紅瞳の秘預言08 疑問
「……ヴァン師匠は六神将の上にいるんだろ。そんならさ、ラムダスと同じように考えたことなかったのかなあ?」
「自己責任、ということなのでしょうか」
ルークの疑問にイオンが意見を述べる。つい先ほどのアッシュを除く六神将の狙いが自分であったにも関わらず、導師はマイペースに物事を考えるようだ。
「うーん……でもさあ、部下がすいませんでしたって一言あってもいいよなあ? そりゃ、本来の上司が大詠師モースだっていうんならそのモースが謝るべきだと思うけどさ、直属の上司はヴァン師匠なんだろ」
「確かに、ルークの言う通りですね。私も部下の失態を謝罪したことは何度かありますし」
なるほど、責任問題か。
特に上下関係の厳しい軍隊内部では重要問題のひとつでもある。ジェイドは第三師団を束ねる師団長であり、皇帝の懐刀であることから実際の作戦行動にはかなり自身の裁量が許されている。故に、己の命令には責任を持って当たらねばならない。部下の生命、国民の生命、果てはマルクトの未来とピオニーの首すらも掛かるものだから。
それを分かっているから、ルークの言葉の意味も理解出来た。
「え、あるんですかぁ?」
「そりゃありますよ。私はおっさんで師団長ですから、責任重大なんです」
死霊使いの謝罪、という状況をまるで想像出来ないらしいアニスが目を丸くするのに、ジェイドは苦笑しつつ答えた。顔には出さないように、思考を巡らせながら。
──このルークは、違う。
『記憶』の中で、自分に責任はないと泣き叫んだ幼子。
目の前で、敬愛すべき剣の師の責任について疑問を呈する幼子。
この差異が何処に発端を持つのか、ジェイドには分からない。
ジェイドの『記憶』が生んだ歪みなのか、別の何かか。
あるいは、本来ルークが持っていた素質なのか。
「……っ」
ちくり、と左の肩が痛んだ。思わず顔をしかめると、それに気づいたのかルークが覗き込んでくる。
「ジェイド、やっぱ痛むのか? 無理すんなって」
「大丈夫ですよ」
笑って答える。思わず抱え込んでいた肩から手を外し、ぽんぽんと少年の頭を軽く叩いてやるとルークは「俺は子どもじゃねえ」とふくれっ面になる。本気で怒られる前に、ここは逃げようとジェイドは決めた。
「あ、キムラスカに入る前に新しい軍服貰ってきますね。さすがに繕ったものだと、インゴベルト陛下に失礼ですし」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
突然そんなことを言われ、反射的に送り出す言葉を返してしまったルークに手を振り、ジェイドは素早く部屋を出た。マルクト軍の駐屯地に行けば、いくらか予備が置いてあるだろう。
青い背中が視界から消えるのを、ルークは目を丸くしたまま見つめていた。それから、ぺたんと椅子に腰を下ろす。他の仲間たちは既に茶を飲んでくつろいでいたり、アニスとイオンは仲良く会話を交わしていたりと休息に入っているのが分かった。
「……なー、ブタザル」
足元の青い毛玉をひょいと持ち上げて膝の上に置いた。軽く頭を撫でると気持ちいいのか、ミュウは大きな目を細めてすり寄ってくる。
「何ですの? ご主人様」
「……何でもねーや」
軽く指先を立てて背中を掻いてやる。これもまた気持ちいいらしく、にこっと笑って自分を見上げてくるミュウを、ルークはただ撫で続けた。
「…………ご主人様、ジェイドさんが痛いの、いやですの?」
不意に、チーグルの仔はそんなことを聞いてきた。何故かは分からないがその瞬間、まるで自分の心を見透かされたようにルークはびくりと身体を震わせる。
「……るせぇ」
「みゅっ!?」
撫でていた小さな身体をぎゅっと押さえつけると、くぐもった声が手の下から響く。そのまま乱暴に撫で続けるルークの脳裏に浮かぶのは、青と赤。
青い軍服が繕われたものであるのは、ルークの目の前で切り裂かれたから。
その持ち主は、ついさっき傷跡を押さえて……それでも「大丈夫」と笑った。
本当は、とても痛かっただろうに。
「誰が痛いのだって、いやだ」
ぎゅ、とミュウを抱きしめながら呟く。ミュウは主の顔を見上げてから、その腕にすりと頬を寄せた。
「……ヴァンデスデルカ」
宿を出て外の空気を吸いながら、ガイはかつての配下の真名を呟いた。
自分と、『盾』であるペールと、『剣』であるヴァン。
ホド崩落後、如何なる巡り合わせか仇であるファブレの家で再会することとなった、ホドの生存者たち。
ファブレへの……ひいてはキムラスカへの復讐を誓った同志。そのはずだった。
しかし時は流れ、ガイ自身とペールは復讐の念が薄れつつある。その根底にあるのが誘拐され、過去を全て失ったファブレの嫡男ルークであることを、ガイは否定しない。
だからこそガイは復讐とは別としてルークを育て、慈しみ、守ると決めた。ペールもまたファブレの屋敷に花を咲かせ、ルークの心を慰めることを選んだ。
だが、ヴァンは。
剣を教え、優しい言葉でルークの心に取り入りながら時折、冷たい視線で少年を射る。それはまるで、使い捨ての道具を見るような目で。
「復讐など意味がない、と言ってやればよかったか……けど、あいつは何を考えてやがる」
かちりと鳴らした鯉口の音に、未だ誰にも聞かれるわけにはいかない独り言を重ねた。
PREV BACK NEXT