紅瞳の秘預言05 再会

 牢の隣室に放置されていた武器を取り戻し、非常用の通路を伝って彼らは左舷ハッチまでたどり着いていた。
 外からは微かに……本当に微かにではあるが、人の声が聞こえてきている。身を隠しつつジェイドが小窓から外を覗くと、白い鎧の一団がこちらへと向かってきているのが見えた。その中には一際小柄な、緑の髪の少年もいる。

「イオン様が戻ってこられたようです。ああ、行動パターンは分かりやすくて助かりますね」

 ジェイドが薄く笑むと、殿を守っているティアが軽く首をかしげた。

「タルタロスが非常停止したこと、気づかれていますか?」
「さすがに気づいているでしょう。……このタイミングでは詠唱は間に合いませんね。準備はよろしいですか? ルーク、ミュウ」

 ティアに答えた後、ジェイドはルークに視線を移した。ティアの斜め前でミュウを胸元に抱いたままそこに立ちすくんでいたルークが、胸元の小動物を覗き込む。

「お、おう。行けるかブタザル?」
「お任せくださいですの」

 にこーと無邪気に笑ったミュウに「よし」と頷いて、ルークはその両脇を支えると扉に向けて構えた。

『非常ハッチを開け』
『はっ』

 命令を出しているのは女性の声。短いやりとりの後、階段を上がってくる足音が聞こえた。ぷしゅ、という空気の漏れる音に一瞬遅れ、扉が開く。
 その瞬間。

「おらぁ、火を吹けぇ!」

 ルークの叫びと共に、突き出されたミュウが勢いよく炎を吹き出す。それはまともに白い鎧の顔面を炙り、その足を階段から踏み外させる。転がり落ちる鎧を飛び越えるように、ジェイドが空へと躍り出た。

「なっ!?」

 金髪の女──六神将の1『魔弾のリグレット』が譜業銃をルークに向けて構えたところを、槍を投擲して牽制する。即座に音素に返し、再び手元で実体化させながら飛び退いたリグレットの背後に着地。その白い喉元へと穂先を突きつけた。

「く……さすがはジェイド・カーティス。譜術を封じたとて侮れんな」
「お褒めにあずかり光栄ですね、『魔弾のリグレット』。武器を捨てなさい」

 表情を変化させることなくリグレットが武器を地面へと落とす。2つとも遠くへと蹴り飛ばし、ジェイドはハッチの方へと声を投げかけた。

「ルーク、イオン様のところへ」
「あ、ああ」

 慌てて駆け下りてきたルークが、そのままの勢いでイオンのところに飛んでいった。「ルーク!」と名を呼ぶ少年の嬉しそうな声に、一瞬ほっとする。が、すぐにジェイドは気を取り直した。
 そろそろ、頃合いのはず。

「ティア、急いで下りてきてください。譜歌をお願いします」
「ティア? ……ティア・グランツ!」
「……リグレット教官!?」

 これもまたジェイドの『記憶』通り。教官と生徒だったリグレットとティアは、お互いを確認したが故に一瞬硬直した。そうして次の瞬間……。

「ティア、ルーク!」

 2人の名を叫ぶ。反射的に階段の途中から飛び降りたティアの、たった今まで立っていた場所をライガの雷が直撃した。ルークはとっさに身体を投げ出し、イオンを腕の中に抱え込みながら地面を転がる。放り出されたミュウは「みゅっ!?」と鳴き声1つあげて、草の上にぽふんと落っこちた。
 そうしてジェイドは、槍を蹴り飛ばされた反動を利用してリグレットと距離を取る。が、次の瞬間イオンを抱き込んでいるルークと、そして自分の眉間に奪い返された譜業銃の照準が当てられていることに気づき、ちっと舌打ちをした。

 ──今回は私でしたか。少々抜かったようですね、情けない。

「みゅうう。ご主人様、囲まれたですの……」

 足元にちょこちょこと駆け寄るミュウをちらりと確認するルーク。身体が軽いからなのかソーサラーリングの加護か、その小さな全身に傷はなさそうだと確信してルークは、イオンの小柄な身体に回した腕に力を込めた。周囲から剣が突きつけられ、怖い。けれど。

「見りゃ分かんだろ。イオン、動くなよ」
「は、はい。ルーク」

 ルークの腕の中で、イオンはぎゅっと白いコートの胸元を握りしめている。緑色の髪を見下ろして、ルークはあ、と気がついた。

 俺、あん時のジェイドと同じことやってら。

 人を殺してしまってまともに動けそうになかった自分を、アッシュから守ってくれた時と。
 あの時自分はろくに周囲も確認出来なくて、しまいには意識を手放した。それなのに、イオンはしっかりと自分の足で身体を支え、震えてこそいるがその表情にははっきりとした意思が見える。

 こいつ、俺より『強い』じゃんか。
 情けねえな、俺。

 そんなことを考え込んでいるルークの目の前でジェイドは両腕を背中側に捻りあげられ、無理矢理立たされる。リグレットの両手に構え直された譜業銃は、正確にジェイドの眉間と心臓をポイントしていた。兵士たちに取り囲まれたティアも、武器こそ突きつけられていないものの強制される形で歩み出てくる。ルークとイオンもまた、立ち上がることを強制された。
 そうしてリグレットは、タルタロスのハッチから現れたピンクの髪の少女に声をかけた。ライガを従えている小柄な少女は、泣きそうな顔でぎゅっと人形を抱きしめている。彼女もまた六神将、『妖獣のアリエッタ』。

「助かったぞ、アリエッタ。……タルタロスはどうなっている?」
「制御不能の、まま。この子が、隔壁を破ってくれたから、ここまで来れた」

 ライガの鼻面を撫でながら、アリエッタはリグレットに答える。小さく頷いて、リグレットは銃口の先にある端正な顔を見つめた。その、生命を敵の手中に握られているにも関わらず涼しい顔をしているジェイドの落ち着きが気にはなっていた。
 しかし、この状況から逆転することなど。

「そうか。……では、こいつらを拘束して」


「そりゃ困る。こっちにも都合があるんだよ」

 その声は、空から降ってきた。ひゅ、と風を切って振り下ろされた刃を、リグレットは思わず両手の銃を重ねる形で受け止める。
 照準が離れた瞬間、薄く笑みを浮かべたジェイドも動く。重心を落とし、長い脚を蹴り出して兵士の1人を地面に伏せさせ、腕を振り払うと槍を実体化させて首筋に突き通した。
 その間に、リグレットに剣を振り下ろした金髪の青年──ガイ・セシルはくるりとバック転しながら身軽に着地し、すぐさま低い姿勢から刃を振り上げた。飛び退いたリグレットを狙ってジェイドが槍を突き出すが、僅かにかわされる。

「こちらは私が」
「おう」

 短い言葉のやりとりとジェイドの視線の動きだけで、ガイは彼の言いたいことを把握した。すぐに地面を蹴り、イオンとルークを取り囲んでいる神託の盾の1人をなで斬りに仕留める。その背中を狙おうと向けられたリグレットの左手に構えられた譜業銃を、すぐさまジェイドが槍を振るって叩き落とした。

「ガイ様華麗に登場、ってな。大丈夫か? ルーク」

 ついでとばかりに兵士たちをまとめてなぎ倒し、剣を鞘に収めてガイはにっと笑ってみせた。ルークにとってはバチカルから飛ばされたあの日以来の再会だ。親友であり使用人であり親代わりである彼の登場に、ルークも思わず満面の笑みを浮かべる。

「が、ガイ? マジか!」
「マジ。元気そうでよかったぜ」

 心の底から嬉しそうなルークにウィンクで答え、ガイは軽く手を挙げた。と、森の中からバラバラと多数の人間が飛び出してくる。彼らが纏うのは、マルクトの軍服。一部はタルタロスによって死角になった方向から入り込み、ティアを白い鎧の壁から解放した。

「そこまでだ、神託の盾。これ以上の横暴は許さん」

 彼らの先頭に立っていたのは、タルタロスで行方不明になったはずのマルコだった。ジェイドの副官である彼が率いている部隊は……即ち、ジェイドの部下たるマルクト軍第三師団。

「……マルクト軍! 通りでタルタロスの乗組員をほとんど見なかったと……!」
「まあ、そういうことです。いいタイミングですね、マルコ」

 リグレットは焦り、ジェイドは余裕の笑みを浮かべる。だが、この2人の精神状態はどちらかと言えば逆であるはずだった。
 槍の穂先はリグレットの喉には届かず、残された銃口は正確にジェイドの眉間を照準しているのだから。
 それにやっと気づき、小さく息をついてリグレットはちらとマルコに視線を向けた。


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