紅瞳の秘預言24 問答

「結局のところ、アニスの言ったように預言に頼るのは楽な生き方なんです。もっとも、私は嫌ですけどね。冗談では無い」

 それを分かってはいても、ジェイドは吐き捨てずにはいられなかった。

 近い未来にオールドラントが滅びると、ユリアは詠んだ。
 世界が滅びない代わりに子どもが1人消えると、記憶は言う。

 どちらも私は選びません。消えるなら、私だ。

 だが、ジェイドの思いはリグレットには届かない。もし言葉にして吐き出したとて、ヴァンに心酔している彼女にはきっと届かないだろう。
 その証拠にリグレットは、ヴァンの主張を己の言葉として口にして見せた。

「この世界は預言に支配され、人の意志が無視された愚かな世界。我々はその世界を変えるために戦っているのだ。ティア、アリエッタ。もう一度言う、こちらへ来なさい」
「やだもん。ヴァン総長、アリエッタに嘘ついた。絶対戻らない」

 だだをこねるように、アリエッタが大きく首を横に振った。兄ライガがむくりと起き上がり、身体的に劣る妹を守るように前足を踏み出す。

「何度言われても、答えは同じです。それに……」

 それはティアも同じだった。足を踏み出し杖を構えながら、ふとルークに優しい視線を向ける。それに気づいたリグレットが、愕然と顔色を変えた。

「お前……そのような出来損ないに何を見る!」
「わ、悪かったな! どうせ俺は出来損ないのっ……」
「口を慎みなさい。ジゼル・オスロー」

 顔を青ざめさせながら叫ぶルークの言葉を遮るように、ジェイドが言葉を放った。その中に紡がれた名は、リグレットの名で呼ばれる彼女の本来の名前。さすがのリグレットも、思わずその動きを止めた。

「な……」
「貴方に、ルークを罵る権利はありません。何を以て出来損ないなどと、ふざけた言葉を使うんでしょうね?」

 一歩、また一歩と足を踏み出しながら、冷たい笑みをその端正な顔に浮かべジェイドは言葉を紡ぎ続ける。リグレットは眉をひそめ、一瞬だけルークに温度の無い視線を突きつけた。

「死霊使い、まさか貴様はそれの正体に気がついて無いとでも?」
「知っていますよ」

 あくまで平然と笑んだまま、ジェイドはリグレットの問いに答える。細められた真紅の瞳には、どこか悪戯っぽい色が浮かんでいた。

「彼はファブレ公爵家の子息、ルーク・フォン・ファブレです。もしそうで無いと言うのであれば、この子は何処の誰ですか? そして、何故貴方がそれを知っているのですか?」
「……っ」
「さあ、どうなんです? 彼がルークで無ければ誰なのか、貴方が何故そんなことを知っているのか、教えていただけますか? 私たちと、神託の盾騎士団第六師団第二小隊の方々が証人になって差し上げますよ。洗いざらい吐いてしまいなさい」

 かちゃりと眼鏡の位置を直しながらのジェイドの言葉が、リグレットに突きつけられる。いち早くその意味を感じ取ったイオンが立ち上がり、杖の音叉型になっている部分を彼女の鼻先へと伸ばした。

「そうですね。この僕もローレライ教団導師として、証人になりましょう」
「私も、キムラスカを代表して証人となりますわ。さあ、おっしゃってくださいな」
「なっ……」

 一足遅れ、やっと意味を理解したナタリアが数歩踏み出して自身の胸に手を当てる。彼らからの思わぬ一斉反撃に、リグレットは息を飲んだ。
 ルークの正体……ルークが『ルーク』で無い、即ちレプリカであると言う事実。
 彼女がそのことを知っているのは、上官であるヴァンがオリジナルであるアッシュを拉致し複製体としてルークを造り出したから。
 ジェイドがリグレットに対し迫っているのはつまり、ヴァン・グランツとその配下である六神将の犯した『公爵子息の誘拐、及び禁忌である生体レプリカの製造』と言う罪状をこの場で自白せよと言うことだ。
 アクゼリュス崩落で世界が混乱した後ならばまだしも、薄氷を踏むような状況とは言え2つの国家がそれなりに安定している現在の状況で彼らの罪が知れ渡ることにでもなれば、その時点で『レプリカ計画』は足踏みを余儀なくされる可能性が高い。少なくとも、現在もまだベルケンドにいるであろうスピノザは、事情を知る者として拘束される。アッシュはその身柄を保護され、結果ヴァンは超振動を操ることの出来る駒を失うことになる。
 更にヴァンと六神将という部下を失うことで、モースも教団内での影響力を低下させることになるだろう。既にルークたちに対する敵対の意志が無いアッシュ・ディスト・アリエッタの3名も、モースに付いていくことを選びはしないだろうから。残る師団長であるカンタビレは元々モースとは仲が悪く、故にディストの要請に応じてルークたちのサポートに付いてくれている。カンタビレ自身はルークがレプリカであることを知ってはいるが、それを特に問題とは思っていないし公表するつもりも無いだろう。彼女は一度会ったきりの朱赤の焔を、かなり気に入っている様子であったから。
 つまり、この状況下でリグレットがルークの正体を明らかにすることは、ヴァンの計画を大幅に遅らせることに繋がる。その選択を、ヴァンの副官である彼女が選ぶはずは無いとジェイドは踏んでいた。故に彼は、このような言動に出たのである。

「その証人に、マルクト帝国軍第三師団も加えていただけますか? カーティス大佐」

 不意に掛けられた声に、その場にいた全員が振り返った。
 ジェイドと似た青い軍服に身を包む、銀髪の若い将校が部下を従え、そこに立っている。ルークたちとはニアミスのみで直接顔を合わせることは無かったが、ジェイドは良く知っているその人物の名を呼んだ。

「フリングス少将!」
「遅くなりました」

 その、心から喜んでいると誰もが理解できるジェイドの声に、アスラン・フリングスは満面の笑みを浮かべて見せた。


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