紅瞳の秘預言22 決心

 カンタビレの出航を見送ったルークたち一行は、その足でケセドニアのマルクト領事館に出頭した。一行の到着を待ちわびていたらしい領事が、ジェイドに封書を差し出す。

「お待ちしておりました、カーティス大佐。グランツ謡将より手紙を預かっております」
「ご苦労様です。拝見します」

 封を切り、中の便箋を取り出してざっと目を通す。ジェイドの予想通り、ヴァンは既にケセドニアを出航した後だったようだ。先に行くのでルークたちを頼む、とごく当たり前の内容が記されている。この文面からは、ヴァンが鉱山の街を崩壊させる陰謀を企んでいるとはとても思えない。

「ふむ。グランツ謡将は、先遣隊と共に先にアクゼリュスへ向かわれたようですね」
「えー? 師匠、早過ぎる……やっぱ俺なんかどうでも良いのかなあ」

 少ししょげながら、ルークはジェイドの手から渡された手紙に目を走らせた。畳み直して戻された便箋をジェイドは封筒の中にしまい、軍服のポケットに放り込む。過去犯罪に手を染め己と言うレプリカを造ったとは言え、ルークにとってヴァンは未だ尊敬すべき師なのだろう。
 一度過ぎた時間の中では少し悪戯心が起きて彼に見せることはしなかったのだが、今回ジェイドは素直に内容をルークに見せていた。

 なぁ、ジェイド。お前、最近わりと素直になったんじゃねえか?
 いやまあ、良いんだが。何かこう、寂しいもんがあるなあと思ってな。

 『記憶』を持ってからしばらくして、ピオニーに言われたことをふとジェイドは思い出した。最初に通り過ぎた未来で自身がしでかしたことを省みたせいか、今のジェイドはたまに冗談めかした口調で言葉を運ぶことはあるものの、あまりふざけた態度を取ることが出来ないでいる。それが、これまでさんざんジェイドで遊んで来たピオニーには面白くないのかも知れない。
 もうしばらくは会えないことが分かっている皇帝の顔を心の奥にしまい込んで、ジェイドは赤い視線を同行者たちの上に巡らせた。『記憶』の世界ではすぐにケセドニアを発ってヴァンの後を追ったのだが、あれはイオンの救出に向かいザオ遺跡へ立ち寄ったせいでここへ到着するのに時間が掛かったため。それが無いこの世界では、まだそれほど時間が押している訳では無い。無論、アクゼリュスに到着するのは早いに越したことは無いのだろうが、それはヴァンの陰謀を除外した場合の話だ。ジェイドとしては出来るだけルークの到着を遅らせ、街の崩壊前に住民と救援部隊が全て撤収を終わらせていることが望ましい。
 もっとも、ヴァンが陰謀を巡らせていることを知っている者はジェイド自身と敵方にいる六神将を除くと、彼から『記憶』の話を聞かされたピオニーとアスラン、ディスト。そこにディストからレプリカ計画について聞かされたであろうアッシュとカンタビレも追加して良いかも知れない。
 が、今ジェイドと同行している者たちの中にそれを知る者は恐らくいない。知っているとすればアッシュたちと同じようにディストから話を聞いている可能性のあるアリエッタだが、彼女はまだ言葉がつたない。それに、アリエッタが何かを伝えようとするならば、その相手にはまずイオンを選ぶだろう。

「どうしますか? ここで一晩休んで態勢を整えるか、それともグランツ謡将の後をすぐに追うか」

 故にジェイドは、ヴァンの陰謀はさておいて同行者たちの意見を求めることにした。強引に彼らを押し止める気分には、とてもなれなかった。そのようなことをせずとも既に、ルークからは冷たい視線しか得られないのだけれど。

「……急ぎたいのは山々ですけれど。少々強引に進んできましたし、一度疲れをしっかり取らなければならないと私は思いますわ」

 まず意見を挙げたのはナタリア。同行者たちの様子を見渡しての言葉に、ガイも顎に手を当てつつ「そうだな」と頷いて同意を示す。

「アクゼリュスの方は、ヴァン謡将とカンタビレが先行してくれているしな。俺たち……と言うかルークとナタリアは、救助の援軍と言うよりは視察に行く訳だ。足手まといになる可能性だってある」
「私は……私やナタリアが第七音譜術士だし、少しでも力になれるのなら急いだ方が良いかとは思うけれど。でも、皆の意見を尊重するわ」

 ティアは2人とは異なる意見を述べ、腕を組んで考え込んでいる赤毛の少年へと視線を向ける。ルークはティアが自分を見たのに気づき、腕をほどいてぼりぼりと髪を掻いた。

「ルーク、貴方はどう思う?」
「んー……イオンがだいぶ疲れてるしなあ。救援に行くのに、俺たちがぶっ倒れたら身も蓋も無い……って、俺は、思うんだけど……」

 ぼそぼそと少女に答えるルーク。言葉をなおも続けようとして開かれた唇に、ティアのしなやかな人差し指が当てられた。小さく首を横に振ってみせるティアに頷いて少年は口をつぐむ。ジェイドは眼を細め、見なかったふりをした。
 ルークは恐らく、レプリカである自分に発言権があるのか問いたかったのだろう。だが、マルクト領事と言う第三者が存在するこの場で、彼にその発言をさせるわけには行かない。ティアもそのことを察知して、彼の口をやんわりと閉じさせたのだ。

 この辺は変わりませんねぇ。『前のルーク』よりはずっとマシですけれど。

 『記憶』の中にいた、己の存在を否定され尽くして壊れた少年を思い出しジェイドは目を閉じた。『彼』と彼を比較するなど、やって良いことでは無い。自分はまるで変わっていないのだと、改めて自嘲する。

「ねーねー。第六師団の人たちと協力してこの辺で分かるだけ情報を集める、って言うのはどうかなあ。障気の発生から結構時間経ってるしぃ、状況も変化してると思うんだよねぇ」

 手を挙げて、アニスが意見を口にした。そう言えば、『以前』はこの時点でろくな情報を持っていなかったことを思い出し、ジェイドはなるほどと頷く。

「確かに、アニスの言う通りですね。我々も手分けして聞き込みをしてみますか」

 ジェイドの言葉にほぼ全員が頷く。その中でアリエッタは僅かに考え込む表情になっていたが、はっと気がついたように顔を上げた。

「あ。アリエッタ、お友達に話聞いてみる」
「そうですね。貴方のお友達なら、僕たちでは分からない情報も知っているかも知れません。アリエッタ、お願いします」

 さすがに事情をあまり知らぬ第三者がいる場所で『魔物』と言う言葉は出せない。故に普段から彼女が使っている言葉を用いて、1人椅子に座っているイオンはアリエッタに笑いかけた。「頑張ります!」と笑って頷いた少女の顔から視線を離し、ジェイドは改めて全員に視線を向ける。

「他の六神将たちの動きも掴んでおきたいところですしね。では、今日はここで宿を取って情報収集と言うことにしましょう。道具の不足がありましたら買い足しておいてくださいね」
「みゅ。お泊まりですの?」

 そこまでじっと人間たちの話を聞いていたミュウが、ルークの肩からひょっこりと身を乗り出す。この小さな身体でルークたちの旅について来ているのだから、彼の疲労もかなりのものだろうとジェイドは小さく頷いた。

「ええ、そう言うことになりました」
「良かったですの! ご主人様もイオンさんもお疲れですの、ゆっくりお休みするですの!」
「いや、俺は疲れてねーよブタザル」

 ぽふ、と空色の頭に手を置いて、ルークは少し頬を膨らませながらそっぽを向いた。ルークはどちらかと言えば肉体的よりも精神的に疲れているのだろう。何しろバチカルを出て間も無く、自身が本来のルークでは無いと知らされたのだから。
 彼らの会話を聞いていた領事が、しばらく考えてこくりと頷いた。

「ふむ。では、宿はこちらで手配しておきましょう。1時間後にお戻りください」
「よろしくお願いします。では、キムラスカ側の領事館に顔を出した後アスターに挨拶しておきましょう」

 何を偉そうに、とでも言いたげなルークとガイの温度の無い視線が痛い。それでもジェイドは精一杯虚勢を張って、何でも無いかのように話をまとめた。


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