マジカルリンリン5
「10年前。ここで何があったのか、セイバーが知っている限りで教えてちょうだい。何で出現した聖杯は誰の手にも渡らなかったのか、そして何故この地は火の海になったのか」

 びくり、と士郎が震えたのが分かる。でも、これは聞いておかなくちゃならない。例え士郎を守るように桜がその腕にぎむっとしがみついても……ってこら、その肉まんを士郎の腕に押し当てるのはやめんか。どうせわたしはナイチチよラザニアよ。

「10年前……って、確かここ、大火事になったんですよね」

 その桜が、口元に指を当てながら思い出すように尋ねてきた。その頃にはもう桜は間桐の娘になっていて、あまり外に出ることもなかったようだから、こんなに近くの出来事でも他人事に感じてしまうのかも知れない。

「ええ。……桜、多分わたしたちの父さんはこの火にまかれて死んだ。そうよね、セイバー?」

 わたしも、あくまで他人事のように口にする。言葉の最後で発した問いに、セイバーは「はい」と小さく俯いて答えてくれた。そっか、父さん、最終局面まではちゃんと生きていたんだ。

「わたしとマジカルガンナーことキリツグ、そしてマジカルメイガスこと遠坂の先代当主はここで、発動を始めていた聖杯を奪おうとした男たちと戦いました。ですが――聖杯は完全に発動することはなかった」

 とりあえず、あの父親に似合いそうにないコードネームは聞かなかったことにしよう。つーかマジカルでメイガスってなんやねん、と似合わない関西弁でツッコミ。
 セイバーは、ここで言葉を一旦切って顔を伏せた。何だろう……話の続きは聞いちゃいけないような、でも聞かなきゃいけないような気がする。ええい、しない後悔よりして後悔だ。みんなに視線をやると、全員……士郎も込みで頷いた。よしゴー。

「いいわ。続けて、セイバー」
「はい。……キリツグが、わたしに強制力のある言霊をもって命じたのです。聖杯を破壊せよ、と」

 ――な。

「親父が、破壊しろって……?」

 士郎のかすれた声が聞こえた。それでわたしは、一瞬の空白状態から復帰する。セイバーが嘘をつく子だとは全く思わない。だけど、衛宮切嗣のその行為は、聖杯戦士として裏切りじゃないのか。

「はい」

 あいつの呟きを質問と取ったのだろう、セイバーはもう一度頷いた。そして、士郎に視線を固定して言葉を続ける。

「キリツグの言霊により、わたしは自らの剣をもって聖杯を破壊しました。その後の記憶は朧なのですが……中からあふれ出たものは、純粋なマナでなかったような感じがした。その感覚は覚えています」
「それはおかしいわね。聖杯とは地脈からあふれ出たマナを受ける器、故にそれを満たすものは純粋な、無色のマナであるはずよ」

 キャスターの言葉に、わたしとライダーは顔を見合わせて頷き合う。彼女の言うとおりなのだから……では、前回発動しかけたという聖杯の中に溜まっていたのは何なんだろう?

「……封印される前の最後の記憶は、衛宮邸の土蔵の中です。封じられつつあるわたしを前に、キリツグは言いました。『君が目覚める時は、アヴァロンが必要とされる時だ。君なら見つけ出せるところに隠しておいたから、見つけてやってくれ』と」

 そう言う間も、セイバーの視線は士郎に固定されたままだった。士郎も視線をセイバーに向けたままで……わたしたちも、しばらく動けなかった。だって、セイバーが口にした言葉は、彼女とわたしたち今代の聖杯戦士への、先代の遺言なんだから。

 不意に、セイバーが空を仰いだ。次の瞬間、鋭い声が飛ぶ。

「シロウ、後ろです!」
「な……っ!」

 警告とほぼ同時に士郎が振り返る。その手に握られた白と黒の短剣が、突き出された赤い槍をガキンと受け止めた。……げ、赤い槍って。

「よしよし、この程度で殺っちゃつまらないからな。よ、久しぶり」

 ひらりと空を飛び、離れたところに着地したのは青い槍の騎士。やっぱりあんたか、コマンダー・ランサー……という名前より先に、ついうっかり口をついて出たのは別の名前だった。

「出たわね、怪人変態青タイツ!」
「青タイツ言うなっ!」

 うん、打てば返ってくる反応、実にありがたい。って、わたしは芸人じゃない! とか内心でセルフツッコミしてる間に、ランサーの視線は桜の前に立ったライダー、そして士郎の横に立ったキャスターに向けられていた。殺気のこもった視線は、彼がただのおちゃらけタイツ魔人じゃないことを示している。

「よぅ、キャスターにライダー。裏切り者が2人揃って坊主のお守りか?」
「裏切ったのではありません。私たちは、あるべき姿に戻っただけ」
「そう。私たちはそもそも、聖杯を守るべき戦士……凛!」

 キャスターがわたしを呼ぶ。既にセイバーは身構え、桜は胸元で手をギュッと握り締めながらも視線はランサーから外さない。……そうね、わたしたちがやらなければならないことは、ひとつだけ。とはいうものの、やっぱり男が2人もいるところで公開ストリップなんてのは勘弁してほしい。そんな訳で、ここはひとつ特殊効果に頼ってみることにする。

「キャスター、一瞬だけ発光して」
「承知しました。では、合図を」
「おっけい。士郎は目を閉じてなさい」

 肩越しにそう言うと、士郎はわたしの言いたいことに気づいたらしく「分かった」と頷いてまぶたを閉じた。ま、閉じたまんまなんて保証はないけど、士郎ならいいか。桜は見せてる訳だし……張り合うなよ、自分。

「それじゃあ……3、2、1、0!」
「――!」

 わたしのカウントに合わせて、キャスターの手が光って……いや唸らないけど、ともかく強い光がカーテン代わりにほとばしる。で、その眩しさにランサーが目を閉じた瞬間を狙い、わたしたちはコマンドを唱えた。

『――Anfang!』

「……て、てめーら、オイシイところ隠すんじゃねー!」

 何やらランサーが、目をしばたたかせながらわめいてる。そんなもん知るか、こっちはボランティアでストリップやってる訳じゃない。ついでに言うと、金積まれたって脱ぐもんか……多分。
 で、光が薄れていくのと同時に問答無用の決めポーズを決めてしまっているわたしたち。並び順はわたしを中心に、右手にセイバー、その向こうにキャスター。左手にライダー、その隣が桜。並び方までギアスかひょっとして?

「マジカルセイバー!」

 見えない剣を中段に構えたセイバー。

「マジカルキャスター!」

 膝をつき、ローブをマントのように翻すキャスター。

「マジカルライダー!」

 しっかりと大地を踏みしめ、鎖の付いたダガーをぐっと構えるライダー。

「マジカルチェリー!」

 ちょっと内股で立ち、可愛いポーズの桜……ってこら、ぶってるんじゃない。

「マジカルリンリン!」

 そしてわたしは……うう、わたしが一番ぶってるポーズよ。片足をひょいと曲げて反対側の手を横に、でウィンク。毎回毎回、ものすごーく恥ずかしいんですけどー?

『冬木の平和を守る為! 邪悪の野望を砕く為! 我ら聖杯戦士、ここに見参!』

 どごーん!
 おお、5人だとこうなるのかって、今背後で起きた爆発は何よ? お子様向け特撮ヒーロー物の名乗りでよくある特殊効果って奴? む、無駄な魔力を注ぎ込みおってからに、製作者ー!

「は、カッコだけはいっちょ前だな」

 ぱちぱちぱち、とランサーの拍手が響く。うー、見世物じゃないのよと睨みつけてやったけど、さらっとかわされた。ええい、こいつ相手は疲れる。

「……そんじゃ、本来の姿とやらの実力がどれほどのもんか見せてもらうぜ。出やがれ、影ども!」

 叫ぶと共に、ランサーが手に持っていた赤い槍の柄頭を大地に叩きつけた。と、生気のない荒れ地のそこかしこから、ぐにぐにと黒い影たちが盛り上がってくる。……何、こいつら? 発している魔力が、これまでよりも多い……!

「士郎、下がってて。こいつら、今までの影とは違う!」

 わたしたちと違って、士郎には聖杯戦士としての力はない。男は犬耳だってセイバーが言ってたから、柴犬あたり似合いそうなんだけど、って違うでしょわたし!

「わ、分かった」
「キャスターも下がって。士郎、キャスターの護衛お願いね」
「ああ、それなら任せろ」
「分かりました、リンリン」

 2人はわたしの指示に従ってくれた。直接の戦闘能力が低いキャスターにそばにいて貰い、魔力で士郎を守って貰う。士郎には投影魔術があるから、それでキャスターとわたしたちの背後を守って貰う。ほら、ばっちり。

「よし、じゃあ行くわよ。桜、できるわね?」
「は、はい! 頑張ります!」

 聖杯戦士としてどころか魔術師としての経験にも乏しい桜だけど、むんとガッツポーズを取ってみせてくれた。よし、大丈夫。それじゃあ、アタック!
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