紅瞳の秘預言21 邂逅
「おい、いつまでぼそぼそ話してんだよ!」
ジェイドとカンタビレが2人だけで会話を交わしていることに苛立ったのか、ルークが声を張り上げた。そこでやっと、隻眼の女傑は赤毛の少年に気づいたかのように視線を向けた。
「おや、威勢の良いこと。ふうん、あんたが『聖なる焔の光』かい」
「え、あ、お、俺は……」
カンタビレの鋭い眼に見つめられて、ルークは思わず後ずさる。その目の前までつかつかと歩み寄り、カンタビレは無造作に少年の長い前髪をぐいと掻き上げた。そのままじーっと見つめ、一瞬だけにっこりと微笑む。
「何だい、アッシュと同じ顔って聞いたけど全然違うじゃないか。あんまり付き合いはないけどねぇ、あいつよりずーっと可愛げがある」
「だ、だって俺、あいつのレプリカだから……」
「あん? だからどうしたってのさ」
『同じ顔』と言う指摘を受けて急に萎縮してしまった少年の顔を覗き込み、彼女は呆れた表情をする。髪を掻き上げたままの手に力を込めて、量の多い赤をぐしゃぐしゃと思い切り掻き回した。
「言わなきゃそんなもん分かるかっての。それとも何かい、レプリカってのは特別な飯食わなきゃ駄目だとか、普通の治癒譜術じゃ傷が治らないとか、そう言った問題でもあるのかい?」
じとっとした眼が、ルークの視界に入る。「離せー」と喚きながら彼女の手を押さえようと腕を伸ばしていたルークだったが、問いを投げかけられてその動きがぴたりと止まった。
「い、いやそれは……無い、と、思うけど……」
「ルークは好き嫌いは多いけど、それは単純に好みの問題だしなあ」
「わ、馬鹿、言うなよガイ!」
そっぽを向きながら言葉を挟んできた育て親の青年を、慌てたように止めるルーク。その外見よりも幼い表情に、カンタビレはふっと優しい笑みを浮かべた。髪を掻き回していた手を離し、ぽんぽんとその頭を軽くはたきながら言葉を紡ぐ。
「だろ? あんたはあんたとして生まれて、今こうやって生きてんだ。そこにオリジナルもレプリカもあるもんか。ちゃんと親孝行するんだね」
口調はぶっきらぼうなものだが、その中に優しい想いが含まれていることはルークにも分かる。ただ、自身の真実を知った今となってはその言葉を素直に受け取ることが出来なかった。だから、ルークは顔を背け、視線を地面に落とす。
「お、親って……だって俺、レプリカだから親なんて」
「育ててくれた親御さんはいるんだろ? それに」
そこで彼女は言葉を切り、視線をジェイドに向けた。細められた瞳は、ルークに向けられたものと同じ優しさをにじませている。
「そこにいるじゃないか。あんたが生まれた技術を造り出した、正真正銘生みの親が」
そう言いながらくい、とカンタビレが顎で示したのは青い服の軍人。え、と全員の視線が集中する中、ルークもはっと顔を上げ、一瞬戸惑ったように表情を変えるジェイドの顔を見た。
すぐに向き直った少年の顔は、怒りでだろうか真っ赤に染まっている。確かに、フォミクリーの基礎を生み出したジェイドはルークにとって生みの親と言える存在かも知れない。だが今のルークにしてみれば、この軍人は自分を見下し嘲笑するいけ好かない男でしか無かった。
「だ、だってこいつは俺のこと物知らずって笑うんだぞ! こんな意地悪な奴、俺の父上なもんか!」
「おーおー、反抗期かい。はは、親離れしたがる子どもはそう言うもんさ」
隻眼の女傑を恐れもせず噛みつこうとするルーク。飛びかかってきた少年を身を避けることでかわし、朱赤の髪をくしゃくしゃと掻き回しながらカンタビレは、自分が少年の親と呼んだ男に眼を向けた。
「……親の方も、子離れの時期とか思ってるのかい?」
「子を持ったことはありませんから良く理解は出来ませんが、そうなのでは無いでしょうか」
「他人事みたいに言うんだね、あんた」
真紅の瞳はどこか視点が合わず、カンタビレにはジェイドが自分を通して遠くを見つめているような気がした。軽く頭を振ってから彼女は気を取り直し、にぃと笑みの形に唇を歪めた。
「さて、ここで行き会ったのも何かの縁だ。どうせ方向は一緒だし、ケセドニアまで送るよ。お前たち、くれぐれも失礼の無いようにな!」
ケセドニアの入口まで、神託の盾に守られていたおかげかルークたちは何の問題も無く到着した。第二小隊は街の周囲と一行の直衛に別れてそれぞれ配置に付き、それ以外の第六師団は準備されていた船へと乗り込んで行く。師団長曰く、アスターに前もって話を通してあったらしい。彼らは辺境へ派遣されることが多いため資金や物資、そして相応の権力を即座に振りかざすことの出来るアスターや商業ギルドとの連携は不可欠のものなのだと言う。
「それじゃ、あたしたちは先に行くよ。何かあったらあたしの部下の誰かに言ってくれ、こっちに伝令を飛ばして貰うから」
港まで見送りに来たルークたち一行に、カンタビレは屈託の無い笑顔を見せてくれた。親善大使一行はキムラスカ・マルクトの両領事館に顔を出さなければならないだろうと言うジェイドやガイの意見もあり、彼女たち第六師団本隊とはここから別行動になる。
「第二小隊の指揮権は一時的にあんたたち一行に預ける。あたしの部下だから使い勝手はちと悪いかも知れないけどね、上手く使って欲しい」
「お預かりします」
小さく頷いて答えるのは、やはりジェイド。うん、とカンタビレも同じように頷いて、視線をティアに移した。
「それとティア。どうだい、主席総長の方は」
「……正直、まだ良く分かりません」
「そーだろうねえ。あれは隠すのが上手い……ま、上手くやんなよ」
「はい、努力します」
周囲には理解出来ないであろう会話を交わす2人。1人ジェイドだけは『記憶』を探り、表情には出さずに納得していた。
『記憶』の中のティアは、アクゼリュスを崩落させたヴァンに対し『外殻大地は存続させるつもりだと言った』と叫んでいた。それはつまり、実兄が何らかの計画を企んでいたと彼女が知っていることを示している。つまりカンタビレは、ティアにヴァンの計画を探らせようとしていたのだろう。
とは言えカンタビレも言うように、ヴァンの情報隠蔽は周到に行われていた。彼の計画はアクゼリュス崩落以降もなかなかその全貌を現すことは無く、自分たちがそれを知ったときにはかなりギリギリのラインであった。
そうして、ジェイド自身が情報公開を渋ったこともあり幾度も後手後手に回ったあげく、2人の『聖なる焔の光』はそれぞれに生命を落とした。
「そうしな。……周囲もたまには頼るんだよ。いいね?」
「は、はいっ」
ぽん、とティアの頭に手を置いて、カンタビレはにっと笑った。少女から離れた手は、ジェイドのくすんだ金髪を一房手に取る。
『記憶』に気を取られていたジェイドがびくりと身体を震わせたのに気づき、彼女は小さく肩をすくめた。どこか呆れた風にも見えるのは、気のせいだろうか。
「死霊使い、あんたもだよ。口にはしなかったけどね、ディストが心配してた」
「え? ……はい」
レンズ越しの瞳が、意外だと言わんばかりに見開かれる。彼の反応が予想の範疇だったのか、カンタビレはひとつ息をついてからこつん、と互いの額を軽くぶつけた。
「あんたみたいなタイプは、変なところで損してるよねぇ。回りは子どもばっかりだけど、頼りになる子たちだとあたしは思う。ちゃんと頼れるときは頼るんだ……でないと、あんたが潰れる」
「……胸に刻んでおきますよ。カンタビレ」
答えたジェイドの言葉に、感情は籠もっていない。黒衣の女傑は一瞬だけ悲しそうな表情を見せ、額を離すと手を振りながらタラップを上がっていった。
出て行く船を見送りながら、ジェイドは一度眼鏡を外してレンズを拭った。掛け直しながら、心の中だけでぽつりと呟く。ティアとナタリア、そしてミュウが自分をじっと見ていることに、彼は気づかなかった。
私に、優しい言葉なんて掛けないでください。
誰かに労られる権利など、本来私には無いのだから。
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