エピローグ
「で、どう? 身体の方は」

 わたしの隣に座らせて、士郎と肩を並べる。うん、どっからどう見ても士郎は士郎だ。

「ああ、何とか上手くやってる。微妙に魔力の通りが悪いかな、って感じだけど」

 そう答えて士郎は笑ってくれた。こいつ、前はこんなに笑う奴だったっけ? まぁ、仏頂面眺めるよりは笑顔見てる方がわたしも楽しいけれど。

「そっか。鞘も上手く働いてくれてるみたいね」
「ああ」

 わたしの言葉に、士郎は自分の胸に手を当てる。そこには、以前と変わらずアヴァロンが収まっている。10年前、士郎の生命を救う為に埋め込まれた鞘は、現在もなお士郎を守る為の鞘として働いてくれている。キャスター曰く『ドクターバンのペンダント』と同じ機能を持ってるらしい鞘は、士郎の身体を誰がどう見ても人間の身体にしか見えないようにしてくれているらしい。いや、わたしも良く分からないんだけど。

「遠坂の方も、何とか片づいたみたいだな」
「うん。もう大丈夫よ」

 お互いの肩が触れ合う。ああ、わたし、幸せだなぁ。一番好きな人と、こうやって肩を並べてお花見できるなんて。

「あ、遠坂。花見弁当、持ってきたんだ。一緒に食べよう」

 はっと顔を上げた士郎が、持っていた包みを両手で突き出してくる。あー、やっぱこの男、こういうところは駄目だわ。少しはムードというものを考えなさい。減点1。

「……ま、いいか」

 でもまぁ、士郎のご飯は美味しいし。わたしはロンドンで散々気力をすり減らされてきたところなんだから、ここで挽回しなくっちゃ。

「うわ、美味しそう」

 広げられた弁当の中身に、素直な感想が口をついて出る。士郎がわたしに持ってきてくれたのはちらし寿司。いろんな具が彩りよく並べられていて、見るからに食欲をそそる。

「さ、どうぞ遠坂」
「うん。それじゃ頂きます」

 両手を合わせ、割り箸をぱきんと割って一口分を取り、口に運ぶ。うん、この卵のふわっと感といい、酢飯の酢加減といい、完璧だ。ちくしょう。

「ん、見た目以上に美味しい」
「そうか、よかった」

 もういっちょ素直な感想を口にすると、士郎はにっこり笑ってくれた。その拍子に、彼のうなじから伸びた白い髪が一房揺れる。
 ……この一房だけが、士郎の髪の色にならなかった。だけど、士郎は染めることもなく、その一房を大事に伸ばすことにしてるのだそうだ。自分がアーチャーに追いついて、それでも赤い髪のままだった時にざまーみろ、とばかりにばっさり切ってやるのだと、こいつは笑ってそう言ったんだ。

「……士郎」

 ええい、暗い回想ばかりしてる場合じゃない。周囲をくるりと見回し、酒の入った藤村先生が見事にタイガー化したのが幸い、だーれもこっちに注目してないことを確認して、わたしは隅っこに乗っかっていたサクランボをひょいと摘み上げた。柄の部分を口にくわえて士郎の方に向き直る。

「何、遠坂……はい?」
「んー♪」

 うむうむ、驚いてる驚いてる。まぁ、士郎の反応はさておいて、わたしはサクランボをくわえた唇を突き出す。たまにはこのくらい、お茶目やっても良いよね。……よほど時計塔で疲れたんだなぁ、わたし。

「……えっと……」

 ええい、女を待たせるもんじゃないでしょう。ちょっぴりこめかみに青筋立てながら、それでもわたしがそのままでいるとさすがに覚悟を決めたのか、そっと士郎の顔が近づいてきた。そして、わたしの唇からぶら下がってるサクランボの実をぱくっと……

「ん」

 ……行った瞬間、わたしからちゅっとしてやった。あの時黒い桜にされたキスのことは、士郎はまったく覚えてないっぽいけれど、それでもわたしはリターンマッチ、したかったんだ。

「――!?」

 士郎はビックリして、目をぱちぱち瞬かせる。うん、不意打ちだったから驚くよね。で、わたしはそっと顔を離す。士郎の唇はちょっぴりかさかさして、でもあったかかった。

「……えへへ。キス、しちゃった」

 てへ、と舌をぺろりと出しながら言う。だって、したかったんだもん。しょうがないよね?

「……この、ばか。不意打ちなんて卑怯だぞ」

 士郎は顔を真っ赤にしながらぼそぼそとそう言った。そうだけど……でも、顔が赤くなってるってことは照れてるってことだ。

「うん、卑怯よ。わたし」

 体勢を立て直して、士郎の肩にもたれかかる。しばらく間があって、士郎の手がわたしの肩に回されてきた。恐る恐る、って感じが目に見えるようで、ちょっとだけ笑える。

「……この卑怯者。遠坂が一緒にいないと、俺は何もできない。遠坂のことが心配で、心配で」

 わたしに視線を向けないようにして、士郎がぼそぼそと続ける。まだ顔は真っ赤っかで、必死で平静を保とうとしてる様子が見て取れた。わたしは士郎の顔が見えないように目を閉じて、囁くように答える。

「安心しなさい。わたし、士郎が死ぬまで一緒にいてあげるから」

 それはイリヤスフィールとの約束でも何でもなくて、わたしがそうしたいからそうするだけ。士郎のそばにはわたしが、わたしのそばには士郎がいる。そして、その回りにはセイバーや桜やライダーやキャスターやランサーや、他いっぱいの仲間たちがいる。それがわたしたちにとって、きっと当たり前の光景だから。


 さぁ、聖杯戦士のお話はこれで終わり。だけど、これからはわたしと士郎の話が、ずっと続いていく。エンドマークとスタッフロールはずっと未来のこと。
 ま、とりあえずは目の前で咲き誇る桜を、のんびり眺めることにしますか。ね、士郎。

 愛してるわよ。


fin.


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