紅瞳の秘預言28 夢現
「あの野郎、俺を温存しておいたのは他所を破壊させるためだったんだろうな」
「恐らく。心情を一切排除して考慮した場合、貴方やルークの超振動はこれまでに無いお手軽な超破壊兵器ですからね。マルクトでも先帝が超振動の研究を推進していましたが、結局そんな譜業兵器は造れませんでした」
吐き捨てるように答えながらジェイドは、ついアッシュから視線を逸らした。
ホドに存在した研究所で、ジェイドを頂点とする研究者たちはフォミクリーの改良に勤しんでいた。その一環として、超振動を発動することの出来る兵器の研究も行われていた。最終的にそれは叶わず、ファブレ公爵率いるキムラスカ軍の侵攻に伴って研究所は放棄され、残された研究成果を抹消するために研究者は11歳のヴァンを音機関に繋ぎ疑似超振動を発動させた。
結果ホドセフィロトの機能は停止し、ガルディオス伯爵領であった街は丸ごと崩壊し魔界へと落ちて行った。
崩落の影響で大規模な津波が起き、アリエッタは故郷と家族を失った。
全てが、ジェイドの生み出した技術に端を発している。
全てが、ジェイドの罪。
「何を考えている、死霊使い。元の技術がどうあれ、問題はその技術を武器に転用しようとした連中だろうが」
自身の内側へと潜り込みそうになっていたジェイドの意識を引き上げたのは、溜息混じりに吐き出されたアッシュの言葉だった。え、と顔を上げたジェイドに、真紅の髪の青年は腰に手を当てて呆れたような動作をして見せながら言葉を贈る。
「だから、元々てめえが開発した技術にその手の意図は無かったんだろうが。んなとこまで気にすんじゃねえ」
「え、ええ」
戸惑いながらもジェイドは頷いた。もしかして慰められているのだろうか……と、アッシュの意図を図りかねているのが目に見えて分かる。だが、アッシュにはそれ以上言葉を掛けてやる気は無かった。
このくらい、理解出来るだろうと思ったから。
「ヴァンの奴が俺を手元に置きたがった理由が分かったぜ、ったく」
「アッシュ……」
代わりに、今ここにはいない自身の師だった男の名を吐き出した。だが、すぐ側に寄り添っているナタリアが表情を暗くしたのに気づいてふっと笑みを浮かべる。
何にせよ、今自分はずっと守りたかった少女の側にいるのだ。自分を利用しようとした男の側では無く。
それで良い。
「心配するな、ナタリア。大丈夫だ」
ぽん、とナタリアの頭に手を置く。少し癖のある金の髪は、7年前と同じく良い香りがした。
「あれ? 大佐ぁ、あれー」
「え? あ……」
遠くに視線を向けていたアニスが、何かを見つけたように目を凝らした。呼ばれてジェイドがその視線を辿り、彼女が発見したモノを視界に入れる。
街の外周に引っかかったようにその姿を浮かべているのは、1隻の陸艦だった。
見慣れたその艦体を、ジェイドが間違えるはずは無い。『記憶』の中では神託の盾に奪われていた、彼とその部下が運用していた巨大陸艦。あの時はアクゼリュスの崩落から逃れようとして叶わず、乗り組んでいた神託の盾兵士全ての生命と引き替えに魔界の海に落着していた。だが今視界の中に見えるタルタロスは、街と共に降りて来たようにも思える。
「タルタロスですね。……上にいたときは、街からは離れていたように思いますが」
「そう言えば、街に降りる前にディストが見つけていたな」
記憶を辿り軽く首を捻るジェイドの横で、アッシュが眉をひそめながら頬を軽く指先で掻いた。と、その碧の眼がこちらに向かってやって来る何かを認めた。反射的に、腰の剣へと手が動く。
「ズ〜ラ〜!」
「は?」
だが、唐突に聞こえて来た気の抜けた声に、ぴたりとアッシュの動きは止まった。その間に、何度か転んだり坂道でころころと転がったりしながらその物体は、どうにかジェイドたちの前にまで到着する。
樽の形をした胴体を持つ、どこか愛嬌のある譜業人形。それは、呼吸機能も無いだろうに器用にぜーはーと荒い息をついて見せる。それから軍人の姿を確認して、嬉しそうに両手を挙げた。
「ジェイド様ぁ、ご無事だったズラか〜!」
「何、これ?」
「聞くな。大体予想はつくが」
「……タルロウ」
眉間を押さえたアッシュと、名を呼ばれた本人以外が呆気に取られて人形を見つめる。その姿を見て思い出したようにジェイドは、ぽつりとその固有名を口にした。
そして、もう1人。
「ふ、ふ、譜業人形っ!? それもこんな小型で自律行動してるぞ! すげー!」
ルークを背負ったままのガイが、妙に鼻息荒く興奮していた。青い瞳が新しい玩具を発見した子どものようにきらきらと輝いているのが、この状況にはまるで相応しく無い。
相応しくは無いのだが、彼の言動がそれまで重かった場の空気を明るくしたのは事実だった。
呆れた表情を浮かべるアッシュの肩に顔を埋め、ナタリアがくっくっと喉を鳴らして笑っている。
イオンは肩を震わせて、ティアは口元を手で抑えて、笑いを必死で押さえ込もうとしている。
眼をぱちくりさせているアリエッタや魔物たちの横で、アニスが大げさに溜息をついて眉間を押さえている。
ミュウはきょとんと大きな眼で譜業人形を見つめていたが、こきっと首を傾げた。ぽつりとジェイドが呟いた名前を、この聖獣は大きな耳でしっかりと聞き取っていたようだ。
「みゅ? タルロウさんですの?」
「そのとーりズラっ! 我が名はタルロウX、ディスト様の一の子分ズラ!」
小さな聖獣に呼ばれ、タルロウと言う名であるらしい譜業人形は胸を張って名乗った。……それは良かったのだが、その体型故にかタルロウはバランスを崩して背後にずでんと転がる。そのまま横にころころと転がって行き、止まったのはライガの足元だった。
「ぐる?」
ライガはしげしげとタルロウを眺めた後、その胴体にぱくりと噛みついた。途端、タルロウが手足をじたばた振り回したのに驚いて飛び退く。
「こ、こら〜! 何するズラ〜!」
「お兄ちゃん、それ玩具じゃ無い」
譜業人形と『妹』たるアリエッタに怒られて、陸艦の隔壁すらも破ることの出来る魔物はしゅんとしょげた。『兄』の威厳形無しと言ったところだろうか。
「ジェイド様〜〜! 獣が虐めるズラよ〜!」
魔物から這々の体で逃げ出したタルロウは、誰に似たのかジェイドの背に隠れるように回り込んだ。「はいはい」と苦笑しながらジェイドが軽く頭を撫でてやるとほっとしたのか、彼は安堵の溜息をつくような動作をして見せた。妙に人間臭い動作に、思わず全員が和んでしまったようだ。
そんな中、ジト目でタルロウを見つめていたアニスが冷や汗を掻きつつジェイドに確認の問いを放った。
「……大佐ぁ、この造形はひょっとしなくてもディストですかぁ?」
「そうですね。サフィールが製作した、自律型の譜業人形です」
眼を細めながら答えるジェイドの表情は、これまでよりもずっと柔らかい。さすがにタルロウの道化じみた言動に、警戒する必要など微塵も無いだろうから。
『記憶』の中では、タルロウとはキャツベルトの船上で会っていた。あの時はディストと一緒に船を襲撃しに来たのだから当然と言えば当然だが、この世界では未だ会っていなかったことをジェイドは思い出す。
そうすると、この譜業人形は何故こんなところにいるのか。
「ところでタルロウ、貴方はどうしてここに?」
「ディスト様の言いつけで、ジェイド様のお手伝いをするズラ。具体的に言うと、タルタロスのメイン操縦士はこのタルロウX様に任せるズラ」
「タルタロスの操縦を、ですか」
ジェイドが抱いた疑問への答えは、ある意味至極単純なものだった。彼の製作者である譜業博士がジェイドへの支援を進んで行っている以上、一の子分を自称するタルロウがジェイドに協力するのは当然のこと。
「まあ、あれがプログラムを組み込んだのであれば可能でしょうね。ただ、細かい座標を指定する時は人員が必要になりますが」
小さく息をつきながら少しだけ考えを巡らせて、ジェイドは頷いた。
タルタロスの操縦は、最低限の航行ならば人間が数名いれば可能なように出来ている。現在の一行において譜業に一番詳しいのはガイであり、航行中彼かジェイドのどちらかは操艦のメインを務めるために常時艦橋に詰めることになる。
今後オールドラントを航行するに当たり、『記憶』のままであれば魔界の海を形成している泥を音機関に取り込んでしまうことで、タルタロスは航行障害を起こすだろう。そうなると、ケテルブルクに辿り着くまで2人はフル回転で事態の収拾に当たらねばならない。
ジェイド自身は元々軍人であり、そう言った状況には慣れている。だが、出来ればガイにまで負担を掛けることは避けたかった。
「だから、大まかな操縦はタルロウ様に任せて人間はやることをやるズラ! ディスト様が、ジェイド様はこれから大変だからこのくらいはお手伝いをしろと言っていたズラ」
故にジェイドにとって、陸艦の操縦を任せろと言うタルロウの出現は大変に有り難かった。
銀髪の幼馴染みの腕を、ジェイドは信頼している。彼ならば、この譜業人形に巨大陸艦の全てを御するだけの能力を付与していたとしても不思議は無い。それに加え、今のディストはジェイドへの全面的な協力を約束してくれていた。だから、安心して任せることが出来る。
「まあ、良いでしょう。今のサフィールが我々に敵対行動を図る理由はありませんからね。タルロウ、貴方が来てくれて助かりました。ありがとうございます」
素直な礼と共に頭を撫でてやると、タルロウは心底嬉しそうにくるくると回って見せた。妙なところで製作者に似ているものだとジェイドは苦笑する。
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