紅瞳の秘預言28 夢現

「分かってくれて有り難いズラ! さあお前ら、タルタロスに乗るズラよ! ささ、ジェイド様、どうぞズラ」

 何しろ、他の誰よりもジェイドを優先して案内しようとする。この辺の行動パターンは、ディストが自分のパターンをそっくりそのままタルロウに移植したとしか思えない。その意見は満場一致だったようで。

「ディスト、ジェイド大好き?」
「これで大嫌いなんて言う奴がいたら、そいつの思考回路疑うわ」
「そうですねー。大好きですから、こうやって協力してくれるんですね」

 無邪気なアリエッタの問いに、お手上げのポーズを取りつつ大げさに溜息をついて見せるアニスとふんわりした笑みを浮かべるイオン。

「ここまで大佐のことを気に掛けているなんて……ちょっと可愛い、かも……」

 ティアは、僅かに頬を染めながらじっとタルロウを見つめていた。造形はともかく、その言動が彼女の心をくすぐったのかも知れない。

「創造主の意を汲み、カーティス大佐のお力となるために魔界に降りて来てくださったのですね。健気ですわ」
「そうか?」

 眼をきらきらと輝かせ、感動しているナタリアの手を引きながらアッシュは呆れている。彼らの横でこれまた目を輝かせているのは、相変わらずルークを背負ったままのガイ。ただし、方向性は他の全員と違うのだが。

「後で構造見せて貰おう、決めた。ディストに会えたら音機関談義で一晩でも二晩でも語り明かせそうだぜ」
「みゅみゅ。ご主人様が目を覚ましたら、一緒に遊ぶですの!」

 拳を握って決意を新たにするガイと同じポーズを取り、ミュウもどこかずれた決心をしている。そんな子どもたちを肩越しに伺ってからジェイドは、少し困ったように眉尻を下げながら譜業人形に視線を向けた。

「……ところでタルロウ。その『ジェイド様』と言うのはやめて貰えませんかね……それもサフィールの言いつけですか?」
「そうズラ! 呼び捨てはジェイド様に失礼だって、ディスト様にしっかりみっちりこってり言い含められたズラ! だからジェイド様はジェイド様ズラ!」
「……はぁ……」

 胸を張り、ジェイドの頼みをタルロウはきっぱりと却下してのける。駄目だこりゃ、とジェイドも含め全員が心の中で呟いた。無論、夢の中にいるルークだけは除くけれども。


 ナタリアは初めて、彼女以外は久しぶりに足を踏み入れたタルタロス内部は、六神将たちによる襲撃の爪痕もすっかり消え去っていた。完璧に整備が為されていることを悟り、ジェイドは満足げに頷く。そして、セフィロトからずっとルークを背負っているガイにまず視線を向けた。

「医務室がありますから、ルークはそちらで休ませた方が良いでしょう」
「そうだな。俺が連れてくよ」
「ボクも行くですのー!」

 ガイの足元でぴょんぴょんと飛び跳ねるミュウを、青い手がすくい上げた。そのままガイの頭の上に乗せてやり、ジェイドはミュウの頭をふわふわと撫でてやる。

「ええ、ミュウもルークを看病してやってください」
「旦那、こいつ重い」
「首を鍛えるのに最適でしょう?」

 ガイの文句は一言の元に却下して、次は導師と守護役に視線を向ける。彼らの背後には、大人しくついてきた魔物たちがじっとジェイドを見つめていた。

「イオン様は、前にお使いになっていた部屋が良いでしょう。アニスとアリエッタは、その隣の部屋を使ってください」

 平然と獣の視線を受け流しながら、ジェイドは手早く説明する。それから少し考えて、顔を伸ばして来たライガの鼻面を軽く撫でてやった。

「アリエッタのお友達やご兄弟は……一応広い部屋がいくつかありますから、そちらに。室内が息苦しいのであれば、甲板がちょうど良いかと思います」
「分かりました。お世話になります」
「はーい、了解でーす」
「ありがとう、ジェイド。お部屋、見てみる」

 その身分を無視すれば、彼らは年浅い子どもたちだ。その子どもたちからの返答を素直に受けて、軍人は穏やかに微笑む。その表情は、イオンが何度も口にしていた『父親』の表情にも見えた。

「お構い無く。他の皆さんも、適当に部屋を使ってくださいね。それこそ余るほどありますから」
「分かった。まあ、分散するのも問題だろうからな。導師の使う部屋の近くを使わせて貰う」
「そうですわね。あまり離れた部屋を使うと、何だか迷いそうですわ」

 アッシュの提案に頷いて、ナタリアは嬉しそうな笑みをその顔に浮かべる。
 当たり前のように、アッシュが一緒にいる。それがナタリアと、そしてジェイドには嬉しかった。
 ナタリアは、7年離れていた大切な人とこれから一緒にいられることが。
 ジェイドは、彼との和解が早期に成ることで預言とも『記憶』とも異なる未来が開けることが。

「食料は厨房に保存されているズラ。水も浄化装置がばっちり動いているズラ。後、艦内設備に不具合は出てないズラ。ちゃんと確認したズラ」

 タルロウは既に艦内の状況を把握しているらしく、てきぱきと報告してくれる。ティアとジェイドは彼の報告を聞いて、それぞれに頷いた。

「了解。料理は私たちで作りましょう……ルークはすごかったもの」
「設備が使えるのでしたら、シャワーも問題は無さそうですね。第一倉庫に予備の衣服やリネンなどがあるはずですので、それを使ってください」

 元々が自分の艦であるため、ジェイドは全ての設備について詳細に覚えている。他にも指示をいくつか手早く出した後彼は、譜業人形と音律士の少女に視線を向けた。彼らにしか出来ない任務が、今のタルタロスには必要だから。

「ではタルロウ、ティア。ユリアシティまでの航路をセットしますので、一緒に艦橋まで来てください」
「了解ズラ」
「分かりました」
「他の皆さんは、ひとまず休憩を取ってください。アクゼリュスまで、お疲れさまでした」

 ねぎらいの言葉を口にしながらにこっと微笑んだジェイドの笑顔に、一瞬全員が見とれた。それは本当に、心の底から幸せそうな笑顔であったから。


 アクゼリュス全体を包み込む光が収まった後、鉱山の街が存在した場所にはぽっかりと巨大な穴が開いていた。しばらくの間は強い風が吹き荒れていたものの、それも現在はすっかり収まっている。ホドの崩落を経験しているマルクト軍は穴からの障気の噴出を懸念していたが、それも徒労に終わったようだ。
 ルークたち一行の指示とカイザーディストの追い立てにより安全な場所まで逃れていた救援部隊は、各勢力ごとに状況確認を始めている。
 その中で、マルクト帝国軍第三師団は現在点呼を終え、マルコが最終結果を現在の指揮官であるアスランに報告に来たところだった。

「点呼、完了しました。第三師団、カーティス大佐を除き欠員ありません」
「ご苦労。住民を陸艦に収容後、速やかに撤収準備にかかれ。整い次第順次セントビナーへ向けて出発、住民を優先的に運ぶことを忘れるな」

 報告を受け、指示を出すアスラン。その顔を見ながらマルコは、どうしても問わずにはいられなかった。
 鉱山の街、その最奥部にいたはずの自分たちの指揮官のことを。

「はっ。……あの、フリングス少将」
「カーティス大佐ならばご無事だ。時間が掛かろうとも必ず戻られる、それを信じて待て。これは皇帝陛下のお言葉でもある」

 故に紡がれようとしていたマルコの問いは、アスランの言葉により遮られた。臨時に彼らの上に立っているこの若い将校の表情は、自分が口にした言葉を心底信じているようにマルコには見える。その心境は己も同じで……だから彼は、完璧な敬礼でもって返答に代えた。

「はっ、了解しました! では、自分は撤収の指揮に当たりますので、これで失礼いたします。あ、第3小隊が例の巨大譜業を包囲していますが」
「分かった。彼については、自分が後で行く」
「はっ」

 会話の終了を以て、副官はくるりと身を翻した。命令は、速やかに実行されなければならないものだから。
 マルコが去って行くのを待っていたかのように、黒衣の詠師が姿を現した。まるで旧来の友人を訪ねたかのように軽く片手を挙げ、無遠慮に歩み寄って行く。

「よう、フリングス少将」
「カンタビレ師団長。そちらの状況は如何でしたか?」

 緊張が緩んだかのように穏やかな笑みを浮かべるアスランに、にぃと悪戯っ子のような表情をしたカンタビレは軽く目を閉じて見せた。ウインクだったのだろうが、そもそも彼女は隻眼である。

「あたしの部下に、そう簡単にくたばる奴はいなくてね。主席総長の直属だった連中も、あのオトボケ譜業がだいぶかっさらって来たみたいだよ。全部じゃ無いみたいだけど」
「なるほど。キムラスカの先遣部隊は、どうなりましたか」
「ん、大丈夫。姫さんの叱咤に大慌てで逃げ出して、あっちも損害無しらしい」

 戦争と冷戦状態を繰り返してきたマルクトよりも、神託の盾の方がキムラスカの情報を得ることは容易い。故にアスランはカンタビレに問うたのだが、すぐに帰ってきた答えには少々驚かされたようだ。

「さすが、お早いですね……つまり、被害としてはグランツ謡将直属部隊の一部と」
「セフィロトに入った親善大使ご一行、と言うことになるねぇ」

 ヴァンの部下の一部が未帰還であることを、カンタビレは否定しなかった。アクゼリュスを悲劇の地とするために下された命令に従い、反撃に遭って壊滅したか……街の崩落に伴い障気に巻き込まれたか、それは彼らには分からないけれど。


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