紅瞳の秘預言09 襲撃

「……っ!」
「ルークっ!?」

 即座に伸ばされたガイの腕に捕まることで何とか持ちこたえたが、それでもルークは顔を上げられなかった。

「……何で」

 封印術の光に囚われて、力を失っていく姿。

「何でだよ……」

 腕の中で荒い息を吐く、軽い身体。

「何であいつばっか、んな目に会うんだよ」

 だらりと力なくぶら下がった、青い腕。


 ──守ります。


 泣きそうな、真紅の瞳。

「……ざけんな」

 無理矢理に上げられたルークの顔は、怒りに満ちていた。それは、ルークを支えていたガイが一瞬足を引きかけるほど。
 そのガイの腕をそっと外し、ルークは自分の両足で大地を踏みしめた。ぎりと奥歯に力を入れて、自分を見つめている目をまっすぐに見返す。

「コーラル城に行く。このまま守られてばかりなんて、俺は納得出来ねえ。それに、行ったら何か思い出すかもしれねえし」

 ぐっと拳を握って、ルークは自身の意志を言葉にした。その拳にぽんとガイの手が乗せられたのに驚いて顔を上げると、微笑んでいる青年と視線が交わった。

「分かった分かった。なら俺も行く、旦那には世話になってるしな」
「むう。さすがに大佐放ってっちゃったらアニスちゃん、気分悪いですぅ」

 背中に負っているトクナガの位置を直しながら、アニスがふて腐れた顔で続く。そうして、緑の髪の少年に視線を移した。

「イオン様はどうしますかぁ?」
「僕は、ルークについて行きたいです」

 にこっと微笑んで、イオンはするりとルークの腕を取った。足元に歩み寄ってきたチーグルを胸元に抱きかかえ、ティアも頷く。

「……行きましょう。大佐が心配だわ」
「みゅみゅ! それでは皆さんで、コーラル城へ出発ですのー!」

 威勢の良いミュウの声と共に、その場にいる全員が大きく頷いた。


「ぐっ!」

 どす、と鈍い音がして、ジェイドの身体が石造りの床に転がった。からから、と音がして、端正な顔を離れた譜業眼鏡が離れたところでぴたりと止まる。
 拘束こそはされていないものの、治りかけの傷を魔物の鈎爪に痛めつけられた結果ろくに抵抗することも出来ない彼の首を、緑の髪を持つ少年の手が鷲掴みにした。

「ん、くっ……」
「ちょっとシンク! やめなさいってば!」
「ほらほら。あんたが造り出した出来損ないにいたぶられてる気分はどうだい? バルフォア博士」

 背後から、情けない声を彼なりに必死に張り上げるディストを肩越しにちらと見ながら、シンクと呼ばれた少年は口の端を楽しそうに歪めた。
 六神将、『烈風のシンク』。2年前に死したオリジナルの導師イオンから生み出された、5人目のレプリカ。
 譜術よりも身体能力に優れた彼の力は、片手でジェイドを軽々と釣り上げるほど。無論身長差があるせいで足が床から離れるまでには至らないが、左の肩をじくじくと苛む傷のせいでほとんど身体に力の入らない状態であるジェイドには同じことだ。
 それでも彼は少年の仮面を見下ろすと、普段のように表情のない笑みを顔面に貼り付けてみせた。

「……良くはないですね。まったく、貴方を教育した人の顔を見てみたいものですよ」
「あはは。なら連れてってあげようか? その方が面倒が無くていいや。総長があんたをどう扱うか見物だね」
「ジェイド!」

 仮面に隠された下で、シンクは眼を細める。そのまま軽く腕を振ると、古びた石の壁にジェイドは背中から叩きつけられる。悲鳴のひとつも上げずに崩れ落ちたジェイドの姿に、ディストが悲鳴を上げた。譜業椅子のまま2人の間に割り込み、どこか怯えた表情のまま必死でシンクを睨み付ける。

「シンクっ、貴方ねえ!」
「うるさいなあ。その気になれば、あんたなんていつでも殺せるんだよ? めんどくさいからやらないだけで」
「わ、分かってますよっ!」

 軽く仮面をずらし、その下から睨み付けてやればすぐに大人しくなるディスト。それでもジェイドの前から動こうとしない椅子にシンクはちっと舌を打ち、がつっと爪先で椅子を蹴ってやった。

「殺さないだけありがたく思ってよ? ディストも、死霊使いも」
「ええ、ありがたく思っておきます。私が貴方にお仕置き出来る機会を与えてくれたことにね」

 少年の冷たい物言いに、ディストの背後からさらに冷徹な答えが返ってくる。慌ててディストが振り返ると、壁にもたれたままのジェイドがいつもの微笑を浮かべていた。「何だって!」と踏み込んできそうになったシンクに半ば体当たりするように椅子を動かし、ディストは必死でジェイドの盾になる。

「まったくもう! いい加減にしてくださいよね、ジェイドが死んじゃったら私泣きますよ!」
「そんで鼻水垂らすの? あー汚ない。そんなに大事なら、宝箱の中にでもしまって鍵かけておくんだね」

 普段はここまで必死な形相を浮かべることのない譜業博士に、さすがのシンクも根負けしたらしい。肩をすくめ、背を向けた。視線の先に止まったジェイドの眼鏡を拾い上げ、ほんの僅か唇の端を歪める。

「と、とりあえず連中の足止めはお願いしましたよ!?」
「はいはい。アッシュも面倒な用事言いつけてくれたよ、ほんとに」

 とん、と床を蹴り、あっという間に小さな姿は部屋の外へと駆け出していった。その後ろ姿が見えなくなってすぐ、ディストは椅子から飛び降りた。情けなく転んでしまい、泣きべそをかきつつジェイドのところまで走り寄る。

「だだだ大丈夫ですかジェイド……ごめんなさい、痛かったでしょう?」
「大丈夫ですよ。サフィール」

 ディストがそおっと抱え起こすと、笑みを浮かべたジェイドがその名前を呼んた。こう言うときのジェイドは自分を利用して何事かを起こそうとしているのだ、とディストには分かっていたけれど、それでも真の名を優しく呼んでくれたことが嬉しくてしょうがない。

「ジェイドぉ……」


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