マジカルリンリン16
『我が名はセイバー……暗黒の騎士、ブラックセイバー。マジカルライダー、マジカルキャスター。あなた方にはここで、我らが神降臨の贄となって頂きましょう』

 名乗りまでもセイバーとよく似た口上のブラックセイバー。彼女は黒い剣をゆっくりと、音もなく構えた。1人で私たち2人を相手にする気だ……しかし、それでもこちらが不利であろう。ここは既にアンリ=マユの勢力下、彼女がセイバーの写しであるならば必殺技としてエクスカリバーを持っているだろう。あの技に、私は対抗し得るかと問われたら……答えはNOだ。キャスターの助力があれば、何とかなるかも知れないけれど。

「――ここは、力を合わせるしかないですね。とっとと彼女をぶっ飛ばして、褒美に士郎の熱い精を頂きたいものです」
「後半はともかく、同感ね。こんなところで岩に埋もれて、宗一郎様と永遠のお別れなんてそんなくだらない結末にはなりたくないわ」

 ちらりとお互いの顔を見る。それからまっすぐ前を見て、私は覚悟を決めた。ここで使わずしていつ使う、私の秘蔵の技。

「キャスター、私の視界に入らないで下さい。魔眼を使います」
「……分かったわ」

 す、と視界の端から薄紫色のローブが消える。それを確認して私は、魔眼殺しの眼鏡を外した。胸の間にそれを挟み込み、きっと顔を上げてブラックセイバーを見つめる。私のこの目、乳白色に凝固した虹彩と四角い瞳の、人が持てないこの目で。

「さぁ、ブラックセイバー。あなたにはどこまで効くのでしょうね……私の目、石化の魔眼が」


  - interlude out -


「そうだな。お前にとっては、醜いだろうさ。俺の理想は借り物で、自分なんてどこにもない」

 ギルガメッシュの言葉をぶった切るように、士郎が呟いた。わたしの肩から離れ、自分の足でちゃんと立って。ああ、もう傷は治りかけている。彼に宿るアヴァロンが、宿主を守る為に必死で傷を塞いでる。

「全てを救えるなんて理想だし、そんなことが実現できるわけもない」
「シロウ――?」

 士郎の言葉に、セイバーが思わず目を見開く。だって、士郎がギルガメッシュの意見に賛同したとしか聞こえなかった。ちょっとあんた、あいつに説得されてどうするのよ!?

「――だけど」

 ……あ、まだ続きがあるんだ。ちょっとほっとした。金ぴかは、面白く無さそうな顔をしてそれでも、士郎の言葉を待っている。

「1人じゃ遠くても、みんなとなら進んでいける。自分にできることを、せめて自分に見える世界だけでも頑張って救って、それでみんなで進んでいけば、いつか叶えられるかも知れない。だから、俺はみんなと一緒に、正義の味方になる」

 やっぱり、士郎は士郎だった。うん、嬉しい。例えギルガメッシュの言うように士郎の理想が言い訳でも、わたしはまるで構わない。だって、士郎はわたしたちと一緒に進んでくれるって言ったから。1人で勝手に行っちゃったあげく、心削った大馬鹿野郎には絶対にしてやらないんだから。

「……ほぅ。言いたいことはそれだけか、雑種」
「そうだな。お前なんかに何を言っても聞かないだろ」

 つまらなそうな顔をしたギルガメッシュの言葉にそう応えて、士郎は手に持っていた宝石を1個飲み込んだ。……こんなところでアヴァロン展開? そんな訳ないか。だけど、あれ以外に士郎ができて、宝石の魔力使わないとできない事って、何だろう?

「遠坂、セイバー。少し、時間が欲しい。頼めるか?」

 そして、いきなりそんなことを言ってきた。時間って……だけど、士郎にも考えがあるんだろう。セイバーもそれを分かったのか、大きく頷いて士郎の前に立った。金色の剣を、しっかりと構えて。

「分かりました。どれだけ必要ですか?」
「1分――1分あればいい」
「はい、お任せを」

 1分。テンカウントにしては短い……けれど、呪文の詠唱には長い時間。士郎がそんな呪文持ってるなんて、わたしは知らない。ま、きっと奥の手なのよね。うん、わたしは士郎を信じる。だから、わたしも士郎を守るように、彼の前に足を踏み出した。

「アヴァロンじゃないわよね……何するのか知らないけど、無理はしないでよ?」

 肩越しに、士郎にだけ聞こえるように言ってみた。ちらっとだけ見えた士郎は、自信に満ちた笑顔。うわ、珍しいもの見た。

「分かってる。これは俺ができること……俺にしかできないことだから」
「了解。しょうもないことだったら、ただじゃおかないからね」

 そう言い置いて、わたしは前方に視線を戻す。ギルガメッシュは、既に十数本の剣を背後に浮かせていた。その手にも、他の剣を握っている。アーチャーたちが見たっていう、ドリルな剣じゃないけれど。

「ふん、覚悟はできたようだな。雑種――ならば潔く消えるがいい。偽物を造るその頭蓋、一片たりとも残しはせん。そこをどけ、セイバー!」
「どきません!」

 次々と射出される武器たち。そのことごとくを、セイバーの剣が叩き落としていく。わたしは小粒の宝石をまき散らし、そこからわき出る魔力を制御して防壁を展開する。1分、士郎を守りきる為に。

「Das Juwel wird,bewitchment wird verwendet,die Sperre wird gebildet benutzt.」

 どうせここで最後なんだから、出し惜しみなんてしない。士郎を守る防壁は豪勢に展開してやる。

 ――その時、士郎の呟きがわたしの耳に流れ込んできた。

「そもそもの前提が、間違いだったんだ。俺に許されたたった一つの魔術は……解析でも強化でも、投影でもない」

 そう、ぽつりと呟いて。

「――――I am the bone of my sword.」

 右手を宙に差し出して、左手でその手首を握りしめている。

「Steel is my body,and fire is my blood.」

 防御はわたしたちに頼り切って、安心したように両目を閉じている。

「I have created over a thousand blades.」

 飛び交う剣は、セイバーが全部叩き落とす。

「Unaware of loss.Nor aware of gain.」

 激しい衝撃は、わたしが魔術防壁で食い止める。

「Withstood pain to create weapons」

 宝石に詰め込まれていたわたしの魔力が、士郎の身体を駆けめぐる。

「waiting for one's arrival.」

 断線を起こしていたはずの士郎の魔術回路が、フル回転している。

「I have no regrets.This is the only path.」

 士郎が、自分の心の中からわき出してくる呪文を朗々と詠唱している。

「My whole life was "unlimited blade works"」

 そして、最後の一語を口にしたその時。
 世界が、変わった。


 士郎を取り囲むように、炎の線が走る。炎は壁になり、周囲の世界からここを切り離す。次の瞬間、洞窟の中だった筈の風景ががらりと変化した。
 青っぽく染まった薄暗い天井は、からっとした朝焼けの空に。
 じめじめした空気は、僅かに砂を含んだ乾いた風に。
 明かりがなければ歩くのが危ういくらいぼこぼこでこけの生えた地面は、無数の剣を乱立させた赤い荒野に。

「――な」

 ギルガメッシュが息を飲む。それはセイバーも、もちろんわたしも同じだった。

「固有――結界」

 んなアホな。父さん、わたしの婿予定は、かなりとんでもない男だったようです。いや、もうそんなことはどうでもいいや。これが、士郎の魔術なんだ。

「そうさ。俺の中の世界を具現化するこの魔術だけが、俺の持てる魔術。投影や解析は、そこからこぼれ落ちたただのカケラ」

 ゆっくりと、士郎が足を踏み出す。わたしの横を通った時、その手がアゾットに伸ばされた。

「遠坂。力を貸してくれ」

 投影開始、と小さく呟いた士郎の手が、わたしのアゾットをゆっくりとなぞる。そこから魔力が流れ込み、アゾット剣は……翼を模した鍔のある、きらきらと乱反射する刃のない剣へと変化した。……マジカルステッキ☆ゼルレッチ。って、この名称の☆はどうにかならないのかしら。

「ふん、何を今更。わたしの力くらい、幾らでも貸してあげるわよ。利子付けて返しなさいね」
「ありがとう。セイバーも、力を貸してくれ」
「言われるまでもありません。わたしはシロウの、聖杯戦士の剣であり盾。力となるのは当然です」

 士郎が、わたしたちの返事を聞いてにこっと微笑んだ。うん、とっても良い笑顔。この笑顔を、失くしてなるもんか。

「驚くことはないだろ。ここにある剣は、全て偽物だ。俺が今まで見てきた、様々な剣の写し……お前が使った剣たちもいる」

 堂々と、わたしたちの先頭に、士郎が立った。この赤い荒野は士郎の世界。士郎はこの世界の王だから――堂々と立つのは、当たり前。

「だがな、偽物が本物に敵わない、なんて道理はないんだ。おまえが本物だというなら、そのことごとくを凌駕して……その存在を叩き堕としてみせよう」

 士郎が手を振った。それだけで、大地に刺さっていた剣たちが目を覚ます。私を使え、俺を使えとざわめき始める。ギルガメッシュの背後に展開される、剣たちに対抗する為に。
 そして、まっすぐに金ぴかを見つめて、士郎は言い放った。

「行くぞ、ギルガメッシュ。武器の貯蔵は十分か」
「は……思い上がったな、雑種――!」

 ギルガメッシュが、剣を振りかざしながら突進してくる。同時に、無数の剣たちがわたしたちごと士郎を潰そうとうなりを上げて襲いかかってきた。

「行くわよ、セイバー! 脇はわたしたちで潰す!」
「はい!」

 ゼルレッチを振りかざすわたしと、金の剣を構えたセイバーは無数の剣たちを相手に。
 士郎は、ギルガメッシュを相手に。
 金属同士のぶつかり合う激しい音が、朝焼けの空に響き渡る――。
PREV BACK NEXT