紅瞳の秘預言15 王都

 ルークを先頭に一行が降り立ったバチカルの港には、赤い軍服を纏いキムラスカの兵士を引き連れた2人の将軍が待ち受けていた。
 1人は禿頭の威厳のある男性、1人はどこかガイにも似た金の髪の女性。
 『記憶』の中からジェイドが2人の名を掘り起こすよりも先に、男性の方が先頭に立つルークに向かい恭しく頭を下げた。

「お初にお目にかかります、ルーク様。キムラスカ・ランバルディア王国軍第一師団師団長ゴールドバーグと申します。このたびは、無事のご帰国おめでとうございます」
「うん、ありがとう。お出迎えご苦労さん」

 ルークがにこっと笑いながら答えると、ゴールドバーグと名乗った将軍は踵を揃えた姿勢のままくるりと少年の同行者たちを見渡した。中でも、キムラスカの中枢にあって青いマルクトの軍服を身に纏っているジェイドに、しばらく視線が吸い付けられたようだ。
 眼を細め小さく頷いて、ゴールドバーグは口を開いた。

「アルマンダイン伯爵より鳩が届いております。マルクト帝国より和平の使者が同行しておられるとのことですが」
「ああ。えーとイオンと、それから……」

 緑の髪の少年を振り返ったルークに、少年は柔らかな笑みを浮かべてみせた。そのままルークの横を通り、ゴールドバーグの前に立つ。当たり前のように従っているアニスを一歩後ろに置き、イオンは胸に手を当てた。

「ローレライ教団導師、イオンです。マルクト帝国皇帝ピオニー9世陛下より和平交渉の仲介要請を受け、親書をお持ちしました。国王インゴベルト6世陛下への取り次ぎを願います」
「無論であります」

 ぴしり、と完璧なキムラスカ式敬礼を見せるゴールドバーグ。下ろされた手は、隣に立つ金髪の女性将軍を紹介するために差し伸べられた。

「皆様におかれましては、このセシル将軍が責任を持って城へお連れいたします」
「ジョゼット・セシル少将であります。よろしくお願いいたします」

 ゴールドバーグ同様完璧な敬礼を見せた彼女を見て、一瞬ガイが怯んだのをジェイドは視界の端で確認していた。
 セシル。
 その姓は、現在ガイが使っているもの。元は母親ユージェニーの姓でもある。そのユージェニーは、今目の前にいるジョゼットの叔母である……と『記憶』の中でガイから聞いたことをジェイドは覚えている。
 ガイとどこか似た容貌を持っているのは当たり前、彼女はガイの従姉に当たる存在なのだ。もっとも彼女は、よもや従弟であるガイラルディアがホド崩落から生き延び、好青年に成長して眼前に立っているなどとは気づくまい。もし面識があったとしても、ホドが消えるより以前の容姿しかジョゼットは知らないだろう。それから既に15年が経ち、成人の儀も済ませた従弟を認識しろと言われてもそれは無理な相談だ。──ガルディオスを滅ぼしたファブレ公爵ですら、使用人として雇い入れたガイをその嫡子だと認識出来なかったのだから。

「……自分はガイと申します。ルーク様の使用人です」

 ややかすれた声で、ガイは名を名乗った。二度の初対面時でもそうだったが、こう言うときガイは姓を名乗ることをしない。自身の素性がばれるのを恐れてだろう。今回は眼前にいる彼女と同じ姓であるから、余計に。

「ローレライ教団神託の盾騎士団情報部第一部隊所属、ティア・グランツ響長であります」
「ローレライ教団神託の盾騎士団導師守護役所属、アニス・タトリン奏長です」

 続けて、神託の盾所属の2人が名乗る。最後にジェイドがゆっくりと一歩踏み出し、マルクト式の敬礼をしてから名を口にした。

「マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です。陛下の名代として参りました」
「……貴公が、かのカーティス大佐か」

 瞬間、キムラスカの赤い軍服を纏った2人の顔が歪んだ。この優男1人のためにキムラスカ軍は多大な損害を得ているのだ、無理も無い反応だろう。
 それに、敵地の懐深くに踏み込みながら涼やかに笑むこの男は、戦場で敵味方関係無く骸を漁り操ると噂される『死霊使い』。その名を耳にした大多数の人間は、彼らと同じように顔を歪めるに違いない。

「ケセドニア北部の戦いでは、セシル将軍に苦戦を強いられました」

 それを知っているからこそジェイドは穏やかな笑みを崩すこともせず、淡々と言葉を紡ぐ。く、と一瞬息を飲み、ジョゼットは意識的にジェイドの顔を見ないようにしながら答えた。

「ご冗談を。私の部隊はほぼ壊滅状態でした」
「アルマンダイン伯からの文にありましたが、まさかと思っておりました。皇帝の懐刀と名高い大佐が名代として来られるとは……マルクトも本気ということですな」
「事態はホド戦争開戦前よりも厳しくなっております。こちらとしても本気にならざるを得ません」

 ゴールドバーグの視線を真正面から受けて、ジェイドは笑みを消した。冷たく光る真紅の瞳が、2人の将軍の動きを一瞬止める。
 が、ゴールドバーグの方はさすがというかすぐに気を取り直し、突っ立ったままのルークに向き直った。

「確かに。では、ルーク様は私どもバチカル守護隊と共にお屋敷へお戻りくださいませ。公爵ご夫妻がルーク様のお帰りをお待ちかねでございます」
「あ、いや、待ってくれ」

 将軍の申し出を、片手を挙げて押し止めるルーク。訝しげに眉を歪めたゴールドバーグを、朱赤の髪の少年はまっすぐ見つめ口を開いた。

「確かに父上や母上にも一刻も早く会いたいよ。だけど、イオンとジェイドに頼まれて伯父上への取り次ぎを約束したのは俺なんだ。だから、俺が責任を持って城へ連れて行く」

 とん、と自分の胸を叩きルークは主張する。半ば強制したとはいえ、確かにルークは2人とインゴベルトの間を取りなすと約束した。この少年が己の責任をはっきりと理解していることにジェイドは、ほっと息を漏らした。
 『記憶』の中のルークがこの時点で、どういった考えから自分たちを王城まで案内すると申し出たのかは分からない。けれど、目の前で生きているこのルークは少なくとも、本当に自身の責任として案内することを望んでいる。

「……とはいえ、俺はバチカルの街を歩いたことが無いんだよな。だから、城まで案内を頼みたい」
「は……はっ」

 直後、肩をすくめて言葉を付け足した少年には、皆一様にくすりと笑みをこぼした。さすがにゴールドバーグは、ルークの軟禁について知っていたようだ。ジョゼットは……どうかは分からない。その端麗な容貌は一瞬眼を細めただけで、ほとんど崩れることが無かったから。そんな表情もガイと良く似ている、とジェイドは感じた。

「……承知いたしました。では、セシル将軍に城までの案内とファブレ家への伝達を頼むことに致しましょう」
「分かりました。最上層までご一緒させていただきます」

 ゴールドバーグの視線を受け、ジョゼットは小さく頷いた。ちらりと向けられた視線の鋭さに、ジェイドは苦笑を浮かべる。

 私の監視役ですかね。まあ、当然でしょうが。

 ジョゼットの視線を受け流し、涼しい顔のままのジェイドを見上げてからルークはにっこりと笑った。ジョゼットに視線を向け直し、小さく頷いて言葉を紡ぐ。

「うん。悪いけど頼むな」
「は。ではご案内いたします」

 ぴしりと敬礼を見せ、ジョゼットはくるりと振り向いて歩き出した。そのすぐ後をルークが追い、同行者たちもぞろぞろと後ろについて歩き出す。すれ違うときにゴールドバーグやその部下であろう兵士たちの鋭い視線がジェイドに突きつけられたが、ジェイドは敢えてその視線を無視する。
 イオンがとことこと早足に駆け寄ってルークに肩を並べ、楽しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます、ルーク。貴方がついていてくれると心強い」
「ん、いや、やっぱり約束したことだからさ。ちゃんと守らないと」
「それでも助かります。ほんとうにありがとう、ルーク」


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