紅瞳の秘預言16 謁見

 ルークを先頭に一行は門をくぐり、城の中へと入る。広間のようなホールを抜け、階段を上がって進んでいくと見張りらしい兵士がルークたちの前に立った。彼の背後にある大きな扉の向こうが、『記憶』の中でジェイドが何度か通ったことのある謁見の間だ。もっとも、今の世界では初めての訪問となる。

「お待ちください。只今大詠師モースが陛下に謁見中です」
「モース様が?」

 ローレライ教団ナンバー2の地位にあるその名を聞き、ティアが眉をひそめた。イオンも僅かに不機嫌そうな表情を浮かべ、ルークに視線を向ける。そのルークはガイ、次いでジェイドと軽く視線を合わせ、それから頷いた。アニスだけは、目を伏せて悲痛な表情を浮かべている。
 彼女は両親を盾に取られ、イオンの動向をモースに伝えるスパイの役割を押し付けられている。
 ディストに渡した音譜盤にその事実は入力してあるけれど、あれはそこまで気を回すだろうかとジェイドは僅かに目を伏せた。自身が望んでいることなら全て、銀髪の学者は叶えようとしていることに彼は気づきもしない。

「伯父上に何か吹き込んでんじゃねえだろうな。入るぞ」

 一方ルークは、ぐいと兵士を押しのけようとした。しかし、この兵士も謁見の間という重要な場を守護するために選ばれている。だんと足を広げ、ルークの行く手を阻むのは彼の任務としては当然のことだった。だが、今日ばかりは相手が悪かった。

「お、お待ちを! 許可無く入室することは厳しく禁じられております!」
「構うか、下がれ! 俺はファブレ公爵の息子のルークだ。連れはローレライ教団の導師と、マルクトのジェイド・カーティスだぞ! 文句があるなら後で言いに来い!」
「ジェイド……ま、まさか『死霊使い』っ!?」
「危急の用件です。失礼します」

 公爵子息、教団導師、そして悪名高き『死霊使い』。その名を一度に並べられ、兵士は思わず全身を硬直させて後ずさった。イオンが済まなそうに頭を下げながら、ルークを追う。

「お役目ご苦労様です」

 少年たちの後に続いたジェイドが微笑みながらと声を掛けると、ひっと小さく悲鳴を上げられた。マルクトの軍服を着ているのは彼だけだから、『死霊使い』が誰であるかその兵士にも一目瞭然だったのだろう。腰を抜かさなかっただけ、彼はまだ肝が据わっていたようだ。

「……無茶するわね、ルーク」

 朱赤の髪を追って駆け寄ったティアが、小声で少しばかりきつめにたしなめた。だが、少年の方は軽く頬を膨らませながら反論する。

「モースが戦争させたがってんなら、緊急事態だろ」
「それはそうだけど……」
「うはあ、ルーク様ぱわふるです〜」

 思わず口を閉ざしてしまったティア。冷や汗をかきながら、最後尾を歩いてくるアニスが呟く。「言ってろ」と溜息混じりに答えながらルークは、目の前の扉を勢い良く開いた。

 入口の扉から見て真正面に据え付けられた、3つの玉座。そのうち、今人が座しているのは中央にあるものだけ。即ち、その人物こそがキムラスカ・ランバルディア王国を統べる国王、インゴベルト6世。
 周囲に政府高官たちが居並ぶ中、インゴベルトの前には僧服を纏った恰幅の良い男がいる。あれがローレライ教団の実権を握っている、大詠師モースその人。

「……マルクト帝国は、首都グランコクマの防衛を強化しております。エンゲーブを補給拠点として、セントビナーまで……」

 そのモースが滔々と宣っている言葉を、ルークは「嘘つけ!」という一喝で止めた。つかつかと邪魔する者を突き飛ばさんばかりの勢いで歩み寄り王の前に立つと、無礼を承知でモースに指を突きつけた。ひっ、と怯むモースの声が、情けなく謁見の間に響く。

「こいつの言ってることはでたらめだ! 俺は自分の目でマルクトの街を見てきたけど、どこも平和でキムラスカとの戦争の準備なんかしてねえぞ!」
「無礼者! 誰の許しを得て……」
「お前こそ無礼だろうが! 髪の色で気づけっての!」

 王の横に立つ人物……内務大臣の叱咤の声に、己の長い朱赤の髪を掻き上げながら少年は負けじと叫び返す。その言葉で、周囲の高官たちがはっとルークの髪の色を見つめた。
 キムラスカ王族にのみ発現するという、焔の色の髪。王女ナタリアも持ち得ない、燃える色の髪を持つこの少年……外見的には青年である彼の正体をいち早く見抜いたのは、この場で最も高い位を持つ者……即ち、キムラスカ国王インゴベルト6世であった。

「そなたは……よもやルーク、か? シュザンヌの子の」
「はい、伯父上。ルーク・フォン・ファブレ、ついさっきバチカルに帰還した。連絡はアルマンダイン伯爵から届いてるはずだよな」

 物怖じもせず、ルークは直接には初めて会う国王に相対する。その彼を追うように同行者たちも足早に歩み寄った。その中でティアが、声を張り上げる。

「大詠師モース様! 恐れながら申し上げます。虚偽の報告はおやめください! 1つの虚偽が元で全ての信頼を失うということくらい、貴方ならお分かりでしょう」
「てぃ、ティア・グランツか! お前は私の命令を無視して、何処をほっつき歩いておったのだ!」

 自身の直属の部下である少女にたしなめられ、モースは怯みながらも必死で自分を建て直そうとする。が、ティアもまたルークに倣い、胸を張りまっすぐに己の上司を見つめた。

「お言葉ですが、自分は命じられた調査は行っておりました。極秘任務とのことでしたので、これまで連絡を取ることも叶いませんでした。それについては謝罪させていただきます……ですが、今は自分の任務について触れている場合では無いようですが?」
「何を……」
「モース、貴方はしばらく黙っていてください。ローレライ教団の名に泥を塗る気ですか」

 ティアの毅然とした言葉、そしてイオンの凛とした声が、モースの動きを止めた。ぎり、という歯ぎしりの音が、ルークの耳に届いたような気がする。最後尾にいたアニスが口元を歪め、他人には聞こえない声でざまあみろカエル面、と呟いた。

「くっ」

 渋々引き下がるモース。ルークたちの背を守るように立っているジェイドがちらりと視線を向けると、彼と目が合った。慌ててぷいと顔を背けるあたり、『死霊使い』がバチカルに向かっているという情報はきちんと把握していたようだ。

 今の世界では、人として生を全う出来るといいですね。

 『記憶』の中では人の姿と正気を失い、それでも預言の遵守を求め続けたあげくに壊れて滅んだ大詠師。愚か者ではあるけれど、ひとつの信念を貫いたその生にジェイドは畏敬の念を抱いていた。
 だからこそ、せめてこの世界では人のまま生き抜いて欲しいと願う。あの世界で彼を狂わせたのはディストであったから、ほんの少しその願いには近づいているのだろうけれど。

「……して、ルークよ。そなたの言葉は真か」

 気を取り直したかのように姿勢を正したインゴベルトが、ルークに問うた。少年は「はい」と大きく頷いて、言葉を繋ぐ。

「グランコクマには近づいてないけど、エンゲーブやセントビナーには行った。みんな平和に日々を過ごしていたし、セントビナーはちょっと緊張してたけどそれは、神託の盾六神将がイオンの邪魔をしようとしてマルクトの艦を襲ったからだ。それだけじゃねえ、俺が和平交渉の使者を連れてバチカルに帰ってくるのを、六神将全員で邪魔してきやがった」
「何と!?」

 ざわりと高官たちがどよめいた。モースの顔が露骨に歪み、口を開こうとする。が、その前に凛とした少年とも少女ともつかない声が広い室内に響いた。

「お久しぶりです、インゴベルト陛下」

 かつ、と音叉を象った杖を突き、ゆっくりと歩み出たのは森の色の髪を持つ少年。未だ幼い子どもでありながら、その第七音素を操る力と秘預言をも読み解くことの出来る能力でローレライ教団の最上位に位置する、導師イオンだった。

「おお、これは導師イオン。お久しゅうございますな……では、今のルークの言葉は」
「一言一句真実である、と始祖ユリアとローレライに誓いましょう」

 インゴベルトの問いかけに、イオンは自身の胸に手を当てまっすぐに王を見つめて答えた。そうして彼の横に居並ぶ高官たちをゆったりと見渡し、僅かに眼を細め言葉を続ける。

「神託の盾騎士団六神将……その全てが、マルクトとキムラスカの和平を成就させぬためにこの身を奪おうと襲撃してきました。私を守ろうと応戦してくださったマルクト帝国軍第三師団に、死傷者が出ております」

 『マルクト帝国軍第三師団』という言葉に、場内がざわめいた。
 『死霊使い』ジェイド・カーティスを長に戴く第三師団の力は、長年の戦時下とその後の冷戦を経てキムラスカ国内にも最大の脅威として伝わっている。その第三師団に教団最高位であるはずの導師が護衛され、さらにその導師を奪取しようとした六神将との戦闘による死傷者が出ている、という事実。
 それはつまり、神託の盾騎士団がマルクトに対し、さらには導師イオンに対し牙を剥いたということに他ならない。
 だが、それはある意味神託の盾に対する侮辱とも取れる。実際にモースはそう受け取ったようで、だんと足を一歩踏み出し声を張り上げた。

「イオン様、お言葉を慎んでいただきましょうか。確かにセントビナーのマクガヴァン将軍からは抗議の書簡が届いておりますが、私は六神将にそのような命は下しておりません」
「みゅ! グレンさん、ほんとにお手紙書いてくれたですのー!」


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