けなくなんかないぞ! いけ、影ども! 桜も裏切り者だ、ずったずたのけちょんけちょんにしてしまえ!」

 一方、兄さんは腰を抜かしかけたまま、悲鳴のような声を上げる。けど、その台詞を聞いて遠坂先輩がけらけら笑い出した。

「ぷ。今時けちょんけちょんですって? ダッサー!」

 わたしも同じコトを思いました。兄さん、ぎゃふんとかけちょんけちょんとか、今時使わないような言い回しが多いんですよ。お祖父様の影響かも知れませんけれど。
 兄さんの号令と共に、影たちがざああっと押し寄せる。こんなの怖くない、あの暗い地下室に比べれば、なんてことない。今一番怖いのは、先輩が傷つくこと。だからわたしは容赦しない。

「マルティータちゃん! お願いします!」

 わたしの声と共に、蟲たちの一部がざざざとさざ波のような音を立てながらわたしたちの回りを守るように取り囲む。そして、影の足(……っていうのかな?)にかぷっと噛み付いた。むしゃむしゃと音を立てて食べ始める……いっぱい食べてくださいね、マルティータちゃんたち。

「……か、影を……食ってる?」
「そんな馬鹿なっ! 何で桜がこんなこと、出来るんだよっ!」
「わたしだから、出来るんですよ。兄さん」

 遠坂先輩と兄さんが驚いてる。うん、いけるかも。そのまま影たちはマルティータちゃんに任せて、わたしは……えっと、どうやればいいんだっけ? 間桐桜になってから、魔術の勉強なんてちっともさせて貰えなかったし。

「大丈夫よ、桜」

 ぽん、とわたしの肩に遠坂先輩の手が置かれた。優しくて暖かい手……衛宮先輩とは違う、柔らかい手だなぁ。

「こんなの、ぶっ飛ばすって思えばいいの。桜にはあいつらがいるんだから」

 遠坂先輩の言った『あいつら』が蟲たちのことだって分かって、わたしははっとした。そうだ、カタリナちゃんやアンジェラちゃんだってまだいるんだ、あの子たちはわたしのしたいことを分かってくれる!

「――はい! アンジェラちゃん、カタリナちゃん! お願い!」

 だから、わたしはお願いした。兄さんを衛宮の家から追い出して、出来れば間桐の家まで戻してって。そして、蟲たちはわたしのお願いに答えてくれた。

「う、うわわわわわっ!?」

 大地を覆った蟲たちが、一斉に兄さんへと群がる。じたばた暴れる兄さんを組み伏せ、呑み込み、そのまま一塊りになって地面へと潜り込んでいく。しばらくもがいていた兄さん、らしき塊は、やがてぺったんこになって綺麗に消えた。影を食べていたマルティータちゃんたちも、一緒になって。

「……ふぅ」

 ああ、疲れた。あれだけの子たちをいっぺんに制御するなんて、やったことなかったからなぁ。
 ……あれ。
 わたし、何で地面に寝てるんだろ。
 おかしいなぁ……ああ、眠い。
 寝ちゃおうっと。おやすみなさい。


  - interlude out -


 桜が目を覚ましたのはその日の夕方。洗濯物は何とか無事で、買い物袋もどうにか無事で……卵が2・3個割れてたけど……みんな一安心した頃のことだった。

「……ん……あれ?」

 むくり、と起きあがった桜の顔は、かなり寝ぼけている。よく他のメンバーの寝起き顔を見ているセイバー曰く、寝起きのわたしにそっくりなのだとか。……わたし、毎朝こんな顔して牛乳飲んでるのか。うわぁ。

「桜、大丈夫?」
「……とおさか、せんぱい? え、ええ……」

 声を掛けるまで、わたしに気づかないなんて。ま、しょうがないか。ある意味これも遺伝子のなせる技だ。

「……桜のおかげでみんな助かったわ。ありがとう」

 わたしは素直に頭を下げた。本当に、桜がセイバーとうまく連携してくれなければ、今頃士郎ごとアンリ=マユの手中に落ちていた。それに、桜が聖杯戦士だったなんてね。父さん、そのくらい言っておいてよ。

「いえ……その、わたしは……」

 衛宮先輩が心配で、と口の中でもごもご言う桜。うん、そうだろう。桜があんだけ頑張るなんて、士郎の為くらいだものね。お姉ちゃんは分かってる。

「――桜、気がついたのか」

 と、当の士郎が顔を出した。手に持ったトレイの上にはほっかほかの1人用土鍋。この匂いからするとお粥か何か作ってきたな、こいつ。

「あ、先輩。はい、もう大丈夫です」
「そうか? でも、大事を取って今日はゆっくり休んでろ。はい、卵粥作ってきたから」

 やっぱり粥かー! ああお約束。お茶碗にレンゲも完備してあるあたりはさすが士郎。それをお盆ごとはい、と机の上に置いて、士郎は後で取りに来る、などと抜かした。ので、

「士郎。そばにいてやりなさいよ」

 とわたしは余計なことを口にした。ああ心の贅肉万歳。

「なんでさ?」
「何でも何もないでしょ? こういう時は異性がはいあーん、が基本じゃないの」

 普通は女が男にはいあーん、だろうというツッコミは却下。「え、え?」と2人して困ってる士郎と桜を部屋に残して、わたしは桜の部屋を出た。ぱたんと閉めた扉の向こうで、何やら会話が繰り広げられているようだ。うんうん、いい傾向。

「……だっていうのに、何でかなぁ」

 わたし、良い子ぶってるかな。何かむしゃくしゃしてる。きっと、ああやって士郎に構って貰ってる桜が羨ましいんだ。

「……ねえ父さん。これ、ギアスじゃないよね?」

 廊下を歩きながらぽつりと呟く。ギアスじゃないなら、多分、わたしは――遠坂凛は単純に、衛宮士郎が気になっているんだろう。
 それならそれでいいか。わたしの中で、冬木市の平和の象徴が衛宮家の普通通りの生活になりつつあるんだ。ならば、衛宮士郎を守るのは他でもない、冬木市のセカンドオーナーたるこのわたしの役目じゃないか。

「恋は二の次……にできるかな?」

 うがー。今、ちょっとだけ遠坂の家に生まれたことが憎くなった。管理者の立場にいなければ、きっと恋心をいの一番に持ってこられたのに。
 でも、ま、いいか。こうやって、疑似的にだけど桜とまた家族になれたんだし。ええい、頑張るぞー!

「……凛、お腹が空きました」
「リン、先ほどから1人で何を呟いていらっしゃるのですか?」

 があー! セイバー、ライダー、見てたならもっと早く声を掛けてよねーっ!!


 冬木市の平和を守る為、アンリ=マユの野望を砕く為。
 聖杯戦士☆マジカルリンリン、今ここに見参!


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