マジカルリンリン5
  - interlude -


 キャスターも加わっての賑やかな昼食が終わった後、俺たちは全員で新都に出ることにした。藤ねえが例の鮮血神殿のダメージで……ダメージ食ってたってのが微妙に信じられないけど……入院中なんだ。で、ついでに怪しい箇所の偵察もやっておこうと言う訳で。
 ……いや、要は気分転換なんだけどな。それに、多分家に籠もっていても外出していても現在の危険性は変わらないわけだし。キャスターの造ってくれた結界、完成まで少し時間が掛かるそうだし。
 俺の家は遠坂の家や柳洞寺と違って、メインのパワースポットを抑えている訳じゃない。一応地脈の流れをくみ取れる場所なんだそうだけど、それでも守護の為に魔術師が構築する結界を構成するには少しマナを溜め込む必要があるらしい。

「安心してくれていいわ。この家のあり方そのものが一種のパワースポットを形成しているから、地脈からの魔力をくみ出すのは楽よ」

 そうキャスターが言ってくれたのがちょっと嬉しかった。うちのあり方を誉められたから……俺の親父のあり方を肯定されたようで。
 病院に到着。看護士さんに部屋を聞き、言われた方にぞろぞろと歩いて行く。うう、何だろうこの視線は……別に俺のハーレムってわけじゃないんだぞ〜。

「……おやまぁ、大人数だね」

 廊下でそう言われ、俺はふと立ち止まった。その言葉を発したのは……日本語の発音が綺麗だったんで予想してなかったんだけど、外国の人みたいだ。赤っぽい色の短い髪と透き通るような肌が綺麗で、泣きぼくろが印象的な女の人。よく見たら、パジャマの左の袖には途中から中身が入っていない。事故かな。

「ええ、まあ」
「君の恋人たち、ってわけでもなさそうだね。早い目に、誰かに決めといた方がいいよ。ハーレムってのは全員に平等な扱いをしないと崩壊するからね」
「ち、違いますっ!」

 多分真っ赤になってるんだろう、俺の顔を見てあははと笑う彼女はちょっと男友達っぽくって、何だか話し易そうな感じだ。……でさぁ遠坂、肘をつねるのはやめてくれよ。痛いんだぞ。

「さ、行きましょう衛宮くん。藤村先生が待ってるわ」

 人殺せそうな視線が怖いです、遠坂さん。その隣の桜さん、前髪で顔を隠しつつくすくすゴーゴーとかぶつぶつ呟くのは勘弁してください。
 衛宮、っていう俺の名字を聞いての反応か、女の人がほう、と目を見開いた。その反応が気になったのだけど、遠坂と桜が俺の背中をぐいぐい押してどんどん進まされた。……セイバー、ライダー、何だその白い目は。キャスター、わたしは何でも知っていますよって感じの笑顔はやめてくれー。

『藤村大河様』

 あ、ここだここだ、名札で確認。病室の中に入ると、冬木の虎は窓際のベッドの上でお菓子をもりもり食いながら事務作業の真っ最中であった。一応ちゃんと教師をやれているだけのことはある、うん。で、俺の顔を見るなりがおーと吼えた。

「あー、士郎〜! 早くお家に帰って士郎のご飯が食べたいよ〜!」
「えーいおとなしくしてろこの虎! どうせ入院っつっても2・3日だろうが!」

 ほんとに元気だな藤村大河! ベッドの上でばたばた駄々をこねている様子見てると、ここは病院じゃなくって動物園だったかと勘違いしそうになるよ。まったく。
 と、俺の後ろについてきていた遠坂と桜が並んで進み出た。各自お見舞いの……ふつーは果物なのだろうが、コンビニで買ったお菓子を差し出しながらご挨拶。藤ねえ、餌付けされてるぞ。

「お元気そうで何よりです、藤村先生」
「ど、どうも……先生、大丈夫だったんですか?」
「あ、遠坂さんに間桐さん。うん、極度の疲労と貧血だけだから、明日には帰れそうだよ。来てくれてありがとうね」

 あの時、もう少し早く結界を解除できていたら、藤ねえは入院しなくて済んだんだろうか。生徒の中には皮膚が溶けたり何だりで、もう少し入院や療養が長引きそうな人もいるという。
 ――俺に、もう少し力があれば。ライダーが操られているのだと、もう少し早く分かっていれば。
 赤い地獄を、再現せずに済んだのだろうか。

「それで、セイバーちゃんは知ってるけど他の人はお友達?」

 くるりとメンバーを見回して、藤ねえが俺に尋ねてきた。他の人、ってのはこの場合ライダーとキャスターのことか。そう言えば初対面だったっけな。

「ああ。えと、こちらのライダーは桜の知り合い。キャスター、さんは……葛木先生の恋人って言うか、婚約してたっけ?」
「サクラとは親しくさせていただいております、ライダーです」
「ええ、宗一郎様とは許婚の間柄、ということになります。キャスターと申します、どうぞよろしく」

 俺の紹介に引き続いて、2人とも自分で名乗ってくれた。キャスターの名前を聞いたとたん、藤ねえはがばっと身を乗り出してきた。じーっと他人を見つめるのは礼儀正しくないって、俺に教えたのはあんただろ。

「へー、葛木先生の婚約者〜。どおりで最近、葛木先生のお弁当が彩りよくなったんだ」
「人の弁当覗き込んでるのかよ、あんたは!」

 思わず裏拳ツッコミ。自分でも決まった、と思うほどのスピードで繰り出されたそれを、藤ねえの手のひらがぱしんと良い音を立てて止めた。ちくしょう、まだまだか……って何がさ。

「だって、職員室のみんなの噂だもん。士郎がわたしに作ってくれるお弁当も美味しそうだけど、葛木先生のも負けてないなぁって。そっかぁ、あなたが作ってたんだ」
「え……は、はい。そう言ってもらえると、作った甲斐があります」

 藤ねえは裏表がない。その彼女の素直な称賛に、キャスターは顔を赤く染めて俯いた。へー、そんな表情するとふだんの大人っぽさよりも可愛らしさが表に出てくるんだな。女の人って、いろんな顔があってすごい……ま、藤ねえでも教師の顔と姉の顔と虎の顔がある訳だし……あまり変わらないか。
 ひとしきりキャスターとの会話が終わったところで、藤ねえはライダーの顔を見上げた。何かすっごく嬉しそうな顔をして、少し姿勢を正す。

「んで、ライダーさん。間桐さんと仲が良いんだ」
「はい」
「ん、よかった。彼女、学校でもおとなしくてあまりお友達とかいないみたいだったから……これからも仲良くしてあげてね?」
「はい、それはもう。サクラはわたしの無二の友人ですから」

 さすが藤ねえ、吼えても教師。受け持ってる部活の所属である桜のことは、学校でもちゃんと見てくれてるんだよな。これでHRに遅刻して突っ込んできたり、授業中に吼えたりしなきゃ結構理想的な教師なんだけども。


  - interlude out -


 病院を出た後、みんなでお茶してからパトロールがてらウィンドウショッピングに勤しんだ。キャスターがいわゆるゴスロリ系好きだったり、ライダーが名前のせいだろうかバイクとかに興味があったり、士郎がUFOキャッチャーでゲットしたライオンのぬいぐるみをセイバーが大事そうに抱きしめたり、といろんな事があった。桜は、キャスターほどじゃないけど可愛い服をチェックしていたな。今度何か買ってやろうかな、姉からのプレゼントとして。いや、遠坂の財政は厳しいんだけど、それでもね。
 で、到着したのは冬木中央公園。公園、って名前は付いてるしそれなりにベンチとかも設置してあるんだけど、こんな所に遊びに来る物好きはそうそういない、死んだ空間。10年前に大火災が起きて、それまでこの辺にあった家やら何やらは綺麗さっぱり燃え尽きた。死者の数はすごいことになったらしい……そのうちの1人がうちの父さん。で、生き残った数少ない1人が士郎、ということになる。

 そう、ここは10年前、聖杯が出現した地。ここで何があったのか、何が起こったのかなんて、この場にいた士郎でも分からないだろう。だけど、そのせいでこの地は死んだ。今では公園という名の下に、人が住まうことも動物が住まうこともなく、ただ無彩色の空間が広がっているだけ。おかしいな、一応草は生えてるんだけど。どうして緑色がないんだろう。
 何でそんな所にわたしたちが来たのかと言うと……ここは冬木市第4のパワースポットだったから。うち、綺礼の教会、柳洞寺、そしてここ。冬木市には4つのパワースポットがあり、そこに地脈を流れるマナの力が溜まる。で、その力を受けて……っていうか、役目から考えるとその力を受ける為に聖杯が出現する。前回それが現れたここを調べれば、少しは聖杯について分かるかなー、と思った訳なんだけど。

「――」

 士郎の顔を見たら、そんな気なくなっちゃった。
 じいっと生気のない広っぱを見つめるあいつの横顔は、何にも感情がない。少しは悲しげな顔してたらまだその理由を調べる為だーなんて言って調査に入れるんだろうけど、ほんとに人形みたいに、感情がすとんと抜け落ちた顔って言うのは――怖い。近寄れない。

「……シロウ」

 唾を飲み込んでから、セイバーが意を決したように名を呼んだ。と、それに引かれるように士郎が振り返る。ああよかった、ちゃんとビックリしてるわ。

「あ、何? セイバー」
「いえ。シロウがぼんやりと突っ立っているものですから……」

 あれ? セイバーも何か変だな……あ、そうか。この場にいたというのなら、セイバーも該当するんだ。……あなた、何か知っているの?

「――セイバー」
「はい、何でしょうか凛」

 わたしが咳払いをして彼女を呼ぶと、セイバーはきちんと身体ごとこちらを振り向いた。ぴしっと直立しているその姿は、さっきの士郎とは違う意味で人形みたいだ。ほんとに人形なら持って帰る。
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