マジカルリンリン5
「参ります!」
「来な、まずは影共が相手だ!」

 先頭切って突っ込んだのはやっぱり、というかセイバー。ランサー狙いの彼女を、周囲に生えた影が取り囲む。

「邪魔です、どきなさい!」

 不可視の剣が一閃、その影をまとめて上下に真っ二つにする。だけど、次から次へと影は生えてくる。生える、でいいよね。地面からにょきっと伸びてくるんだから。

「っ! はぁっ!」

 ライダーも前衛に立ってダガーを振るっていた。こちらは影を縦に切り裂きながら、生えてこようとする影を踏み付けまくっている。

「!」

 わたしも負けちゃいられない。アゾット剣の刃に魔力を込め、ガンドと併用して影を潰していく……ってーか、素直に数減ってよ、お願い。

「マリエルちゃん! フィオナちゃん、お願いします!」

 あ、桜が一番効率いいかもしれない。さすがに、影が生えるスピードより蟲たちがむしゃむしゃ食べる方が早いのだ。しっかし、昨日の奴といい、何でみんな女名前なんだか。

「――!」
「この、近づくな! くっ!」

 キャスターと士郎は、お互いがお互いを守り合って戦ってる。ばっちりいいコンビみたいだ……うん、組ませたわたし、偉い。

「く――遠坂、左!」
「え? ひゃっ!」

 士郎の声に、無意識に手が動いた。突き出したアゾットの刃先に影の……人で言うと頭の部分がぶっすり刺さってる。うわぁウルメイワシ。

「桜、蟲の片方をライダーの護衛に回すんだ! 押されてる!」
「あ、はいっ! フィオナちゃん、ライダーを守って!」

 続いて士郎の指示が飛ぶ。桜がその指示に応じて、足元の蟲たちの一部を前方へと回す。……ほんとだ、ライダーに影がやたらよってたかってる。彼女はアンリ=マユにいたことがあるから、ある程度の能力は知られてるんだな。

「ライダーは下がって、遠坂と連携してくれ! セイバー、前は頼むぞ!」
「承知しました!」
「お任せを!」
「キャスターは……さっきの光る奴、指向性を持たせて出来るか?」
「なるほど、影を狙うのですね。行きます!」

 士郎がてきぱきと指示を送り、それにみんなが従う。嘘みたい、拮抗状態だったのが少しずつ押してきてる。

「遠坂、セイバーの背後遠目にガンド!」
「おっけー!」

 かく言うわたしだって、士郎の指示を受けて動いてる。それが一番効率がいい、って感じたから。そしてその通り……キャスターの発光とそこへの追い打ちが、どんどん影の数を減らしていってる。
 ――士郎が使える魔術は、数少ない。投影、強化、そして士郎特有の投影には欠かせない解析。解析するだけなら、機械や建造物なんかでも出来るのだという。
 解析とは即ち、そのものの構造を理解し、弱点とその解消法を探り出すこと。それは無機物に限ったことではなく……そう、今わたしたちを動かしているのは、士郎の『戦況を解析する能力』。

 そうか。
 士郎は、わたしたちの要だったんだ。

「ほう、ただの魔術師かと思っていたら司令塔だったとはな」

 楽しそうな声がした。今まで影に戦闘を任せ、自分は高みの見物としゃれ込んでいたランサーだった。手に持った赤い槍をひゅんと1つ振り回すと、そばにいた影が逃げきれずに切り裂かれ、消える。

「ならば……全員まとめて潰すまで!」

 軽装の槍兵が、大地を蹴る。ふわりと身軽に飛んだ奴の全身の筋肉が、ぐぐっと盛り上がる……うげ、まずいかも!?

「キャスター、防御魔術を!」

 士郎も感じたのだろう、即座に声が飛んだ。とほぼ同時に、わたしたちを包み込むような真珠の膜がふわっと浮かび上がる。キャスター、さすがね。

「突き穿つ――死翔の槍!!」

 うわ、防御壁の上から攻撃してきたっ! キャスターの張った膜がその衝撃で歪み、ひしゃげる。

「う、く……!」

 キャスターが衝撃に顔をしかめた。だけど、なおも防御盾に魔力を流し込み、必死の形相だ。わたしたちは万が一に備え、一カ所に固まる。中心に士郎を守る形に。

「おぉおおお――!!」

 なおも続くランサーの攻撃に、膜は歪んで、伸びて、ひびが入る。頑張って、耐えて、わたしたちは何とかなるけど、士郎は――!

「くっ……壊れます!」

 必死で耐えていたキャスターが、苦しそうに告げてきた。次の瞬間、ぱりーんと薄いガラスが割れるような音がして、真珠の膜が消滅した。ランサーの攻撃は……

「これで、しまいだっ!!」

 最後の一撃が、まっすぐにわたしたち……いや、中心の士郎を目がけて突き進んできた。ええい、こうなりゃ盾でも何でもやってやる! こちとら聖杯戦士だ、士郎より耐性はあるわよっ!

「遠坂!」

 って、何でそこであんたがわたしを突き飛ばすかなーっ! わたしはあんたの盾に……って、あれ?
 わたしの背後から、ごうっと強風が吹き荒れる。そのまっただ中をまっすぐに向かってくるランサーと、セイバーが相対している。その手には……金色の剣。それが、あなたの剣の、本当の姿?

「――約束された――勝利の剣!!」

 凛とした声が、風にも負けないで響き渡る。刃から太陽にも負けない光がほとばしり……ランサーを射抜く為に突き進む!

「ちぃっ!!」

 避けるな――――!! って、消えた……?

「悪いな、うちの上司の水入りだ!」

 声はすれども姿は見えず、ほんにアンタは屁のような……って、逃げたー! ちくしょう、今日こそはあのにやついた顔とおさらばだと思ったのにーっ!

『そうか。衛宮士郎が君たちに指示を……』

 士郎の家に戻ってから、わたしはアーチャーに連絡を取ってみた。いや、慎二に端末取られっぱなしだから。慎二の持ってる奴は使えないようにして、予備を引っ張り出してきて追加注文したんだけど……そのついでに士郎がわたしたちの要だってことも話すと、通信機の向こうで何だか感心するようなため息が聞こえた。

「うん、びっくりしたわ。士郎って、ああいう才能あったのね」
『奴を司令塔に据えておけば、少なくとも1人で吶喊して叩きのめされる危険は減るからな。その点でも有効だろう』
「あ、何よその言い方」
『私は事実を述べているだけだが?』

 あー、こいつとの会話って何かムカツク時もあるけど楽しい。言えば返ってくる、言葉のキャッチボール……アーチャーって言葉数は少ないけど、答えて欲しいことはちゃんと答えてくれるから。

「まぁ、確かにそうなんだけど。で、いつ頃出来そう?」
『明日の夕方にはお届けに上がろう。ついでに何か差し入れもいるかね?』
「あ、じゃああんたの紅茶お願い。士郎は緑茶メインだから」
『ふ、任せておけ。では明日な』
「あ、待って。もう1つあるの」

 ランサーとの戦闘で忘れかけていたことを思い出した。藤村先生を見舞いに行った病院で出逢った、片腕のない彼女のことを。容姿を伝えて、それからこう言った。

「多分、魔術協会から派遣された魔術師だと思うんだ。調べてくれるかな」
『ほう、面白そうだな。やってみよう』
「お願いね。それじゃ」
『分かった。お休み』
「お休みなさい」

 これで良し、っと。さ、そろそろ夕食の準備だ。今日はわたしが腕を振るうぞ、とびっきりの中華料理を士郎と桜に食べさせてやる。わたしたちの司令塔と、わたしの可愛い妹に。そしてライダーとキャスター……わたしの大事な仲間たちに。

「……ととと、麻婆豆腐は普通に作らないとね。綺礼仕様で作ったりしたら食卓が地獄だ」

 あのまっかっかーな麻婆地獄を思い出して、一瞬ぞっとした。誰が食うか――!


 冬木市の平和を守る為、アンリ=マユの野望を砕く為。
 聖杯戦士☆マジカルリンリン、今ここに見参!


  - interlude -


 ふむ。
 可愛い孫娘は衛宮の小伜の元に留まったか。
 まあ良い。聖なる鞘は如何な術を以て隠匿されたのか知らぬが、衛宮の元にあるは確実。
 我がマキリの血を継ぐ最後の後継者は力もなく、回路も持たぬ。
 儂の依り代としては不適格。故に手駒。

 儂が求むるは聖杯。
 聖杯を導く秘宝は衛宮の手の内。
 ならば、今しばらく胎盤を泳がせておくもよかろう。
 我が望みを叶うるべく、踊れ踊れ我が手の内で。

 ――手駒は何処?
 何、再びの復讐に向かったとな?
 愚か者よ。その愚かさ故に手駒たるものを。
 例え金の弓を手にしたとて、その力を使いこなせるはずもないものを。

 良い。捨て置け。
 愚者の舞踏、我が長き生の暫しの慰みとし、ゆるりと見物させて貰おうぞ。


  - interlude out -
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