マジカルリンリン5
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすために立ち上がった。
 マジカルセイバー・マジカルキャスター・マジカルライダー、
 そしてマジカルチェリーとなった間桐桜を加え、彼女たちはアンリ=マユとの戦いに挑む!
  - interlude -


 覚えているのは、赤く染まった空と黒い太陽。
 周囲には焼け焦げた瓦礫と、多分ほんの少し前まで生きていたモノ。
 息をしようと吸い込んだ空気はどろどろに汚れていて、
 立っている力もなくなって仰向けに倒れた。

「大丈夫かい? 生きてるかい?」

 不意に、視界が暗くなった。
 上から見下ろしている目はどこか悲しそうで、辛そうで。

「ああ、良かった。生きてて、くれた」

 でも。
 その頭にくっついた銀色の犬耳が、うれしそうにぴこぴこ動いていたなぁ。


第5話
―10年前の記憶……再戦、ランサー―



「――あ」

 ふっとまぶたを開けると、見慣れた天井が視界に広がった。枕元の時計を手にとって時間を確かめる……5時。ああ、そろそろ起きよう。
 久しぶりに親父の夢を見た。あれは10年前の、大災害の記憶。『俺』という人間はそこから始まっている、と言っても過言ではない。何しろ幼かった俺にはよほど衝撃だったんだろう、それ以前の記憶がほとんど吹き飛んでしまっているのだから。

「いや、そりゃいいんだけど。でもさぁ」

 ふつーはドシリアスな展開だろうさ、逃げ遅れて死にかけた子供を助ける大人ってのは。何でそこに犬耳が入ってくるのやら。後で聞いたら、ちゃんと尻尾もあったらしいし……俺を助けた時、視界の端にぱたぱた振られる何かが見えたのは気のせいじゃなかったんだな。はぁ。
 で、何で今頃親父の夢を見たのか。理由は昨夜遠坂と桜から聞かされた話に違いない。

 間桐桜は、遠坂家から間桐家に養女として貰われた。
 即ち――遠坂凛と間桐桜は、実の姉妹である。

 普通魔術師は、どっかの暗殺拳法の流派と同じく一子相伝って奴だ。兄弟姉妹が存在する場合、跡継ぎとして選ばれた者以外は自分の家が魔術師の家系であることすら知らず、普通の人として育つ、らしい。
 けど、桜の場合はちょっと事情が違った。魔術師ってのは、自分自身の属性ってものがあるんだが、遠坂と桜ではその属性がかなり違ってた。それで遠坂の先代……2人の父親は、跡継ぎではない桜にも多少の手ほどきをしたらしい。で、同じ魔術師の家系である間桐は跡継ぎ……つまり慎二が魔術師としては決定的な欠陥があったため、桜を後継者として養子に迎え入れたとのことだった。これは、遠坂が父親から聞いて把握している話。だけど――実情は、違ったようだ。
 間桐が桜に求めたものは、跡継ぎを生むための胎盤だったという。そのために、間桐の娘になったばかりの桜を……やめておこう。思い出すだけで気分が悪い。ともかく、そうして桜は間桐の家に無理やりなじまされた。髪の色も、目の色もそのせいで変わってしまったのだと。

「……そう」

 一通りの話を聞いて、遠坂は目を逸らしもせずに一言呟いただけだった。けど、膝の上に置かれぎりぎりと握り締められた両手が、彼女の心中を映し出している。魔術師としては、後継者の身体を弄ることに異論はない。自分も遠坂の後継者として、歴代の当主が受け継いできた魔術刻印を左の腕に刻んだのだから。だが、桜の姉としての心が、妹に施された術を看過することを許さなかったんだろう。

「……わたし、桜は間桐の家で幸せに暮らしてるんだと思ってた」

 吐き出すように遠坂が呟いた言葉を覚えている。高台の一番上にある遠坂の家とその少し下にある間桐の家――あんなに近くにいたのに、違う魔術師の家系だからとろくに会うことすらかなわなかった。

「……わたしも、遠坂先輩は遠坂の家で何不自由なく暮らしているんだと思っていました」

 桜が、伏し目がちに姉を見ながら呟いた言葉も覚えている。桜が養子に出た翌年、遠坂の父親は聖杯戦士として戦いに出、戻ってこなかった。それから遠坂は、人が近づくことすらほとんどない大きな洋館でたった1人で暮らしていたのだ。兄弟子とかいうあの神父の後見も、必要最小限でしかなかったのだそうだ。

「……起きよう」

 ああ、駄目だ駄目だ。寝っ転がったままだとどんどん思考がネガティブな方向に進んでしまう。早く起きて、朝食の準備をしないと。


  - interlude out -


 本日の目覚めは午前5時。いや、自分にしてはめちゃくちゃ早起きだと思った。というか、ろくに眠れもしなかったって言う方が正しいのだけど。
 桜から間桐の家の話を聞いて、わたしは桜の境遇を初めて知った。それで、中学生の時の桜はあんなに笑わない子だったんだ。笑える訳、ないよね。
 その桜が笑うようになったのは……多分、士郎と出会ってからだったと思う。自分の主張を何も口にせず、顔を伏せてばかりだった桜が前を向くようになり、士郎の前でだけだけど微笑むようになり……うん、やっぱ士郎のおかげだ。もう力いっぱい感謝しなくちゃ。まずは、せっかく早起きしたんだし牛乳飲んで気合を入れよう。うん。

「…………〜〜〜ぎゅーにゅー…………」

 ……客観的に見たら凄い情景らしいな。冷蔵庫から牛乳を出してくれた誰かの手から、並々と白い液体が注がれたコップを半ば奪い取る形で一気飲みするわたしの図というのは。うー、でもこの一杯がたまんないのよねぇ、ってわたしゃビアガーデンの客か。

「うー、あー目が覚めたー」

 で、そこで目の前に誰かがいることに気づいた。いや、牛乳出してくれた人がいるんだから他人がいるのは分かってたはずなんだけど。駄目だー、やっぱり朝は頭が働かない。

「だ、大丈夫ですか?」

 あ、桜だったのね。えらい顔見せてごめん、わたしはいつもこうなのよ。でも、牛乳飲んだからもう起きた。うん、起きたなら朝の挨拶だ。

「んー、だいじょーぶよ……目が覚めた。おはよう、桜」
「あ、あの……お、おはようございます………………姉さん」

 ――はい?

「さ、桜。今何て?」
「ひゃっ! ご、ごめんなさい!」

 あ、桜ってば頭抱えて縮こまった。ごめん、寝起きの顔だから怒ってるように思われたのかもしれないけど。わたし怒ってないわよ、桜……ううん、むしろ嬉しい。

「わたしは怒ってないから。いいから桜、もう1回言って?」
「え? あ、は、はい……ね、姉さん」

 ……う、嬉しい。こんな日がくるなんて、思っても見なかった。ほんとの妹に、姉さんって呼んで貰えるなんて! うう、思わずぎゅー!

「……あ、あの、姉さん?」

 あ……わたし、うっかり桜を抱きしめていた。だって、だって、嬉しかったんだもん。姉と妹として接するどころか、先輩後輩としての接触すらろくにできなかったのに、同じ屋根の下に暮らして、おまけに『姉さん』だって。わたしは嬉しくてしょうがなくって、腕の中の桜をいい子いい子した。うわー、わたしシスコンだったんだぁ。

「おはよう――と、遠坂、どうしたんだ?」
「へ?」
「あ、先輩。お、おはようございますっ」

 こらー士郎! いきなり声をかけるんじゃなーい! 姉妹のスキンシップを邪魔するなー!!

「な、何よ! ちょっと嬉しいことがあったんだからいいじゃない!」

 慌てて桜を放し、があーと照れ隠しに喚いてやった。士郎は目を白黒させながら、わたしと桜を交互に見ている。……あ、そうか、士郎は何があったか分かってないんだ。

「桜、わたしのこと呼んでみて」
「あ、はい、姉さん」

 わたしの求めに応じて、桜がわたしを呼ぶ。その呼び方に気が付いて、士郎の目が見開かれた。おお、びっくりしているな、衛宮士郎。

「桜……遠坂のこと、姉さんって……」
「あ、あの、衛宮先輩と遠坂先輩と、『先輩』が2人いたらややこしいですしっ! そ、それに本当に、血はつながってますしっ……」

 桜の釈明じみた言い訳(一緒よね、これじゃあ)を聞いていたのかいないのか、士郎はふにゃっと人懐こい笑顔になって、「良かったな、桜」と一言だけ言った。効果はテキメン、桜の色白の頬がぶわっと赤くなる。

「………………はい」

 うん。桜、いい笑顔。この笑顔をくれた士郎にはどれだけの礼をすればいいのか、わたしには分からない。差し当たってはアンリ=マユからの保護と、それから魔術教室ね。任せなさい、わたしが何とかしてあげるから。
 朝食を食べてしばらくしたら、キャスターが衛宮の家にやってきた。慎二の侵入を防げなかったことを教訓に、この家の守りを強固にすることにしたのだ。魔術師には、自らの工房を構築する技術がある。それを応用して、わたしたちは自分たちと士郎を守る魔術要塞を造り上げる。ええ士郎を守るのよ、文句あるかしら?

「前にお邪魔させていただいた時も感じたのだけれど、ここの結界は暖かみがあるわ。外に向け開かれ、内にありては安らぎをもたらす。術を施した魔術師はさぞや懐の広いひとだったのでしょうね」

 手早く基点を構築しながら、清々しい笑顔でキャスターが言う。士郎はホントに嬉しそうな笑顔を見せて、「ありがとう」と答えた。自分の父親を誉められて嬉しかったのね。
 ――遠坂の家や間桐の家は外に対しての警戒が厳しい。これは魔術の秘密やら何やら、いろいろ世間様や他所の魔術師から隠さなきゃならないものがあるからで。
 だって言うのに、士郎の家は敵意を持つ相手の侵入警報を発するだけのもの。そりゃ洋風建築と和風建築とで建物の造りは違うけど、それ以上に何ていうのかな……この家は来る者は拒まず、去る者は追わず。でも良ければ帰ってきてね、って感じがするのだ。

「そうなのか? 俺は、これが普通で育ったからなぁ」

 士郎にそう言うと、このボンクラは丸い目をもっと丸くして首を傾げた。あんたはホントに恵まれてるというか、変わった環境で育ったというか。
 ……羨ましい。ああ、わたし結構羨ましい相手いるんだなぁ。
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