紅瞳の秘預言21 邂逅

「ご、ご無沙汰しています!」
「ほんとだね、元気そうで何より。アリエッタも一緒かい。そっちは導師守護役だったっけ?」
「うん。アリエッタ、イオン様の命令で、イオン様の護衛」
「は、はい。アニス・タトリンですっ」
「おう、元気の良い子だね。よろしく」
「みゅみゅ! ボクはミュウですの、カンタビレさん、よろしくですの!」
「おやまあ、チーグルまで一緒かい。ミュウか、よろしく」

 女性……カンタビレは、ティアに続いてアリエッタ、アニス、ミュウと気さくに会話を交わして行く。そして、視線が少女たちに守られているイオンに止まった。鋭い眼光がふっと弱められ、口元に女性らしい笑みが浮かぶ。

「導師、お久しゅう」
「ええ。お久しぶりです、カンタビレ」

 深く頭を垂れるカンタビレに、イオンはいつものように柔らかく微笑んで頷いた。顔を上げ、カンタビレはくるりと一同を見渡して肩をすくめる。

「ほんとに死霊使いとご一緒されてるとはね……ともあれ、ご無事で何より」

 隻眼がジェイドに向けられると、真紅の瞳は感情を浮かべないまま僅かに細められた。彼の前に立っていたルークが、慌てて一歩前に出る。相手が敵意を持たないことを知り、何とか会話に入ろうとしているようだ。

「あ、ええと俺たちは」
「知ってるよ、アクゼリュスに向かってる親善大使ご一行だろ。『聖なる焔の光』と『死霊使い』が一緒にいるんだから、あたしにだって分かるさ」

 ルークとジェイドを見比べながら、カンタビレはうんうんと何度か頷いた。その眼はもう一度全員の顔を一周し、終点をティアに定める。

「それよりさぁティア、あたしを彼らに紹介しておくれ。教団以外の面々とは初対面なんだしね」
「は、はい」

 慌てて頷いてから歩み出し、ティアはカンタビレの横に並んだ。少し身体を縮めるように立って、掌で自分が教官と呼んだ彼女を指し示す。

「えっと、リグレット教官と共に私を指導してくださったカンタビレ教官です。神託の盾騎士団第六師団の師団長を務めておられます」
「うは、師団長2人に指導受けてたんだ。ティアってエリートぉ」
「そ、そんなのじゃ無いのよ……」

 アニスの羨望の籠もった台詞に、ティアは余計に恐縮してしまう。その様子に苦笑を浮かべながら、ガイが口を開いた。

「ってことは、後ろの連中はあんたの部下か。それにしても、第六師団がどうしてここに?」
「ディストから頼まれたのさ。導師の護衛とアクゼリュスの救援に行ってくれって」
「またディストぉ? あいつ、何考えてんのー」
「主に幼馴染みの安全じゃないか? 私の、呼ばわりしてたからねえ」

 先ほどの表情からは一転、げんなりしたアニス。対照的にカンタビレの顔には、楽しくてたまらないと言う悪戯っ子のような笑みが浮かんでいる。その視線に晒されてジェイドは、疲れたように肩を落とした。

「……その呼び方はどうにかしていただきたいんですがねぇ。陛下共々」
「何だい死霊使い、あんた皇帝とディストで取り合いされてるのかい?」
「変な言い方しないでいただけますか。せめて『私の』の後に『友人』と入れて欲しいだけなんですよ」

 にやにや笑うカンタビレに、ジェイドは大げさに溜息をついてみせる。彼らの様子を見比べていたナタリアが、恐る恐る口を挟んで来た。

「あの、カーティス大佐……マルクトの皇帝陛下は、そちらのご趣味がおありでしたの?」
「ありません。ちゃんと女好きですからご心配無く」
「それはご心配無く、なのか? ……まあ皇帝陛下なんだから、跡継ぎ問題とかあるだろうしなあ」

 純粋故に単純なナタリアの疑問に、憮然として答えるジェイド。小さく溜息をつきながら髪を掻き回すガイの言葉に、ジェイドも同じように溜息をついた。

「そうなんですよ。ただ、初恋の相手を忘れられないせいでまだ独身なのですがね」
「独身?」

 その単語に、きらりとアニスの眼が光った。顎に手を当てて、どこか邪悪にも見える笑みをその幼い顔に浮かべる。くるくる変化する少女の表情は、見ていて楽しいものだと心の奥でジェイドは呟いた。
 もう、自分には縁遠い感情。

「と言うことは玉の輿も狙える!」
「私より1つ上ですから、30も半ばを過ぎていますよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、大佐の友達ならきっと若い!」
「どういう理由ですか、それは」

 このメンバーの中では一番付き合いが長いせいか、軽い言葉のやり取りが弾むように続く。最後にジェイドが小さく肩をすくめたところで、うんざりした顔のルークが割り込んで来た。

「腹黒の若作りってこったろ」
「なるほど。違い無い」

 彼の碧い、鋭い視線に睨み付けられながらジェイドは、それでも冷ややかに笑って見せた。
 温度のある視線など、望んでいない。

 親善大使一行の会話が途切れたところで、カンタビレはイオンに向き直った。その表情は真剣なもので、それに気づいたイオンも姿勢を正す。

「導師イオン。あたしは貴方の護衛もアクゼリュスの救援も嫌なわけじゃ無い。けれどあたしは神託の盾の師団長でね、上からの命令が無いと動きにくくてしょうがないのさ」
「なるほど。分かりました」

 胸に手を当てそこまで一気に言い切った黒衣の彼女の言葉に、導師はゆったりと頷いた。携えている杖の先端で軽く地面を叩くと、すっとカンタビレの長身が跪く。

「では、神託の盾騎士団第六師団、師団長カンタビレ。ローレライ教団導師として、貴方に命を下します。この僕を含む親善大使一行のアクゼリュス到着までの護衛、及びアクゼリュス住民の救援任務に就き、全力を尽くしてください」
「第六師団、拝命いたします」

 頭を垂れ、神妙な態度でカンタビレはイオンの命令を受け取った。立ち上がり、手招きして部下を数名呼ぶと手早く指示を飛ばす。それから彼女は、ジェイドに視線を向けた。

「第二小隊を直衛に付ける。それ以外の隊はあたしと共にアクゼリュスへ先行して、ディストに頼まれた通り住民を1人残らず街から引きずり出す。それで構わないかい? 死霊使い」
「ええ。ですが、何故私に?」

 微かに首を傾げながら問う『死霊使い』に、そんなことも分からないのかと言うような軽い嘲りの意味を込めてカンタビレは笑った。

「このメンツでまともに指揮出来そうなのが、あんたしかいないからね。他は全員まとめて若すぎる」

 そう言われれば、ジェイドにも納得は出来る。軍部隊の指揮経験がある人物は確かにジェイドただ1人であり、その他の未経験者に話を持ちかけるよりもカンタビレとしては話が早いだろう。

「なるほど。ディストから、他に指示は出ていますか?」

 頷いた後、ジェイドは声のボリュームを落とした。それに気づき、カンタビレの顔が耳のすぐ横にまで寄って来る。低く小さく、それでいてはっきりと聞き取れる声がジェイドの耳元に囁かれた。

「到着したら、まず第十四通路を封鎖しろってさ。問題は無いね?」
「はい。そこに至るまでの通路も人払いをお願いします。それと、救助した住民の皆さんは出来るだけ街から引き離してください」

 『記憶』の中に垣間見た鉱山の街の状況を思い出しながら、ジェイドは簡単に要請と言う名の指示を伝える。彼の言葉に何かを感じたのか、カンタビレの眼がすっと温度を失い細められた。

「何が起きる?」
「恐らくは、ホドの再来になるかと」
「止められないのかい」
「モースが黒幕です。手段を選ばないでしょう」
「くそったれが」

 カンタビレが身を引いた。右の拳を左の掌に叩きつけ、苦々しげに顔を歪める。ジェイドとの短い言葉のやり取りで、事情を察したのだろう。もしかしたらディストから渡された封書にいろいろと記されていたのかも知れないが、ジェイドにそれを知る由は無い。

「その前に住民も救援部隊も全部撤退させなきゃならないのかい? 面倒だねぇ……だからあいつはあたしの所に来たのか」
「トリガーを引くのはグランツ謡将です。出来るだけ彼が動けないように、お願い出来ますか。それで時間は稼げます」

 ちらりと真紅の眼で細められた隻眼を見つめ、ジェイドが言葉を紡ぐ。ぼりぼりと無造作に黒髪を掻き回しながらカンタビレは、「あたしはあいつの部下だからねえ」と愚痴をこぼすように答えた。だが、すぐに考え込む仕草を見せる。

「うーん……キムラスカかマルクトの軍部隊が来てくれりゃ助かるんだが、まあ何とかしてみるよ。うちの長所は人海戦術が使えるところだからね」
「お願いします」

 事実上の承諾。ほっとしたように同行者たちがよく知る穏やかな笑みを浮かべ、ジェイドは軽く頭を下げた。せめて崩壊までの時間を稼ぎ、その間に住民と救援部隊を避難させれば犠牲者の数は局限することが出来る。例えルークがアクゼリュスを崩落させるので無くとも、消える生命を減らせるのだ。

「マルクトからは第三師団が向かう手はずになっていますから、良かったら使ってください」
「あいよ。第三ってことはあんたの部下だね、使い甲斐がありそうだ」

 急にジェイドの表情が明るくなった理由は分からなかったけれど、それでもカンタビレは眼を細め頷いて見せた。空飛ぶ椅子を愛用するあの変人が、この軍人を気に掛けている理由が何となく理解出来たような気がする。


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