紅瞳の秘預言08 疑問

「な、第七譜石って何だ?」

 その中で、まったく空気を読めていない赤毛の子どもが1人。
 どこか間の抜けた疑問を口にした。
 一斉に集中した全員の視線をくるりと見回して、ルークは頬を膨らませる。そのほとんどが、こいつは今更何を言っているんだという視線であったから。

「ちょ、何だよその目はぁ!」
「……悪い。俺、教えてなかったか」

 ガイが頭を抱えた。無垢で生まれたルークがファブレ家に入ってから、基本的な一般常識は全てガイが教えたものらしい。その中に第七譜石が入っていないというのは……そこまで教える余裕がなかったのかも知れない。
 存在の知れない第七譜石の何たるかを知るよりも、同じ屋根の下で暮らす親の顔を覚える方が、この子どもには重要事項だったのだから。
 くすりと微笑んで、イオンが口を開いた。事情はどうあれ、ルークが知らないことで知りたいことなのだ。教えるのにやぶさかではない。

「第七譜石というのは、ユリア・ジュエが詠んだ預言が刻まれた譜石の1つです。20000年前に彼女が詠んだ、惑星の未来史が刻まれていると言われています」
「惑星の歴史を詠んだものなので、預言もあまりに長大で……それを刻んだ譜石も、山ほどの大きさのものが7つにもなったんですよぉ。それがいろいろな影響で砕けて、あるものは譜石帯となってお空の上に、他には地上に落ちてきたりもしたんですぅ」
「バチカルの元になったのも確か、譜石が落ちてきたクレーターなんだよな」

 イオンの言葉に、アニスが続く。さらにガイが、ちょっとした豆知識を流し込んできた。

「そうらしいですね。で、地上に落ちた譜石はキムラスカとマルクトで奪い合いになって、それが戦争の発端になったんです。その譜石があれば、世界の未来が分かるから……と」

 ジェイドは補足を加えながら、ふと思い出す。『記憶』の中に刻まれた、その預言を。

 ──これが、オールドラントの最期である。

 キムラスカに攻め落とされたマルクトは疫病の源となり、やがてその病はキムラスカをも覆い尽くす。
 そうして最後には、あふれ出した障気により惑星オールドラントは破壊され、塵と化す。

 2000年前に預言として詠まれたその言葉は、果たして実現するのだろうか。
 ジェイドの『記憶』は、少なくとも刻まれた年にその預言は成立しなかったことを示している。
 ただ預言の一部が歪んだが故に、時を置いて成立した可能性も捨てきれない。

 もっとも、ジェイドにはその預言を成立させる気などまるで無いのだが。

「ふうん。とにかく、7つめの預言が書いてある石が第七譜石なんだな?」

 ルークの疑問が、ジェイドを現実に呼び戻す。またも『記憶』に囚われていた自分を叱咤しつつもこくりと頷いて、彼は朱赤の焔の問いに答えた。

「ええ。第七譜石はユリアが自ら隠したと言われていますね。ですから様々な勢力がそれを探しているんです」
「ジェイドんとこもか?」
「マルクト軍でも捜索は行っているかもしれませんが、私は知りません。今の皇帝陛下はあまり預言を好かれてはおられませんし、陛下はともかく『死霊使い』に情報を独占されたくない勢力はありますのでね」

 ルークに嘘はつきたくなかった。だから、ジェイドは自身が知っており伝えて然るべきである情報を素直に公開する。
 その中にまだ、彼とアッシュの関係は含まれていない。
 恐らく、2人を繋ぐ糸であるフォミクリーのことすらもルークは知らないから。

「ふーん……んで、ティアはそれ探してんのか」
「どうかしら?」

 ジェイドの思いとは関係なく、ルークは自分の中で納得したようにティアを見つめた。つい、と逸らされた彼女の視線が、ルークの疑問に肯定で答えるものだとティアは気づいているのだろうか?
 少なくとも、ヴァンは気づいたようだ。薄く笑みを──ジェイドが常時浮かべているものと同じ、意味のない笑みを浮かべている。

「ともかく、私はこの件に関してはモース殿とは関係ないと言っておこう。六神将にも余計な手出しをせぬよう命じておく」

 この件に関しては。
 つまり、他の件でモースと結託してる可能性はある、とこの頃から含みを持たせていたわけか。
 ジェイドはそう読み取ったが、僅かに顔をしかめるだけに留めた。この場でこれ以上、話をややこしくするわけにもいかない。
 と、そこへガイが身を乗り出してきた。

「ヴァン謡将。旅券の件なんですが……ルークとティアは事故による越境ですから旅券がないんですよ。どうにかなりませんかね」

 そう言えば、ルークたちは疑似超振動による転移で本人たちも訳の分からぬままマルクト領に飛ばされてしまったのだ。本来国境を越えるためには各々の国が発行する旅券を以てその身分を証明せねばならないのだが、この2人にはそれがない。
 ジェイドはグランコクマを出る際に旅券を発行されている。ガイはそもそも正式なキムラスカの旅券でマルクトに入国しているため問題はない。イオンとアニスは教団のトップとその守護役という身分上、旅券は準備されている。ダアト出奔の際、ちゃっかりアニスがくすねてきたものを各自で所持しているが……そう言えば『記憶』の中で、アニスは旅券を失ったと言ってはいなかっただろうか。

「その点は心配ない。こちらに向かう前に、ファブレ公爵より臨時旅券をお預かりしている。予備も渡しておこう。使うがいい」

 ヴァンは、既に準備されていた臨時旅券を懐から取り出した。テーブルの上に置かれた数は10通に及ぶ。それを見て、ルークの表情が明るくなった。

「わ、やった。ありがとう師匠。これでキムラスカに帰れるんだな?」
「そうだな。お前たちはここで休んでいくといい。私が先に軍港で船の手配をしておこう」

 旅券を手にして喜ぶルークに、ヴァンは柔らかく微笑んで頷いてみせる。そうして彼から出された提案に、ガイが「分かりました」と返答した。

「カイツール軍港で落ち合うってことですね」
「そうだ。港は国境を越えて海沿いに行けばすぐだ。迷うなよ?」
「はい、師匠」

 ルークの返事を待っていたかのように立ち上がり、部屋を出て行くヴァンを見送って……ジェイドはふと違和感を覚えた。

 ──ルークが、ヴァンが同行しないことに不満を持たない?

 『記憶』の中のルークは、ヴァンが別行動を取ると聞いてふて腐れていたはずだ。師が説得して、ようやく首を縦に振ったけれどそれも渋々といった表情だったことをジェイドは『覚えて』いる。
 今のルークはヴァンの単独行動に文句を言わないばかりか、何事かを考え込むように手を顎に当てている。
 ジェイドが『記憶』を持った影響なのか、それとも。

「ん? どした、ルーク」

 ガイも、考え込むルークに気づいたようだ。軽く身をかがめ、視線の高さを同じくしてその顔を覗き込む。
 ややあって少年の口から漏れ出たのはガイにも、そしてジェイドにも驚愕を感じさせる言葉だった。

「……師匠、ほんとにイオンに悪いと思ってんのかな」
「どういうことです?」
「だってさ、ラムダスが前に言ってた」

 なになに? と歩み寄ってきたアニスやティア、イオンやミュウの視線を一身に受けながら、ルークは言葉を紡ぐ。時折過去を思い出すために視線を宙に投げながら。

「うちで、メイドの1人がえっれぇミスしたときにラムダスが謝っててさ。それで俺、言ったんだ。お前がミスったわけじゃねえんだから謝らなくてもいいだろって」

 ファブレ家は公爵家ということもあり、執事のラムダスを初めとして様々な使用人が働いている。専属騎士団である白光騎士団然り、庭師として入り込んだペール然り。年若いガイも、嫡男付きの使用人としてファブレの家に場所を持っている。
 白光騎士団は別として、邸内で働く使用人たちを統括しているのがラムダスなのであろう。本来ならばメイドは公爵夫人であるシュザンヌが統括しているのが普通だが、彼女は身体が弱く寝込むことも多いためラムダスにその権限を与えているものと思われる。

「ラムダスさんって誰ですかぁ?」
「ルークんちの執事だよ。……で、ラムダス殿は何て言ったんだ?」

 未知の人名を問うたアニスに答え、ガイは言葉の先を促す。ルークは頷いて、一度目を閉じると思い出すようにその台詞を読み上げた。

「『メイドの失態はそれを統括する私の失態でもあります。上の者は下の者に対しそういった責任があるのです』って」

 瞼を開くと、碧の目がどこか冷たく輝く。それでも、腕を組んで軽く首をかしげると外見年齢よりもずっと幼く見えるのだけど。


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