紅瞳の秘預言05 再会

 やがてタルタロスは、セントビナーへ向けて発進した。食堂で全員揃って食事を摂りながら、ガイはルークとジェイドからこれまでの話を聞いている。

「……戦争回避のための特使、ねえ」

 エンゲーブで仕入れたパンを口に運びつつ、話の内容を整理。くるりとそう広いわけではない食堂内を見渡す。口調が砕けたままなのは主家の一員であるルークと、そしてイオンが許したから。
 現在、タルタロスに乗艦しているのはルークたち、そしてジェイドとマルコを頂点とする第三師団。極秘任務のため、その人数は通常よりも控えられており、約140名とのこと。現在は3交代制を取っており、おおよそ50名弱が操艦任務に当たっている。残り90名前後の人員は、それぞれ睡眠を取ったりここで食事にありついたり、と好きずきに過ごしているようだ。

「これで行ったら、恫喝外交とか言われないか? 今の皇帝陛下は軟化政策取ってるって話だけど」

 しかし、このタルタロスが強力な戦闘艦であることは疑いもなく、また指揮官が『死霊使い』の悪名高きジェイド・カーティスだという事実はキムラスカの態度を硬化させる可能性もあるのだ。

「私が使者な時点で半ば恫喝ですよ。とはいえ、陛下の本気を示す点でも適役であることは自認していますがね」
「皇帝陛下の懐刀だもんなあ」

 とはいえ当の本人は、そんなキムラスカの感情など何処吹く風とばかりに食後の茶を楽しんでいるのだが。

「そんなに偉かったんだ、ジェイドって」
「単なる腐れ縁です」

 眼を丸くして自分を見つめるルークに、ジェイドは苦笑しながら視線を返す。それから……ぽつりと呟いた。

「……とはいえ、感謝もしていますけどね。陛下がいなければ今頃、私は牢の中か六神将の一員かとうに死んでいるか、ですから」
「何だそりゃ?」

 今のルークにはその意味は分からない。分かるまで、覚えているとも思えない。
 ジェイドは、フォミクリーの理論を組み上げた。恩師ネビリムを蘇らせるために。
 たった1人を取り戻すためだけに着々と罪を重ねていったジェイドを殴りつけ、諫めたのはピオニーだった。
 ピオニーが止めていなければ、今頃は犯罪者として牢の中で刑期を刻んでいるか。
 あるいはサフィール……ディスト同様、ヴァンのもと六神将の1人としてさらに罪を重ねているか。
 ──自らに禁術を刻み続け、人であることを捨て去ってしまっているか。

「まあ、自分の行いを分析した結果としてそうなっただけですよ。それに今、私はここにいます」
「だな。起きなかった『もしも』なんて考えても意味がねえ」

 うん、とジェイドの結論に納得し、ガイは「話戻すけど」と話題の転換を図った。視線を向けた先は、ちょこんと座っているイオン。

「何だってそのモースはそんなに戦争を起こしたがってるんだ? 教団が戦争特需ってわけでもなかろうし」
「……すみません。ローレライ教団の機密事項に属する事柄なんです」

 遠回しに説明を求めたガイに対し、イオンは小さく首を横に振って拒絶の意思を示した。
 もっとも、あの預言遵守を己の行動軸としている大詠師がこだわる機密事項など、実はたかが知れている。
 即ち、表に出されることのない預言──『秘預言』。
 キムラスカ上層部に食い込んでいるモースは、そのキムラスカの繁栄をもたらすと記されている預言に従い、戦争を起こそうと画策しているのだ。
 『記憶』の中では思い至らなかった結論に、ジェイドは軽く眉をひそめた。己の馬鹿さ加減に。

「そうかあ。ルークもややこしい話に巻き込まれたもんだな」
「ほんとだよ、ったく」

 そんなジェイドの気を知ることもなく、ガイは肩をすくめる。ルークも怠いとばかりにテーブルに上半身を投げ出した。仮想敵国の戦艦内であるにも関わらずすっかりリラックスしきっているのは、ガイの存在によるところが大きいのであろう。

「そういえばガイ。ファブレ家の使用人であれば、キムラスカの人間ですね。ルークを探しに来たのですか?」
「ああ。旦那様の命でな」

 尋ねられ、ガイは頷いた。
 『キムラスカ人』ではなく『キムラスカの人間』。微妙なニュアンスの違いを、この青年は果たして理解しただろうか。

「マルクト領内に飛ばされたらしいってのは分かってたから、俺は陸路でケセドニアを経由して来たんだ。グランツ謡将が海渡ってカイツールに向かってるはずだけど」
「え」

 グランツ謡将……即ちヴァン・グランツ。真の名をヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。
 ティアの兄であり、六神将を束ねる長であり、ルークとアッシュの剣の師であり、ガイの剣であり──いずれは倒すべき、敵。

「ヴァン師匠も探しに来てくれてるのか!?」

 が、その名を聞いたルークの表情はこれまでにないほど明るく変わった。上機嫌になりながらガイに話しかけるルークの表情を見て、ティアがぽかんと眼を丸くしているのがどこか奇妙な光景だ。

「ああ」
「そっかあ……師匠、来てくれたんだ……」

 頷いたガイの返事を聞いているのかいないのか、にこにこ笑っているルークを見つめながらジェイドは、複雑な心境になった。

 貴方が心の底から信じ切っているその男は、貴方のことなど何とも思っていないのだと。
 その男にとって貴方は、使い捨ての道具でしかないのだと。

 ぶちまけてしまいたいのに、それが出来ない。
 そんなことを口にしたとて、恐らくルークはジェイドを信じない。
 ジェイドとの間に壁を築き、ヴァンに依存しきってしまうだろう。

 それでは、同じことの繰り返しだ。

「イオン様。タルタロスから連れ出されていましたね。どちらへ行かれたのか、お伺いしても?」

 詰めていた息をはぁとつき、ジェイドはヴァンを脳裏から追い払った。その拍子に顔に掛かった長い髪を手で払いながら、イオンに視線を向ける。『記憶』からこの頃の行動を引き出せば、そろそろ彼は休んで貰わないと倒れる可能性がある。

「……セフィロトに、行きました」
「ダアト式譜術を、使いましたね」
「はい」

 最小限の問いだけを言葉にする。イオンも何か気づいているのか、最低限の言葉で返答に代える。それだけで、会話は成立した。

「分かりました。本来ならばお説教のひとつも差し上げたいところなのですが、お疲れのようですしゆっくり休んでください。マルコ」

 師団長の声に応じ、すぐ傍に控えていたマルコがすぐさま駆け寄ってくる。視線で促すと、小さい礼で返答した。本来ならばアニスの任務なのだが、彼女は今頃セントビナーに向けて移動中だろう。『記憶』よりも早い合流が適うだろうか。

「は。イオン様、ご案内いたします」
「すみません、お願いします」

 マルコの後について、イオンは椅子から降りた。「お?」とルークがガイとの会話を中断し、緑の髪に視線を移す。

「イオン、ちゃんと寝ろよー。また勝手にどっか行くんじゃねえぞ?」
「はい。ありがとうございますルーク。お休みなさい」

 にこっと笑って手を振り、イオンはマルコと共に食堂を後にした。
 同様に手を振って少年を見送ったルークを、不思議そうにガイが見つめる。

「……ルーク、お前イオン様と仲いいなあ」
「んなこたねーよっ。あいつ見るからに弱っちいだろ、見てらんなくてよ」

 ぷいと視線を逸らすルークの子どもっぽい仕草に、ガイは思わず頬を緩める。それはまるで、子どもの成長を喜ぶ親のようだ。もっとも赤子であったルークを育て上げたのはガイだから、その意味では確かに親とも言える。


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