紅瞳の秘預言25 真意
白を纏う神託の盾騎士団が道の左右に分かれ、その間を青のマルクト軍部隊が鮮やかに彩っている。先頭に立っている銀の髪の将校は、完璧な敬礼をして見せた。
「導師イオン、突然の無礼はお許しを。マルクト帝国軍第三師団、師団長代理アスラン・フリングス少将であります。ピオニー皇帝陛下の命により、アクゼリュス救援に参りました。導師ご一行をお見かけしました故、是非ともお目通りをと願った次第であります」
「いえ。ありがとうございます、フリングス少将。ここでお会い出来るとは思いませんでしたよ」
愕然とした表情を浮かべているリグレットを他所に、イオンは満面の笑みを浮かべ大きく頷く。手を下ろしたアスランがその視線を金の髪の師団長に向けると、彼女はぎりと唇を噛んだ。
「神託の盾第四師団長リグレット殿とお見受けいたします。貴公はここで何をされておられるのですか? ローレライ教団の一員たる者、一刻も早くアクゼリュスに赴き住民救援に力を注ぐべきかと」
「く……」
悠然たる態度を崩さないまま、アスランはリグレットに相対した。手の中に譜業銃を構えてはいるが、この状況でトリガーを引くほど彼女は愚かでは無い。がつ、と地面を蹴った爪先が、彼女の心境を露わにしていた。
「この場は私には不利なようだ。退去させて貰う」
銃を納め、リグレットは鋭い眼差しでイオンを見つめた。両手に杖を持ち一歩も引かない構えの少年と彼を守ろうとする2人の少女、そして主の妹が彼女を見返している。一度息をつき、普段の凛とした表情に戻ってリグレットは言い放った。
「ティア、アリエッタ、導師。後に悔いることになっても知らんぞ。導師守護役、お前もな」
「後悔するかどうかは、やってみなければ分かりません」
「あっかんべー。アリエッタ、きっとリグレットについていった方が後悔するもん」
教官であった女性の目をまっすぐ見つめ凛と言い放つティアと、子どもっぽく舌を出して拒否の態度を示すアリエッタ。
「僕は僕の心の命ずるままに進みます。後悔などしません」
「ふんっ。オバサンに言われる筋合いなんか無いもんね」
毅然とした態度を崩さないイオンと、頬を膨らませて悪態をつくアニス。
それぞれの口から、それぞれの思いが返される。しかしそれらを受け止めること無くリグレットは振り返り、白と青の軍勢を掻き分けるようにして歩み去って行った。
その光景を、ジェイドはじっと見つめていた。
魔弾のリグレット──ジゼル・オスロー。
彼女がヴァンの副官となった経緯を、ジェイドは知らない。だが『記憶』の中にいた彼女はどこまでもヴァンに付き従い、ジェイドには彼女に対する如何なる説得も無意味であろうと感じられた。それはつまり、この世界でも彼女を倒さなければヴァンの野望を砕くことは出来ない、と言うこと。
だが、『記憶』を持つ自身のこれまでの介入により、預言とも『記憶』とも異なる歴史が少しずつ紡がれていると言う光景を見るのはどこか不思議な感覚がある。イオンの掲げる「預言とはあくまで未来への道標であり、人が正しい道を進むための道具」と言う主張とはこう言うことなのだろうか、とジェイドはふと首を傾げた。自身は預言士では無いから、実際の預言がどのように詠まれるのかは全く知らないのだけれど。
「旦那?」
ガイだけが使う独特の呼称に引かれ、彼の方を振り返る。金髪の青年は突然現れた青の部隊に時折視線をやりながら、ジェイドの顔を覗き込むように見つめて来た。
「何でしょう? ガイ」
「ここで合流する予定だったか?」
ガイは目的語を言葉にしなかったが、ジェイドはすぐに理解した。
バチカルから一行に加わったナタリアを除き、前回は敵対者であったアリエッタを含む全員が第三師団とは面識がある。特にジェイドはそもそも当の師団を統べる長であり……故に、アクゼリュスに入る前に合流すると言う予定を組んでいたのでは無いか、と言うことをガイは言いたいのだ。
ジェイドは軽く首を振り、薄い笑みを浮かべた。彼らとは鉱山の街で鉢合わせすれば都合が良い程度にしか考えておらず、だからグランコクマを出る前に大方の打ち合わせは終えてしまっている。細部は現地で擦り合わせる予定だったから、ここで合流が適ったのは予想外なのだ。
「いえ、偶然です。ですがちょうど良いですね、ついでですから申し渡しなども済ませてしまいましょう」
「そっか。ま、第三師団なら知らない相手でも無し」
ふっと微笑んで頷き、ガイは「行こうぜ旦那」と青い肩を軽く叩いた。一瞬その手が迷ったのは、うっかり左の肩に手を掛けそうになったせいだろう。
ジェイド自身は気づいていないが、ルークを庇って負傷した後の彼には左の腕を右手で抱え込むように掴む癖が付いていた。ガイから見てジェイドの左腕が動きを鈍らせたと言う感覚はほとんど無いのだが、本人が無意識のうちに庇ってしまう癖があると言うことはやはり何らかのダメージが残っているのだろう。
故に、ガイは今でもジェイドの左の肩に触れることを躊躇ってしまう。もっともこれはガイ個人が気遣っているだけの話で、ルークたちがどう考えているのかは分からないのだが。
「へー、ジェイドの知り合いなのかあ」
「ええ。どうぞお見知り置きを」
イオンと並び、ライガにもたれるように座っている朱赤の髪の少年が感心したように声を上げた。
改めてイオンと会見することになったアスランは、ジェイドの同行者たちと向き合った。おっとりとした人当たりの良い笑みを浮かべ、彼らと穏やかに言葉を交わす。
「私が留守の間、第三師団を預かって貰っているんです」
「師団の皆は、大佐の早いお戻りを願っていますよ。人気があって羨ましいことです」
ルークと相対するように並んで立っている青の軍服の2人は、軽く視線を合わせるとルークに微笑みかけた。その2人を見比べていたアニスが、軽く首を捻りながら問いかける。
「少将、ってことは大佐より位は上ですよねえ。何で大佐の方が何か偉そうなんですかぁ?」
「そう見えますか?」
「と言うか、少将の方が腰が低く見えます」
きょとんとしたジェイドに、アニスに賛同したティアの言葉が続いてぶつけられた。ジェイドがぽかんと目を丸くしてしまったのは、当人にはそう言う意識が全く無かったからか。
「ははは。カーティス大佐は意図的に、佐官に留まっていらっしゃるんですよ」
声の出ないジェイドに代わり、アスランが彼のフォローに入った。今のジェイドが同行者たちに見せるものと同じ質の柔らかな笑みを浮かべ、穏やかに言葉を紡いでみせる。
「順当に昇進していれば、とうに大将になられていてもおかしくはありません。いえ、そろそろ元帥になられていたかも」
「た、大将!?」
「元帥っ!?」
「まあ、そのお年で? さすがですわ、カーティス大佐」
ティアとアニスは目を丸くする。ナタリアも、さすがに感心したように頬に手を当てた。ルークはいまいち理解が出来ないようで、視線を金髪の育て親に向ける。
「そんなにすごいのか?」
「40前に元帥なんて、現実的にあり得ないスピード出世だよ。軍隊における最高位だしな」
「へ〜……ってことは、下手したらジェイドがマルクト軍のトップだったわけか」
ガイの説明に納得したのか頷いて、少年は視線を『死霊使い』と呼ばれる軍人に戻した。ルークの膝の上にちょこんと座っている空色のチーグルが、にこにこと無邪気な笑みを浮かべながら問いを発する。
「みゅ? ジェイドさん、ほんとはアスランさんより偉いですの?」
「どうでしょうねえ。仮定の話はさておいて、現実として私は大佐、彼は少将ですから」
「みゅみゅ〜……」
上手くぼやかされた感のある返答に、ミュウは大きな耳を下げて少しだけ頬を膨らませた。自身の欲しい返答を得られずにふて腐れてしまった『記憶』の中のルークをふと思い出し、ジェイドは困ったように首を傾げながら口を開く。
「偉くは無いんです。私は軍での功績はフォミクリーの研究くらいでして、後は譜術をそこそこ扱える能力が認められただけですからね。将軍の地位など似合いません。それに将官になると、前線に立つ機会がほとんど無くなるんです」
「そう言うものなんですかぁ?」
「実際に戦争が起きれば、現地の司令官として引き出されることはありますがね。普段の小競り合い程度ではなかなか。私は昔は研究室に籠もっていましたが、今は出来るだけ現場にいたいんです」
アニスの問いに肩をすくめたジェイドの口から、つい本音が漏れる。アスランは視界の端でジェイドの表情を伺い、眼を細め言葉を引き継いだ。
「カーティス大佐は、本気で最前線に出られますからね。酷いときには、部下を背後に置いて相手の先陣と真っ向勝負とか。マルコ副官が溜息混じりに話してくれました」
「うわー、部下としても洒落になんねーけど、キムラスカ側としても洒落になんねー」
露骨にルークが顔を歪めた。ナタリアも声には出さないが、非難がましい目でジェイドに視線を送る。が、見返してきたジェイドのどこか寂しげな笑顔に、ナタリアははっとして口元を手で隠した。
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