紅瞳の秘預言05 再会

「……こちらの方が多少ながら未だ有利ではあるわけだな。いいのか? 私が引き金を引けば、死霊使いの頭は弾け飛ぶが」

 その脅しに一瞬マルコはぴくりと眉を動かす。が、言葉にして返答したのは彼ではなく、銃を突きつけられているジェイド自身だった。

「構いませんよ。ダアトの大詠師派が導師イオンに反旗を翻し、皇帝勅命を受けているこの私を殺すことでマルクトに宣戦布告したと見なされるだけですから。さらにそちらにはキムラスカの貴族もおられる。彼に手を掛けるようなことがあれば、あなた方はキムラスカをも敵に回すことになりますね」
「証拠を消せばいい」
「やってご覧なさい。彼らはこの私……『死霊使い』の部下ですよ」

 平然と、自分たちを殺すリスクを説くジェイド。真紅の瞳に射すくめられたリグレットの背筋を、ぞくりと悪寒が走った。
 タルタロスの中で、もしくはヴァンの懐で人知れず葬り去られるならばともかく、ここにはジェイドの部下である第三師団が揃っている。セントビナーまでたどり着く者が1人でもいれば、その街を治めているマクガヴァンもと元帥が動くだろう。彼はジェイドが師と仰ぐ人物の1人であり、彼もまたジェイドを眼にかけている。そうして何よりもマルクト皇帝ピオニーはジェイドの幼馴染みであり、ジェイドは彼の懐刀として国内外に知られている存在だ。此度の和平の使者として『死霊使い』が選ばれた一因は、無二の側近である彼を差し出すことでピオニーが本気であるということをキムラスカとダアトに知らしめるため。
 そのジェイドを証拠が残るように殺せば、マルクトは動く。

 キムラスカは、実際にどう動くかは分からない。これは一種のはったりだ。
 ルークをわざと『キムラスカの貴族』と呼んだのは、ジェイドが『ルークがレプリカであるという事実』を知らないように見せかけるためだ。もっとも、アクゼリュスで贄として捧げるまでは向こうにもルークを死なせる気はさらさらないだろうが。……そうでなければ、単独で超振動を使いこなすことの出来る存在……本来の『ルーク』であるアッシュを失う可能性があるから。

 そんな思惑はともかく、リグレットはジェイドを殺すことのリスクには納得がいったようだった。銃口を外し、ちらりとライガに守られてマルクト軍を近づけさせない少女の名を呼ばわった。

「……ここは我らの負けということか。アリエッタ!」
「はい!」

 細い手がすっと伸びる。その手を、かぎ爪が優しく引っかけた。そして、リグレットが掲げた手をも。

「うわ! 何だよあれ!?」
「フレスベルグ!? またえらいのが……」

 ルークとガイがぽかんと見上げるなか、翼を持つ魔物は2人の六神将を釣り上げ、そのまま空へと消えていった。それを追うようにライガたちも駆け出し、その姿を消す。

 少女は空へと舞い上がりながら、朱赤の髪を持つ少年をじっと見つめていた。遠く遠く、その色が見えなくなるまで。

「……あれが、ルーク? ママの言ってた、優しい焔の子……アッシュとそっくり」

 アリエッタが呟いた言葉は、誰の耳に届くこともなく風の中に消えた。


 六神将が去った後、慌てて逃げ出した神託の盾兵のうち逃れることの叶わなかった数名は第三師団の捕虜となった。拿捕を免れたタルタロスは、ジェイドの指揮する第三師団による復旧作業に入っている。

「捕虜は自害防止策をとった上拘束。艦内は伏兵や破壊工作の有無を点検しろ。システム復旧と隔壁の仮修復急げ」

 ジェイドの指示に従い、部下たちはばらばらに散らばって作業に入る。その光景を軽く眺め、ジェイドはイオンとマルコに視線を向けた。
 『記憶』と同じく、アニスだけはこの場に戻ってこなかった。ジェイドは事情を『知って』はいたが、まだ報告を受けてはいない。故に、事情を知るはずの2人をこの場に残したのだ。

「済みません。敵に親書を奪われたんです。それを取り戻そうとして、魔物に吹き飛ばされて窓から……死体が発見されていないようですし、マルコも無事だったので生きているとは思うんですが」

 イオンはしょぼんと肩を落とし、説明してくれた。

「こちらも部下と合流後捜索を試みましたが、血痕も発見出来ませんでした」

 『アニスがタルタロスの外に落ちたら、前後して脱出する』よう言い含めておいたマルコは、姿勢を正してそう報告した。

「分かりました。彼女は人形士ですから、うまく生き延びたと思われます。タルタロスを取り急ぎ仮復旧させて、第一合流地点のセントビナーへ向かいましょう」

 ジェイドはそう結論づけ、マルコに艦内のチェックを任せる。それから、イオンにそっと笑いかけた。

「大丈夫ですよ。アニスは強い子ですし、あの人形は私の友人が手がけた業物ですから」

 え、と不思議そうな顔をしたイオンをひとかたまりになっているルークたちの方へ行くよう促し、駆け寄ってきた部下に視線を向ける。

「報告です。『鮮血のアッシュ』と『黒獅子ラルゴ』の存在は確認出来ませんでした。既に撤収しているものと思われます」

 その報告に、「やはり」とジェイドは頷いた。『記憶』の中でも、この頃には既に2人とも姿が無かった。ラルゴはジェイドの一撃で負傷しているから、しばらくはろくに動けないだろう。アッシュは……出来れば動いてくれた方が助かる。早めにヴァンとは切り離し、解放してやりたい。

「ご苦労。引き続き情報収集に当たれ」

 指示を飛ばし、部下が去った後ジェイドは軽く思考の海に沈んだ。『記憶』ではタルタロスは神託の盾に奪われ、その足として使われた。取り戻せたのはアクゼリュスが崩落した後……魔界の海で、だ。
 これまでにも少しずつ、ジェイドの持つ『記憶』と現在にはずれが生じている。が、意図的に起こしたとはいえここまで大きなずれは初めてだろう。その結果がこの先どう影響してくるのか、今のジェイドには分からない。

 ──まあともかく、タルタロスは守った。これで少しは時間を稼げるか……いや、向こうも早めに手を打ってくるでしょうね。

 浮上させた思考をとりあえずしまい込み、ジェイドは復旧がすむまで休憩状態になっているルークたちに視線を向けた。親友であるガイの登場で、ルークもかなり落ち着きを取り戻したようだ。

「ガイ、何でお前こんなとこにいるんだよ?」
「何でって、お前捜しに来たに決まってんだろ。やーやっと見つけた、手間掛かったぜほんと」

 ちらちらとタルタロスに視線を向けるガイに、ルークとジェイドは同時に苦笑を浮かべた。……ジェイドはすぐに表情を引き締めたけれど。
 まだ、ガイとは互いに知り合いではないのだから。

「お友達ですか? ルーク」

 いつものように笑みを浮かべ、会話に入り込む。「ああ!」と嬉しそうに返事をするルークの顔からは、影が取れていた。
 眠れば、思い出してしまうのだろうけれど。

「俺はガイ。ルークん家の使用人さ。そういうあんたはマルコさんの上役? さっきのはさすがだったな」
「ええ、マルクト軍第三師団の師団長を務めているジェイド・カーティス大佐です。貴方の方こそ、身のこなしはなかなかのもので。私の部下が世話になりましたか」

 『初対面』ということで、自己紹介を交わす。本名はともかく、母親の旧姓である『セシル』姓すらこのときは名乗らなかったな、とジェイドは『記憶』を探り当てた。セシルの姓から彼の母ユージェニー、従姉であるキムラスカのジョゼットにたどり着くのは、かなり容易いことだろうから。

「たまたま林の中で会ってな。ルークの話したらやっかいになってるっていうから、同行してきた……って、うわ、ジェイドってあのジェイド? そういやさっきの奴も死霊使いって呼んでたっけか」
「あのジェイドって……どのジェイドですか」

 『死霊使い』ジェイド。恐らくガイは、今自分の目の前に立っている優男がそれであると気づいて驚いているのだろう。
 そのおどろおどろしい二つ名と外見のギャップに驚かれることには、ジェイドはもう慣れている。
 苦笑したジェイドの目の前で、ティアに手を差し出されたガイが大慌てで後ずさっていた。


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