紅瞳の秘預言24 問答

 周囲を白い鎧の兵士たちに守られ、親善大使一行は足早に進んでいる。そんな中で、相変わらず先頭に立っているガイがふと足元を見つめ、振り返った。

「……なあ、何か妙に歩きやすく無いか?」
「は?」

 ガイの言っている意味が分からずに、ルークは首を傾げる。並んで歩いていたティアが、同じように首を傾げながら答えた。

「それはそうよ。ちゃんとした道を通っているんだもの」
「アクゼリュスは今はマルクト領だぜ。キムラスカ側から繋がってる道を使う奴なんて、ほとんどいないとは思わないか?」

 金髪の青年が指摘した事柄を、全員が思い出した。最後尾を歩いているジェイドだけは軽く目を閉じ、「もしかして忘れていましたか?」と声にならない声で呟く。
 現在マルクトが支配しているアクゼリュスは障気に覆われ、そのためにマルクト側から接近出来ない。故にマルクト軍はキムラスカ側から進入する許可を取り、大回りしてこちら側から街に入る手はずになっている。
 だがアクゼリュスがマルクト領になってからそれなりに時間が経っており、故にキムラスカ領から街に繋がるこの街道はかなりの期間使用されていないはずなのだ。
 それなのに。

「使われない道にしては、確かに整備が行き届いていますわね」
「先遣隊の人とかが整備して……行く訳無いかー。そんな時間があったら先に進みたいよね」

 地面を踏みしめ、靴の裏に伝わる感触を確認しながらナタリアが納得したように頷いた。アニスは周囲をきょろきょろ見回しながら、うーんとこめかみを指先でこりこり掻く。

「……えーと何だ、つまり俺たちとかヴァン師匠とかが使うことを想定してて、きっちり整備してあったってことか?」
「そうなりますね。……ルークがアクゼリュスに向かうことは、預言に記されていた訳ですから」

 乏しい状況証拠ではあるが、積み上げた証拠を元に思考を巡らせた結果をルークが言葉にする。イオンは眉をひそめ、杖の先でがつっと地面を叩いた。

「んなとこまで気ぃ利かせんなら、もー少しこっちの気持ちも考えろっつーの」

 アニスのドスの利いた声に、全員が思わずこくこくと頷く。それは彼女の声が耳に届いた神託の盾兵士たちも例外では無い。

 しばし歩いた後、小さな広場で一行は休息を取ることにした。アリエッタの兄弟であるライガが森の中から姿を現し、イオンを守るようにその身を横たえる。

「お兄ちゃん、優しいから大丈夫。アリエッタの大事な人、守ってくれる」

 にこにこ笑いながらそう言い切った彼女に、全員が野暮なことは言うまいと苦笑を浮かべながら頷いた。そうして『兄』は『妹』の期待通り、人を襲う素振りも見せずに導師の背もたれを演じている。
 神託の盾兵士の1人が、小走りに駆け寄ってきた。イオンの前で膝を突き、口を開く。

「導師イオン、アリエッタ師団長、グランツ響長。面会の申し出がありますが如何致しましょう?」
「面会? どなたですか?」

 イオンは露骨に顔をしかめた。今ここに導師がいることを知っていて面会を申し込んでくる人物など、そう思い当たる数はいない。
 そして、兵士が口にした名はその思い当たりの中に確かに存在していた。

「第四師団のリグレット師団長です」
「教官が!?」

 ティアが目を見開いた。彼女にとってリグレットは自身を鍛えてくれた師の1人であり、要はルークにとってのヴァンと同じような存在なのだ。
 そんな彼らの様子を一歩離れた場所で見ながら、ジェイドはなるほどと心の中で頷いた。『記憶』の中では、リグレットは部下を率い自分たち一行を強襲した。だがこの世界では、カンタビレの部下たちが一行を守ってくれている。そんなところへリグレットと部下たちが襲撃を掛ければ、互いに無事では済まないだろう。この峠道は狭く、集団戦にはあまり向かない。予想外の被害を出す可能性が高く、故にリグレットは安全策を採ることにしたのだろう。
 ジェイドがイオンに視線を走らせると、少年も同じように彼を見つめていた。互いに視線を交わし、ジェイドがほんの僅か頷くと導師は了解したと言うように大きく頷いて、兵士に視線を戻した。

「ここで会います。通しなさい。周囲への警戒は怠らないよう」
「はっ」

 素早く立ち上がった兵士が駆け出して行く。やや間があって、兵士たちに挟まれるようにしてリグレットが歩いてきた。彼女はその場にいたアリエッタとライガに一瞬目を見開いたが、すぐ常態に戻ると膝をつくことも無いまま口を開いた。

「……報告にあった女はいない、か……まあ良い。導師、久しぶりだな。ティア、アリエッタ、元気そうで何よりだ」
「リグレット教官……」
「リグレット。どうしてここに?」

 愛用の杖を両手で握りしめるティアと、嫌そうに眉間にしわを寄せるアリエッタ。2人と、イオンの背後でぐるると低く唸るライガから睨み付けられても、リグレットはまったく怯むこと無く答える。

「主席総長の命によりその2人を迎えに来た。私たちと共に来なさい。導師も、我々と共においで願おう」

 その態度は己が仕えるべき最高位に対するものでは無く、利用すべき相手に対するもの。彼らにとって、今目の前にいるイオンはそう言った対象なのだろう。
 そんな視線を向けられて、普段は穏やかな表情のイオンも冷たい視線で返す。それはジェイドが『記憶』で見たよりもずっと強く、自身の運命に立ち向かおうとする気高い姿だった。

「お断りします。僕には、貴方がたに同行する理由がありません」
「アリエッタ、イオン様と一緒にいるって決めた。リグレットと一緒には行かない」
「私もお断りします。私は兄を信用出来ません」

 迎えに来たはずの2人の少女にも拒否され、リグレットは小さく溜息をついた。軽く頭を振り、少女たちに視線を戻した彼女が口にしたのは、『記憶』とほとんど同じ彼らの主張。間違ってはいないけれど、間違っているその思いだった。

「おかしいとは思わないか? ティア。我々オールドラントの民は、生まれ落ちた瞬間から預言に支配されている。誕生日にその1年の預言を受け、何か問題が起きるとすぐ預言を詠めと迫る」
「預言は人を支配するものではありません。あくまで未来への道標であり、人が正しい道を進むための道具なんです」
「導師。貴方にとってはそうであっても、大多数の人間にしてみればどうか」

 イオンの反論を、リグレットの鋭い視線が止めた。その場にいる一行を見渡し、譜業銃に手を掛けながら彼女は言葉を続ける。

「毎日の食事の献立すら、預言の通りにせねば気が済まぬ者もいると聞く。お前たちもそうなのだろう?」
「そんな金があったら借金返せてるわい、このアマ」

 反射的にアニスの口から漏れた、低く地を這うような声。聞き慣れない言葉にリグレットが反応するより早く、導師守護役の少女は普段の飄々とした態度に戻り再び口を開いた。

「それに……確かに預言に頼れば楽かも知れないけど、それじゃあ納得のいかないことだって起きるもんね」
「誕生日に詠まれる自身の預言は、まあそれなりに頼りになるけどな」
「そうですわね。それに、生まれたときに私どもは人生の預言を聞いておりますのよ」

 ガイとナタリアは顔を見合わせ、彼らにとっては当たり前の習慣を口の端に乗せる。
 そう、この世界では預言を頼りとして生きるのは当たり前のことなのだ。


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