紅瞳の秘預言05 再会

「みゅみゅう。ご主人様、ボクが初めて会ったときからずーっとイオンさんと仲良しですの」
「うっせ黙れブタザル」

 ミュウの相も変わらず無邪気な言葉に、ついテーブルの天板に押し付けるという暴力で答えてしまうルーク。「ちょっと何するのよミュウが可哀想でしょう!」とムキになって掛かってくるティアをはいはいと手でいなしながら、ふとルークはのんびりとその様子を眺めているジェイドに視線を向けた。

「……お疲れっつーたら、ジェイド。あんたは大丈夫なのか?」
「何がです?」
「封印術っての。身体に影響あるみたいなこと言ってなかったか?」
「え。何だよ旦那、そんなの食らってたのか」

 平然と微笑んでいるジェイドが、実は国家予算の10パーセント弱にも及ぶ膨大な資金をかけて製作される譜業により枷を掛けられている。それを知って、ガイが眼を丸くした。

「まあ、多少は。全身のフォンスロットを封じられたわけですから、運動機能も少しばかり低下しているでしょうね」

 2度目とはいえ、やはりこの枷は厳しい。気づかれないように軽く身体を己の腕で抱え込みながら、ジェイドは笑顔を崩さなかった。彼らから見れば、テーブルに肘をついているだけにしか見えないだろう。

「あの動きで低下してんのかよ、さすがだなあ」
「……フォンスロットを閉じられると、どんな感じなんですか? 大佐」

 ひゅう、と口笛を吹くガイ。ルークをガイと挟む形で座っているティアが、恐る恐るジェイドの顔を覗き込むように問うた。『記憶』の中ではどう答えたか……その部分をすぐに探り当て、答えとして言葉にする。

「どんな感じ、ですか……ああそう、全身におもりをつけて水中散歩をしているような感覚、でしょうか」
「それのどこが多少だ!」

 途端、ルークががたんと音を立てて立ち上がった。倒れそうになった椅子を「おっと」とガイが腕を伸ばして支え、元の位置に戻す。一瞬周囲のざわめきが消え、食堂内が静音状態になったが、またすぐにざわざわと元の雰囲気を取り戻した。

「……ルーク、大丈夫よ。大佐ですもの」

 反対側からティアが声を掛ける。渋々座り直したルークに、少女はほんわりと微笑んでみせた。

「心配なのね。気持ちは分かるわ、ずっと守っていただいてるんですものね」
「当たり前ですの! ご主人様は優しいですの!」

 テーブルの上でくるくるとミュウが回る。頬を赤らめて、ルークはチーグルの身体を天板に力一杯押し付けた。そのままぐりぐりと捏ねながら、変なこと言ってんじゃねえと毒のない毒を吐きまくる。

「変なことじゃないですのー」
「そうよね。助けてくれている人の体調を思いやるのは当たり前のことだわ」
「いやちげーよ! このおっさんにぶっ倒れられたら迷惑だろっ!」
「はは、照れるな照れるな。お前さんが優しい奴ってのは、お前さんを育てたこの俺が一番良く知ってる」
「俺ぁ照れてねえっ!」

 ガイまで加わったルーク包囲網の微笑ましい様子を眺めていたジェイドは、ふと思い出した。

 『記憶』の中でも、ルークは仲間の身を案じていた。
 髪を切った後だけではなく、その前から、ちゃんと。

 譜術を使うことで激しく疲労するイオンを。
 1人外に放り出され、連絡の取れなかったアニスを。
 それとは分からずカースロットに穢され、体調を崩していたガイを。
 自分を庇って傷ついたティアを。
 己の信念から、父親たる国王に黙って国を出ようとしたナタリアを。
 罪を負い、傷つきながらも一心に自分を慕うミュウを。

 枷に囚われ、力のほとんどを失ったジェイドを。

 ──本当は優しい子なのだと、気づこうとしなかったのは……私だ。

「……大佐。全解除は難しいですか?」

 ひとしきりルークを弄り終わったらしいティアが、物思いに耽っていたジェイドの虚ろな視線を逆に辿ってきた。僅かな刺激に気づき、内心を悟られぬよう指で眼鏡を押し上げつつジェイドは答える。

「少しずつは試みているんですが、一定時間で鍵が切り替わりますのでね。かなり時間が掛かりそうです……まあ幸い、新戦力が加入してくれましたから大丈夫でしょう」

 ちらりと向けた視線は、ガイに固定される。ルークはまだ人を斬る覚悟は出来ていないが、ガイならばそこは割り切って立ってくれるはずだ。『記憶』でも、そうだった。

「ん、俺?」
「はい。頼りにしていますよ?」

 顔に貼り付けた笑みは上手く出来ているだろうか、とジェイドは心の中で自分に問いかける。少なくともルークとティアが軽く身を引いた時点で、いつもの表情と同じ顔になったことは分かるのだけれど。

「うわ、責任重大」

 ガイもほんの僅か上半身を背後に反らせつつ、それでも笑って頷いた。少なくとも、初めて戦闘に加わったあの時の状況でルークがあまり戦闘には向いていないというのがガイにも理解出来ただろうから。
 これでよし、と心の中で呟いて、ジェイドは席を立った。『記憶』の時と違い、今回は仲間たちの面倒を見るだけでは済まないのだから。

「さて。せっかく楽が出来るんです、休める人はしっかり休んでくださいね」
「ジェイドは?」

 全員分の食器をまとめながら、ジェイドはルークの見上げる視線に微笑みで返す。軽く肩をすくめ、ウィンクしてやると子どもはまた顔を赤くした。

「師団長などやっていると、他にも仕事が多いんですよねえ。年寄りはいたわって欲しいものです」
「年寄りって…………旦那いくつだよ」
「35歳です。そう見えないとは良く言われますが。何かありましたら当直兵に声をおかけください。ではお先に」

 ガイの純粋な疑問に、重ねた食器を積んだトレイを手にして去り際のジェイドは肩越しに答えた。そのまま振り返らずに席を後にしたので。

「35……って」
「師匠、確か27って言ってたよな……つまりジェイドの奴、師匠より8つも上ってことかぁ?」
「に、兄さんより8つ年上……」
「見えねー。あれか、『死霊使い』って呼ばれてる一因はあの若作りか!」
「……ど、どうやって若さを保っているのかしら……」
「みゅみゅ?」

 子どもたちのどこか楽しそうな会話は、ジェイドには聞こえなかった。


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