紅瞳の秘預言08 疑問

 街道を、足を速めながらルークたちは歩いている。あれから神託の盾兵とは遭遇することもなかったのだが、それでも向こうが動き出す前に少しでも距離は稼いでおきたかった。戦闘にはまったく向いていないイオン、戦う覚悟を決めたとはいえ実質的には初心者であるルーク、それに怪我人であるジェイドを抱えているためだ。
 とはいえ、ただ歩いているだけではない。ひょんなことから道行きが情報交換の場となることもある。
 今回もそうであった。イオンが、ティアに向けて疑問を発したのだ。

「ティア。何故貴方が『ユリアの譜歌』を扱えるのか、伺ってもいいですか?」
「え?」

 突然問われ、ティアは思わず足を止めた。釣られるように、イオンを初めとする全員もそこに立ち止まり、ティアに視線を集める。
 ユリアの譜歌。突如吹き出した障気から彼らを守るためにティアが奏でた歌を、イオンはそう呼んだ。
 膨大な預言を後世に残した、ユリア・ジュエの名を冠する譜歌。
 だが、その意味をそもそも根本的に分かっていない人物がこの中には1人いる。

「んだ、そのユリアの譜歌って普通の譜歌と何か違うのか?」

 その1人……軟禁され、知識を制限されていたルークが素直な疑問を口にする。ルークがまともに聞いた譜歌は、ティアのものが初めてだ。それまでにも聞いたことがあっても、この少年は深く考えもせずに聞き流している。故に、『普通』の譜歌との違いは分からない。
 彼が視線を向けた先は、この中で彼との付き合いが一番長く信頼されているガイだった。

「ぶっちゃけるとだいぶ違うぜ。普通の譜歌ってのは、譜術の詠唱部分に旋律を組み合わせた術だ。普通の譜術ほどの威力はないな」
「はい。ですがユリアの遺した譜歌は特別で、譜術と同等の力があるんです。……僕もちゃんと聞いたのは多分初めてじゃないかな。扱える人がほとんどいないから」

 ガイの大雑把な説明に、イオンが言葉を続ける。ふうん、と不思議そうに目を丸くしながら、ルークはティアに視線を移した。

「確かに、私の譜歌はユリアの譜歌です」
「じゃあさぁ、何でそんだけ威力が違うんだ? 何かコツでもあんのかね」

 こくりと頷いたティアに、さらにルークは問いかける。興味を持ったことに対し素直な疑問をぶつけられるのは、ルークの成長にとっては良い影響だろうとガイ、そしてジェイドは考えていた。
 だからガイは、愛し子のために少しだけ自分の知識を差し出すことにした。

「『譜に込められた意味と象徴を正しく理解し、旋律に乗せるときに隠された英知の地図を作る』」
「は?」
「……なんていう話を昔聞いたことがあってな。何でも一子相伝の技術みたいなもんらしい」

 遠い昔、まだガイが『ガイ・セシル』で無かった頃だろうか……幼馴染みから聞いたことのある言葉を、ガイはルークに伝えた。
 幼馴染みとは即ち、『ガルディオス家の剣・右の騎士』であるフェンデの当主嫡男……ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。今の名を、ヴァン・グランツ。そのことを、いつかは伝えなければならないだろうとガイは思う。
 その時になればガイ自身の素性も……15年積み上げてきた復讐の念も、全て打ち明けねばならぬだろう。その時、果たしてルークはガイをどんな目で見ることになるのか。

「うへ。本気で分かんねー」
「アニスちゃんもさっぱりですぅ」

 もっとも、受け取ったルークの方はその言葉の意味を理解出来ぬようで首を捻る。隣で同じ仕草をしているアニスとほとんど同じような年齢にしか見えないのは、ガイの目の錯覚ではあるまい。

「まあ、歌詞と旋律を完璧に覚えていても、そこに示された意味が分からないと譜歌としての能力を発揮しない、ということですよ。例えば私が歌ったところで、それはただの歌でしかありません。そういうことです」

 仕方ない、と溜息をひとつついて、ジェイドが説明を加えた。そうして、言葉を繋げる。

「もっとも私は第七音素を扱う素養はないので、通常の譜歌ですらそもそも意味を成さないんですがね」

 故に、ジェイドは人を傷つけることは出来ても癒すことは出来ない。
 にも関わらず無謀にも操ろうとした、その結果。
 ジェイドは、恩師の生命を散らした。

「え、ジェイドにも出来ないことがあったんだ」

 一瞬過去に引きずり込まれそうになったジェイドの意識を引き上げたのは、緊張感など全くないルークの一言。思わず目をしばたたかせて、眼鏡の位置を直しながらジェイドは口走った。

「あのですね。あなた方、一体私を何だと思っているんですか」
「ジェイドさんですのー」

 ルークの足元から、甲高いミュウの声。

「『死霊使い』だよな」

 頭の後ろで手を組みながら、ルーク。

「マルクト軍の大佐、ですよね」

 口元に手を当てて考えながら、ティア。

「天才譜術士でぇ、マルクトの皇帝陛下の懐刀です♪」

 あっけらかんと笑いながら、アニス。

「あれ、ルークのお父さんじゃないんですか?」
「イオン様、それは違うと思うぜ」

 さすがにイオンの天然な一言には、ガイがツッコミを入れた。それから、がくっと肩を落としたジェイドに視線を戻す。

「まあそういう認識らしいな、旦那については。あ、俺の意見としてはみんなの保護者ってとこ」
「……いいですよ、もう。話を戻します」

 前髪を掻き上げ、苦笑を浮かべながらジェイドは答えた。ああもう、何だか過去にこだわっているのが馬鹿らしい。

「ともかく。先ほどのガイの言葉からすると、ユリアの譜歌を歌うためには一子相伝の技術のようなもの、が必要なのですよね」

 発言者に確認するように、その言葉を繰り返す。ガイは頷いて、ティアに視線を移した。

「ああ。それをティアが歌えるってことになると……」
「一子相伝というものの基本は血縁、ですね。もしかしてティア、あなたの家系はユリア・ジュエの子孫なのでは?」

 イオンが少し考えて、推論を口にした。かなり途方もない推論だとルークとジェイド、当事者であるティアを除く誰もが考えたことであろうが、ティアはこくりと小さく頷いた。

「そう、らしいです。詳しいことはあまり知らないんですけど」

 その答えにぽかんとしたのは、推論を述べたイオン自身。まさか、かなりとんでもない推理だと思っていたその思考が的を射ているなどとは、まったく思わなかったのだから。

「まあ、2000年と長い期間ではありますが、不可能ではありませんね」

 実際にそれが事実であることを、『記憶』によって知っているジェイドが頷く。その間にどれだけ血が薄まるのかは彼も面倒で計算などしてはいないが、聖女ユリアの血を例え僅かなりとも受け継ぐ者が存在することは確かなのだ。
 何しろ、第七音素意識集合体ローレライが、ティアをユリアの子孫と認めたのだから。

「へー、ユリアの子孫……」

 この中では一番ユリアを知らぬ存在であるルークは、よく分からないという表情をしながら彼らの話を聞いていた。が、ふと気づいたように「あ」と声を上げる。

「なあティア。ティアがユリアの子孫ってことは、ヴァン師匠もそうなのか?」
「そうなるわね。私と兄さんは血の繋がった兄妹だもの」

 ルークの質問をティアが肯定すると、朱赤の髪の少年は顔をぱあとほころばせた。

「うわ、そうなんだ。じゃあさじゃあさ、師匠もティアみたいに、すげえ譜歌歌えるのか?」
「え、ええ。多分、歌えると思うわ。兄さんは私が小さい頃、良く子守歌代わりに歌ってくれたし」

 必要以上に目をきらきらと輝かせながらなおも問うルークに、ティアはたじたじになりながらそれでもきちんと答える。ちょっぴり可愛い、と心の中で思っていたようだけれど。
 そうして、求めていた答えを得られたルークは心の底から嬉しそうに笑った。

「そっかあ! やっぱ、ヴァン師匠ってすげえんだなあ」
「そこにたどり着くのか、お前は」

 額を抑えてガイが大きく溜息をついたのに、ルークとルークが笑ったので嬉しいミュウ以外の全員が同意した。


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