紅瞳の秘預言16 謁見

「では、マルクト艦の襲撃についてはヴァン・グランツの独断と言うことでよいのだな? モース殿」

 インゴベルト王の私室には王と内務大臣、そしてモースの姿があった。それ以外に人影は無く、窓には鍵が掛けられた上に厚手のカーテンが引かれていた。そして3人がごくごく近い位置に顔を突き合わせていることから、これが極秘の会談なのだと言うことが知れる。

「ええ、それはもう。まったくあやつめ、ユリアの預言を何と心得ておるのか……アクゼリュスに着く前に『聖なる焔の光』が失われるようなことがあってはなりませぬのに」
「そなたの言、信じよう。しかし、次は無いとお覚えいただこう」
「承知しております」

 インゴベルトの非難するような言葉に、モースは深く頭を下げる。王が視線を向けると、内務大臣は軽く頭を下げた後手に持っていた書類に目を通し、そこに記された文字を読み始めた。

「ヴァン・グランツ謡将ですが、ルーク様のご帰還より2時間ほど後に港に到着したとの報告が入っております。六神将の掌握についてはローレライ教団側の管轄となりますが、ルーク様の消息不明について拉致疑惑を持たれております。そのため身柄を拘束し、王城地下牢に収容いたしました」
「お手数をおかけしました。……あれは預言の履行について必要な鍵の1つであります故、ルーク様とご同行の上アクゼリュスへ向かわせるがよろしいかと。身柄解放と引き替えであれば、当事者も否やは言いますまい」

 内務大臣の報告に、モースは頭を上げられないまま言葉を紡いだ。インゴベルトは手で自分の顎を撫でながら、そのモースに鋭い視線を投げかける。

「承知しておる。その点は手配済みだ。ルークに付き添っていたという、その者の妹はどうするつもりだ?」
「あれは我が直属の部下にございます。キムラスカの更なる繁栄の礎となる譜石を探索させておりますが、どうやらアクゼリュスにそれらしき譜石が存在する模様。故に、ルーク様の護衛として同行させる心づもりでございます」
「第七譜石か。欠片の1つも発見できれば、導師イオンに概略を詠んでいただけるのだが」
「御意にございます」

 小さく溜息を漏らしながらテーブルに肘をつくインゴベルトには気づかれぬよう、モースはうっすらと笑む。
 ティア・グランツ。ヴァンの妹であり第七音譜術士。そして第六師団師団長カンタビレの推薦によりモース直属の情報部隊に所属する音律士。
 モースは彼女に、その所在が今以て定かではない第七譜石を探索する任務を与えている。現在の所マルクト領内のエンゲーブとセントビナーには存在しないらしいことが報告として上がってきている。が、別ルートからアクゼリュスに存在する可能性が示唆されたため、モースは彼女を調査に向かわせる予定だ。
 彼らは、第七の譜石にはキムラスカが永劫に繁栄するための預言が刻まれていると信じて疑っていない。だからこそ、躍起になってその存在を探索している。マルクトに奪われたならば、キムラスカの繁栄が消え失せると信じて。
 インゴベルトが姿勢を正し、こほんと1つ咳をした。モースに視線を向け、どこか満足げに笑みを浮かべつつ口を開く。

「それにしてもモースよ。『死霊使い』封じの件については礼を申さねばならぬな。ああでもせねば、城下に留め置くなど恐ろしくて出来はせぬ」
「そうでございましょう? あれはキムラスカ繁栄のための大切な贄にございますが、同時に恐るべき爆弾でもございます。バチカルにおいては枷を掛け封じておかねばなりませぬ。負傷しておるとのことですが、手負いの獣ほど恐ろしいものは無い」

 にい、とモースは口の端を引いて笑った。
 ガイがやりすぎだ、と必死に否定しようとしていた推測は、ほぼ正解に等しいものであった。
 マルクト側の使者としてジェイドがバチカルを訪れると知ったキムラスカ上層部は、現在のダアトにおける実質上の支配者であるモースに相談を持ちかけた。これは無論、『聖なる焔の光』を贄に捧げることから始まる『キムラスカの未曾有の繁栄』を示した預言との関連に対するものだ。
 ピオニーからの親書には、アクゼリュスへの救援部隊要請について記されていた。これはルークを送り込むための理由には十分なり得るとモース、インゴベルトは共に判断した。しかし、それをきっかけにして2国間に和平が成立されると、モースの願う預言の遵守は成立しない。
 故にモースは彼らに対し、『死霊使い』の恐怖をことさらに増幅して語ってみせた。そして、ガイの危惧した『バチカルを内側から破壊する爆弾』としての可能性を彼らに語り、結果としてジェイドに過度の拘束を強要したのだ。さらに、マルクト側の贄として彼をアクゼリュスへ送り込むことも内定している。この辺りは、キムラスカ側はあずかり知らぬことだが、ジェイドが『記憶』を元に組み立てた推測とほぼ一致する。
 もっとも、戦時におけるジェイドの戦果を見る限りキムラスカ側の彼に対する恐怖心はやむを得ない部分がある。ジェイド自身それを理解していたからこそ、抵抗すること無く過剰な拘束を受け入れた。……よもや、モース言うところの『手負いの獣』の元に愛娘ナタリアが訪れているなどとは、王はまるで気づいていないのだが。
 唐突に、モースがぽんと手を打った。

「おお、そう言えば陛下。先日王室に関する預言を整理しておりましたところ、恐るべき預言が発見されました」
「何? それは一体」

 眉をひそめ上体を乗り出すインゴベルトに歩み寄り、その耳元でモースは囁いた。

「は、ナタリア王女殿下に関する預言でございます。是非とも内密にお願いいたしますぞ」


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