紅瞳の秘預言10 廃墟
「まあとにかく、来て貰って悪いけどあんたたちにはしばらくここで遊んで貰うよ」
左の手に持っていた、シンクの手にすら隠れるくらい小さなスイッチを押す。と、周囲の彫像たちが一斉に軋みを上げて動き始めた。外見こそ古い彫像を模してはいるが、これはただの調度品ではない。元々この城に存在していた警護用譜術人形を元にした、ディストの手になる譜業人形たちだ。まあ、本人に言わせてみれば失敗作なのだそうだが。
「譜業人形っ!?」
「事情で部下を使う訳にはいかないんでね。こんなのが相手で失礼するよ。そーら、行けよっ!」
軽く手を振って号令を掛けてやると、人形たちは一斉にルークたちへと襲いかかった。ディストによれば、自分たちとレプリカ以外を狙うように行動を組んであるのだというが……確かにその通り、ルークとイオンは狙ってないようだ。第七音素の感知機能でも仕込んであるのだろうか。
もっとも、それをルークたちが知る術はない。
「ったく、面倒だなっ!」
「まあ言うなよな。相手が譜業なだけ気も楽だろ?」
「確かに……っ!」
ガイに指摘された通り、人間相手でないだけルークもまだ剣を振るいやすい。頷きつつ、1機を力任せにルークが叩き斬った。その背を守るように動き、別の1機の関節部をガイが切り裂く。
「トクナガの兄弟なのかなあ。あーもうディストってば!」
ぶっとばしたろかあの根暗、とルークに聞こえないように呟きながら、さらに別の人形をその台座ごとトクナガで押しつぶすアニス。ティアはイオンを背後に守りながら詠唱し、彼らの傷を次々に癒しながら自らもナイフを投げ人形の動きを止める。
そのうち、砕けた人形が障害物となりルークが孤立する形となった。
「あらよっと」
頃良しと見たか、仮面の下の眼を細めてシンクが床を蹴った。ルークを追おうとするガイの、頭部を狙って蹴りを放つ。
「くっ!」
「へっ、さすがに反応いいね!」
とっさに剣で受け止められたが、逆にその刃を足場にして宙を舞う。が、構え直したガイの刃が見えて空中で身体を捻り、無理矢理落下軌道をねじ曲げた。数瞬前に気づいたためか、切っ先に服の一部を裂かれただけで済む。
「ほーらほらほら。そんなへっぴり腰で僕たちに勝てると思ってんの? 情けない」
着地したのは、ルークと彼以外を分かつ壁となった障害物の上。自分の背後にいるルークは目前の人形に気を取られ、シンクに目を向けている暇もない。
と、そのルークの視界をかすめるように、ちらりと影が映った。奥から顔を覗かせているのは、ライガとその背中に乗ったアリエッタ。瞬間、襲いかかられた時の記憶が蘇る。
「アリエッタ! 待てぇっ!」
「あ、ちょ、ルーク様ぁ!」
「ルーク!」
すっと壁の向こうに消えたピンク色の髪を追い、ルークが駆け出す。アニスを乗せたトクナガが突進しようとするが、障害物と未だ生き残っている人形が邪魔をして動けない。イオンと、彼を守って後衛にいるティアはなおさら無理だ。
「こ、こらルーク! 単独行動は……っ!」
一番近いところにいたガイが駆け寄ろうとするが、その前にシンクが立ち塞がる。とんとんと床を蹴り、いつでも飛びかかれるように身構えながら吐き出すように叫んだ。
「あははっ。あんな出来損ない、放っておけばいいのにさ。みんな何考えてんだろうねっ!」
ああ、この僕自身だって出来損ないだからね。
ほんと、放っておいてほしかったよ。ヴァンの奴。
一方。
走ってきたルークは、曲がり角のすぐ向こうでライガと鉢合わせした。慌てて立ち止まると、少女の声がその横から流れてくる。
「ルーク。来てくれてありがとう、です」
追いかけてきた相手にいきなり礼を言われ、ルークは目を白黒させた。ライガの横に立っているアリエッタは、人形をぎゅっと抱きしめたままじーっとルークを見つめている。
「え、いややっぱり、来ねえと拙いだろ……って、いやそうじゃなくって」
一瞬気を抜かれたが、慌てて剣を構え直しながら意識を引き戻す。自分たちがこのコーラル城に来たのは、さらわれた仲間を取り返すためなのだから。
例えそれが、ルークをおびき寄せる罠だとしても。
「ジェイドはどうした! お前知ってんだろ!」
自身を呼ぶために囚われた軍人の名を上げ、ルークはアリエッタを睨み付けた。切っ先が小刻みに震えているのは、やはり相手が人間だからだろうか。
「ジェイドは、ディストのところです。そこまで、アリエッタが、案内します」
構えた剣にも、ライガが共にいるせいかアリエッタは動じない。淡々と答える少女に、ルークは気合いをそがれたかのように切っ先を下ろした。鞘に収めないのは、まだ相手に対する敵意が抜け切れた訳ではないから。
「ディスト、ジェイド大事です。だからひどいことしません。大丈夫」
「あー……まあ、そりゃ何となく分かる」
アリエッタの言葉に、思わずルークは頷いた。
意識の無いジェイドを抱きしめるディストの表情はそれは幸せそうな顔をしていて、人質を捕らえた誘拐犯というよりは宝物を手に入れた子ども、といった感じだった。
てくてくと連れだって城の中を歩きながら、ふとアリエッタがルークの顔を見た。しばらくどうしようか悩んでいた風だったが、思い切って口を開く。
「……ルークは優しいって、ママから聞きました」
「ママ?」
きょとんと目を見開き、アリエッタの顔を見るルーク。彼女のような、ルークから見て幼く見える少女の母親に心当たりはあまりない。思い出すのはエンゲーブにいたローズ夫人だが、彼女の娘だとしてアリエッタがこのような性格に成長するはずはないだろう、とルークには思える。
そんな疑問を顔に浮かべているルークに気づき、アリエッタはにこっと笑った。そう言えばヴァンが、普通はライガの親を持つ人間の子どもはいないと言っていたことを思い出したのだ。
「この子たち、兄弟です。ママのところで、一緒に育ちました」
ぽん、と自分に寄り添っているライガの頭に手を置く。そのまま撫でてやると、魔物はぐると小さく喉を鳴らして喜んだ。
「この子たちって、ライガだろ…………え?」
ルークの方は、ライガを兄弟と呼んだアリエッタの言葉を一瞬理解しかねた。何度か目を瞬かせ、ようやっと言葉の意味だけを理解して……その本来意味するところに気づくにはさらに数歩の歩みを必要とした。
「も、もしかして、まさかとは思うけど、お前のママって」
「棲んでた森が燃えて、チーグルの森に移りました」
アリエッタの言葉が、ルークが理解した意味を肯定する、ということに気づくのにまた数歩。ぴた、と足を止めてしまい、ルークは少女を振り返った。
「……じゃあ、ライガの女王が、アリエッタの……」
「ママです。アリエッタ、ヴァン総長に会うまでママに育てられました」
こくん、と頷くアリエッタ。その瞬間ルークは、そういうこともあるんだと納得すると同時に、本当に良かったと思った。この際、ライガが人の子を育てるという事実が存在するのかなどという小難しい疑問は彼の中には存在しない。
そうして思い出すのは、ジェイドがライガの女王を脅迫するという形ではあったけれど説得してくれたこと。
ルーク自身の言葉を、女王がきちんと聞き届けてくれたこと。
子どもたちの母親を奪わないで良かった、という安心感が、ルークの中に広がった。
だってほら、娘が喜んでいるじゃないか。
「ルーク、ママと弟や妹たち、助けてくれました。ママ、とても感謝してます。アリエッタも、嬉しいです。ありがとう」
たどたどしい言葉遣いも、ライガに育てられたというのであれば納得出来た。ルークは真っ白な状態から言語を叩き込まれたため現在では普通に言葉を話すことが出来るが、ライガと共に育ったアリエッタは先に魔物の言葉を習得してしまっていたために、文法なども異なるであろう人間の言葉は操りにくいのだろう。
「そっか。……そういやあの後、ちゃんと卵孵ったのかな?」
「……新しい弟や妹、新しい森で、元気に生まれました。ルークにお礼、してくださいって言われました」
「そうか! そりゃよかった」
ルークたちが森を出た後、女王がどうしているかは少しばかり気になっていた。だから、アリエッタの言葉を聞いて胸を撫で下ろす。 死なせずに済んで良かった、と心の底から喜ぶルークの笑顔を、アリエッタも嬉しそうに見ていた。が、ふとその顔を曇らせると、頭をぺこりと下げる。
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