紅瞳の秘預言22 決心

「ライガの女王、あんたのママだもんね。でもそれなら、大佐も恩人だよ?」
「……でも、ジェイド、ママ殴った。ママ、とっても痛かったって」

 ジェイドの名を聞いて、アリエッタが頬を膨らませた。さすがに母親を槍の柄でぶん殴った男を恩人と呼びたくない、と言う気持ちはアニスにもよく分かる。だが、その場面を直に見ていた彼女だからこそ、言葉を続けることが出来た。

「殴ったからそれだけで済んだんじゃん。大佐が本気で刺したり譜術使ったりしてたら、あんたのママ死んでたよ? ママだけじゃ無くて、新しい弟や妹だって」
「…………うん」

 ルークが女王を説得してくれたからこそ、女王と新しい弟妹は生き延びることが出来た。けれど、そのきっかけを与えたのはジェイドが怒る女王に放った一撃と直後に剥き出しにした殺気。その恐怖が彼女を冷静に引き戻し、赤毛の少年の言葉を受け入れさせる呼び水となったのだ。
 それに納得して、アリエッタは頷いた。ジェイドの知る『記憶』の中ではアニスの指摘通りに女王とその子が殺戮され尽くしたことなど、彼女は知る由も無い。


 全員が宿に入り夕食を終えた後、男性陣に割り当てられた部屋に全員が集合した。いくつかのメモがテーブルに集められ、ざっとそれらに目を通したジェイドが口を開く。

「では、現時点で判明、及び推測される状況を説明します」

 ちらりと視線を向けた先は、ルークが全般の信頼を置いている金髪の青年。視線が合うと、温度の無い青い瞳が真紅の瞳を射抜いた。小さく溜息をついてジェイドは、言葉を続ける。

「まず先遣隊ですが、2日前にケセドニアよりカイツールに向けて出航したそうです。恐らく、カイツール軍港からは馬車を利用すると考えて良いでしょう。現在の状況では、これが一番速い移動手段ですから」
「六神将だけど、まずアリエッタは今俺たちと一緒にいるから良いとしよう。アッシュはアリエッタの……その、友達と一緒に、一足先にアクゼリュスに向かっているんだよな?」
「うん」

 自身がヴァンであれば確実に利用するであろう移動手段を告げたジェイドの後を引き取って、ガイが口を開いた。イオンを挟みアニスと並んで座っているアリエッタは、青の視線を向けられると微笑みながら頷いた。

「なるほど。で、当の情報提供元のディストですが……あれはまあ、そろそろダアトを引き上げてそこらでこそこそ隠れてるんじゃないですかねえ」
「大佐のご友人ですよね。そのような扱いでよろしいんですか?」

 ジェイドのかなり突き放した口調に、ティアが目を丸くする。軍服の襟を正しながら薄く笑みを浮かべた彼の、真紅の眼が細められる。

「殺しても死なないんですよ、あれは。冗談のように生命力が強いですから」

 事情を知っており自身への協力を引き受けてくれた以上、ディストがどこかに隠れているままとはジェイドには思えなかった。恐らく彼もまた、アクゼリュスに向かっていることだろう。案外、カイザーディストなどを動かしているかも知れない。

「まあ、あれはさて置きまして」

 だから、ディストの話題はここで終えた。己に敵対するはずが無いと分かっている以上、放っておいても問題は全く無い。問題があるのは、残る六神将たち。

「残る3名のうち、リグレットとはイオン様やアニスがバチカル近郊で会っていますね。あれから少し時間が経っていますから、シンクやラルゴも含め別ルートからアクゼリュス入りを狙っていると思われます」
「実際、先遣隊の後を追うように移動している神託の盾部隊の目撃情報が、馬車の御者などから寄せられています。後は、深夜に森の奥を疾走する巨大な影と言ったところかしら」

 ティアが、自分が聞き込んできた内容を書き付けたメモを示す。最後に示された情報に、アニスが興味を持ったように身を乗り出した。

「巨大? どのくらいおっきいんですかぁ?」
「私が聞いた話だと、森の上に背中が見えるとか言っていたわ。案外、タルタロスのような陸艦のことかも知れないわね」

 伸ばした指をくるくる回しながら答えたティアに、アニスもなるほどと芝居っ気たっぷりに腕を組んで考え込む表情をして見せた。陸艦と聞いて、ナタリアとガイが顔を見合わせる。

「キムラスカ軍で、陸艦を数隻所持していると言う話は聞いたことがあります。後発部隊に同乗するなり上層部の取引で貸し出すなりすれば、ショートカットは十分可能だと思いますわ」
「譜業技術はキムラスカ側の方が盛んだからな、マルクトもこっちに発注したんだろ。まあ、アクゼリュスの救援に向かうって言われりゃ、乗せない訳に行かないだろうしなあ」

 難しい表情になったガイの言葉が終わったところで、ジェイドが再び口を開いた。『記憶』と違いタルタロスが六神将に奪われていない以上、ナタリアの言う方法を採ることは十分に考えられる。それ以上は推測の域を出ず、ジェイドには結論を出すことが出来ない。

「まあ、その辺りが妥当でしょうね。それでマルクト側の救援部隊ですが、私の第三師団が当てられる手はずになっています。カイツールで越境の許可を受けた後、馬車で向かう予定です」
「陸艦は……あー、小回り利かないから山登りは無理ですよねえ。おっきいもん」
「余裕があれば、マルクト側から回すことになっています」

 腕を組んだままのアニスに平然とした顔で説明を続けながら、ジェイドは心の中でぺろりと舌を出した。
 タルタロスがアクゼリュス近郊まで派遣されるのは事実だ。だが、その用途は住民の移動用では無く、魔界に転落したジェイドたちの足として。
 魔界の海をユリアシティまで移動し、セフィロトを活性化させ記憶素子の奔流を帆に受けて外殻大地に戻る。そして海上を移動して、出来るだけヴァン側の妨害を受けないようにグランコクマへ向かう。ピオニーやアスランは既にこの移動プランを知っており、タルタロスを駆るマルクト軍第三師団がアスランに預けられているのもこのためだ。
 無論、タルタロスを使用せずともユリアシティまで移動することが出来れば、ユリアロードを通って外殻大地に戻ることは可能だ。だがその場合、出口であるアラミス湧水洞がローレライ教団の自治領であるパダミヤ大陸に存在するため、ジェイドの『記憶』よりもルークたちの生存が早くダアトに知られてしまう可能性がある。そうなると先手を取られ、こちらが動けなくなる危険性が高い。
 ダアト近郊のザレッホ火山にはセフィロトが存在するから、いずれにせよ足を運ぶことになる。だがその前にグランコクマに辿り着き、自分たちの生存を証明してマルクトのバックアップを受けられるようにしておいた方がこちらにはまだ有利だろう。何しろしばらくの間、モースと手を組んだキムラスカの上層部は敵となるのだ。
 ルークとナタリアには辛い思いをさせることになるが、それは仕方の無いことだとジェイドは考えている。アッシュのレプリカであるルークと、インゴベルト王の実の娘ではないナタリア……彼らの問題は、彼ら自身が乗り越えなければならないのだから。

「そしたらマルコたち、リグレットの部隊とかと鉢合わせになる可能性があるってことか?」
「少なくとも情報は漏れるでしょうね。私の部下ですからそうそう後れを取ることは無いと思うのですが」

 ルークの問いにジェイドは頷いた。
 六神将のタルタロス襲撃で、生命を落とすはずだった第三師団の部下たち。
 遠くない未来に、レプリカ兵の襲撃で生命を落とすことになるはずのアスラン。
 『預言は多少の歪みをモノともしない』とは誰が言った言葉だったか思い出せないけれど、ジェイドは彼らを失いたくは無い。だが、こればかりは彼ら自身と何かを企んでいるらしいピオニーを信じるしか無いだろう。

「そっか。……疑問があるんだけど、聞いて良いか?」
「はい。どうぞ、ルーク」

 難しい顔をしながら、再びルークが問う。感情を消した顔で先を促す彼に、少年は低く落としたどこかアッシュに似た声で言葉をぶつけた。

「何で六神将はアクゼリュスに行くんだ? 師匠が行くからか?」
「そう、ですね。グランツ謡将のサポートに向かわれるものと思います」

 単純な疑問ではあったが、確かにルークにとっては不思議だろう。訳も分からず彼らに狙われているルークにしてみれば、何故自分が向かう先に六神将も向かおうとしているのか、その理由が知りたいのは当然だ。

「実質的に、現時点でローレライ教団の指揮権を持っているのは大詠師モースです。その部下である以上、グランツ謡将及びその配下はモースの指示に従わざるを得ないでしょう」
「モース様のご指示ですか?」
「はい。この場合は、預言の成就になるかと思います」

 ティアの問いを受け、ジェイドがずばり一言で答えて見せる。同行者たちが互いの顔を見合わせるのを、彼はどこか突き放した表情で見渡していた。その中でガイが、露骨に疑わしげな顔をしつつ問いかける。

「預言の成就?」
「そう言えば、あの場では最後まで詠まれませんでしたね。恐らく目的は、アクゼリュスの崩壊です」

 ジェイドが意図的に冷たく言い放った言葉。一瞬にして、室内の気温が下がったかのようにルークには感じられた。少年の腕の中でミュウがぶるりと身を震わせたのも、その一因だろうが。


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