紅瞳の秘預言25 真意

 ナタリアの見た表情はルークに気取られる直前、ほんの一瞬で消え去った。普段通りの笑顔で、ジェイドは言葉を続ける。

「……出来れば今後は、そう言うことは避けたいのですけれどね。戦になってしまえば、自分が出た方がまだ気が楽なんですよ」
「……恨まれるのが自分だけで済むから、でしょうか?」

 ライガの毛並みを恐る恐る撫でつけながら、イオンが発した問い。『今』のジェイドが持つ思考の方向性を知る者であれば、彼がそう考えているだろうと言う推測は容易だ。アスランも『記憶』を持ってからの思考の変化を知っており、故に少し困ったような表情を浮かべている。ルークも表情を改め、微かに眉をひそめじっと端正な顔を見上げた。

「まあそれもありますが、何をするにしても自分でやるのが一番早いんですよ。部下に命じて作戦を練って戦端を開くより、私1人が先頭に立って譜術を使う方が戦力もコストも少なくて済みますし」
「自分が怪我した方が部下の消耗が少なくて済むから、だろ。旦那」

 短い髪を掻き回しながら大きく溜息をつき、ガイがジェイドの言葉に訂正を入れる。一瞬言葉を失ったジェイドの隙を突くように、アスランがくすりと笑むと別の話題を挟み込んだ。

「ああ、大佐。報告です。イオン様や皆様方のお耳にも入れておきたいので、ここで」
「あ、はい」
「ええ。どうぞ、フリングス少将」

 ほっとした顔でジェイドが、少し残念そうな表情でイオンが同時に頷く。それを確認し、アスランは全員の顔を見渡すとこほんと1つ咳払いをした。

「第三師団本隊はマルコ副官指揮の下、先行している神託の盾第六師団に合流しました。間もなくアクゼリュスに入るはずです。到着次第、グランツ謡将の動きに注意しつつ救助活動を開始するよう通達を出しておきましたが、問題はありませんね?」
「ええ、もちろんです。助かりました」

 カンタビレと彼女の部下の存在を除けばこれはジェイドがグランコクマを発つ前、ピオニーを挟んでの個人的な会談で決定された事項だ。アスランがわざわざルークたちの目前で確認したのは、自分たちの動きを彼らにも知らせておくため。『記憶』に残っているアクゼリュスでのヴァンの動きを鑑みて、ルークが誰かに助けを求めやすいように、同行者たちが動きやすいようにとの配慮からだ。

「主席総長のこと、知ってるの?」

 それまでじっと皆の顔を伺っていたアリエッタが、初めて声を上げる。ジェイドは一瞬面食らったように真紅の瞳を見開いていたが、ややあって「ああ」と気がついたように頷いた。

「フリングス少将は、ルークの預言やこの星の構造については既にご存じです。大丈夫ですよ」

 ピオニーやアスランには、『記憶』を開示した時点でそれらについては既に説明を済ませていた。だからジェイドは、安心して欲しいと言うように朱赤の焔に微笑む。

「え? あ、じゃあひょっとして、俺がレプリカってのも」

 何度か目を瞬かせてから、ふと自分を指差しながらルークがアスランに尋ねた。長くはない銀の髪を揺らしつつ、アスランは小さく頷いて返答の言葉を口にする。

「存じております。ピオニー陛下より、カーティス大佐の可愛い息子だから俺の分まで可愛がって来いと」
「何を言っているんですか陛下は全くもう! 少将も止めてください!」

 瞬間、ジェイドの白い頬にかっと赤みが差した。怒りと言うよりはどちらかと言えば照れの表情で拳を握るジェイドに、アスランも含めた同行者たちの物珍しそうな視線が集中する。慌てて指先で眼鏡の位置を直したところで、既に見られた表情を打ち消すことは出来ない。
 小さく溜息をついてガイは、アスランの言葉が意味するところを言葉にして表した。この分では、ルーク本人も含めた同行者たちは気づいていないに違いないから。

「ってつまり、マルクトの皇帝陛下にもルークのことはバレバレと」
「……あ、そう言えば」

 やはり気づいていなかったらしく、ガイの指摘でやっとそこに考えが至ったティアが僅かに顔色を変えた。ぎくりと顔を引きつらせたルークとナタリアが慌てて見上げると、アスランは「ええ」と何でも無いように肯定の言葉を返し、後を続ける。

「ピオニー陛下はだからどうした、とおっしゃっておられましたが。ちょっと生まれ方が違うだけで人間には違いないだろう、だそうです。自分も、ルーク様を拝見してそう思いました」
「うわわ、ルークで良いよっ。ジェイドにもそう呼んで貰ってるし」
「いえ、そうは参りません。カーティス大佐は特別です」

 アスランはこう言うとき、頑なに自分の意見を変えないことがある。これは彼自身の出生と性格に起因するものであり、ピオニーもまあ仕方が無いと溜息をついて諦めていた。もっともジェイドにしてみれば、ピオニーの性格が自由奔放過ぎるのだけど。
 だが今の時点では、ジェイドとアスラン以外それを知る人物はいない。故にナタリアが、感心したようにほうと溜息をついても仕方のないことだろう。

「お心の広い方ですのね。私も見習わなくてはなりませんわ」
「何も考えていない、とも言いますがね。しかし、確かにあの心の広さは見習うべき点ではありますが」

 それに……陛下がいてくださったから、私は人としてやって行けてるんですよ。

 後半の言葉を、ジェイドが声に出すことは無かった。自分があまりに愚かな存在であると言う恥をまだ表には出したくない、などと言った感情が自身に残っていることに驚きながら。

「案外、旦那の子どもって辺りがポイントかも知れないな。旦那、なんつーか女の影見えないし」
「あまり見合いの話も来ませんし、あっても最終的には向こうから断りの返事が来ますねぇ。カーティスは軍の名家ですが、それを持ってしてもこんな面白みの無い男の、それも『死霊使い』の妻なんていやでしょうし」

 ガイの軽口を、同じ軽口で返す。もっとも本音はまた別の所にあるのだがジェイドは、それを表に出すことは無い。
 自身の元に嫁いで来た女性を、妻として愛することが出来るかどうか……それを、ジェイドは図りかねていた。この年になるまでジェイドが僅かでも愛情を持って接することの出来た女性は、実の妹であるネフリーだけだから。師であったネビリムに対して持っていた感情が愛情の類かどうかは、今もってジェイドには分からない。

「いや、大佐は十分面白い人だと思いますけどぉ」
「まあ、いろんな意味で疎まれるのは確実だしなぁ」

 アニスとルークが、同じように首を捻りながらジェイドの言葉に対し正反対の答えを紡いだ。


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