紅瞳の秘預言29 作戦

「そうなると、モースの思い通りの状況になっちゃってるよねえ。ルークとナタリアが死んじゃったのはマルクトの陰謀だー、って戦争吹っ掛けたいんだもん」

 ジェイドの思考を軽く読んだかのように、アニスが肩をすくめた。両親の身柄を気にしなくても良くなったせいか、その表情も作ったものでは無い明るさをにじませている。もう彼女がモースに情報を流すことは無く、イオンが生命を落とす可能性は少なくなったと言えよう。

「それなら、何とかしてバチカルに戻った方が良くないかしら。インゴベルト陛下に2人が生きていると言うことを伝えれば、あるいは」
「バチカルにはシンクが入っている、とカンタビレが言っていました。2人を素直にキムラスカへ帰したところで、スムーズに話が進むとはとても思えませんね」

 ティアの言葉をジェイドは途中で阻んだ。国王が預言に対する疑惑を少しでも持っていてくれたならば、その方法にも意味はある。しかし今のキムラスカは、預言を盲信する教団大詠師派に牛耳られていると言っても過言では無い。
 それは、教団の裏を良く知るアッシュも理解していた。

「生きていたところで、殺して辻褄を合わせれば問題無いなどと言いそうだからな。最低でも俺かこいつはその対象だし、ナタリアも陛下の許しを得て送り出されたのなら……そう言うことになるだろう」

 テーブルに肘を突きながら、ルークを顎で指す。その表情は不機嫌なものだが、ルークを嫌っているからでは無いと言うことは皆理解しているようだ。どちらかと言えば、ナタリアが危機に晒されると言うことの方が理由としては当たっているだろう。
 だが、その指摘を受けた当人は顔を青ざめさせた。理由は自身の存命が戦争を回避するための鍵たり得ないと言う事実では無く、敬愛する父王に再会出来るかどうかも分からないと言うこの状況。

「そ、んな……お父様にも会えないとおっしゃるの?」
「今の状況では、恐らく無理でしょう。神託の盾に捕縛され、人知れず処刑されて終わりです」

 彼女に答えながら、ジェイドは更に思考を走らせる。『記憶』の世界ではノエルを人質に取られ、バチカルまで連行された上で2人は処刑されることとなった。だがそれは、そこまでにダアトやキムラスカ側にも彼らの存命が広く知られていたからである。今の時点でルークとナタリアが囚われれば、それこそインゴベルト王にすら知らされること無く2人は消されるだろう。もしくは、2人の生命と引き替えにアッシュの自由を奪われるか。

「他にも、問題はあります」

 話題を切り替えた方が良いと判断したジェイドは、僅かに声量を上げて言葉を紡ぐ。全員の視線が自身に向けられたのを確認して、再び口を開いた。
 今の内に伝えておいた方が良い、世界全体に関する問題。

「アクゼリュスセフィロトの機能停止を受けて、アルバート式封咒は解除されています。これでセフィロトの操作は可能になりました……イオン様、これまでに貴方がダアト式封咒を解除したセフィロトは?」
「僕が解除したのはシュレーの丘くらいですが……後は、両極のゲートを確か、オリジナルが解放したと聞いています」

 考えながらのイオンの返答を受けて、ジェイドは頷いた。『記憶』と違いザオ遺跡のセフィロトは未だ解放されておらず、その点でジェイドの『覚えて』いる状況よりは僅かながらこちらに有利だ。2つのゲートに関して言えば、解放されていても当分問題は無いだろう。何故ならば。

「アブソーブゲートとラジエイトゲートについては、プラネットストームの出入り口でもありますからグランツ謡将もそう簡単に手は出さないでしょう。プラネットストームによって得られる惑星燃料が無ければ大規模譜業は動きませんし、譜術の威力も激減することになりますから」
「奴が何を考えているにせよ、プラネットストームの恩恵は被りたいからな」

 アッシュはジェイドの推測を肯定した。彼はディストから『レプリカ計画』について聞かされているから、ジェイドの言いたいことをはっきりと理解している。
 ヴァンが企んでいる『レプリカ計画』は、フォミクリー装置無くして成就出来る計画では無い。惑星の地表層全てを複製するための譜業機関がどれほどの規模になるかは分からないが、少なくともプラネットストームを利用しなければ音機関は動かせないだろう。
 故に、例えダアト式封咒が解かれていたとしてもヴァンは、最終段階に入るまで2つのゲートを破壊することは無い。無論、ジェイドの『記憶』にあるように、プラネットストームの逆流などの画策はしているだろうが。

「ですが、シュレーの丘にあるセフィロトはこれで、いつでも破壊できる状態になった訳です。あそこを破壊すれば、まあマルクトの大部分は崩落してしまうでしょうね」

 はっきり示されている問題から、解決せねばならない。そう思い、ジェイドは問題を提起する。イオンにちらりと視線を向けると、彼はジェイドの意図を汲み取ったのか小さく頷いて口を開いた。

「そうですが……ユリア式封咒がまだ残っているはずです。あれは僕にも解除出来ません」
「ユリア式? アクゼリュスの時は、そんなの無かったぞ」

 イオンの言葉に、ルークが声を上げる。『記憶』でアクゼリュスに至った時には不思議にも思わなかったことだが、今のジェイドにはその理由が分かる。

「でしょうね。グランツ謡将が解除なさったようですから」
「師匠が?」
「ヴァンが?」

 良く似た声が、異なる呼称でヴァン・グランツを示す。ジェイドは「ええ」と頷き、その理由を伝えるためにまずはセフィロトの封咒について簡潔に説明することにした。

「セフィロトを操作するために、解除しなければならない封咒は3種類あります。それぞれに、解除の鍵となる名が付けられているようです」
「あ、そっか。ダアト式封咒を解除出来るのがダアト式譜術を扱えるイオン様、ってそう言うことなんだ」

 アニスがいち早く理解し、大きく頷いた。フランシス・ダアトの血統は確認されておらず、その名が残っているのはローレライ教団の中枢都市と導師だけが扱うことの出来る譜術のみ。

「アルバート式封咒は、フレイル・アルバートかその異母兄弟であるシグムントの血統が鍵だったと推測出来ます。ホドの欠落でエラーが出たので、順当な解除が出来ませんでしたがね」

 アルバートの子孫は、即ち彼と婚姻したユリアの子孫でもある。その場合はユリア式封咒と同じくフェンデの兄妹が該当するわけだが、恐らくはシグムントの血統が正解だったのだろうとジェイドは自分の中で結論づけていた。
 その場合、該当者は彼の名を冠する剣術を扱えるガイの可能性が高い。フェンデとガルディオスは元々主従関係にあり、アルバート流剣術を補佐する意味合いの強いシグムント流剣術を擁するガルディオス家が異母兄とその妻を護ろうとしたシグムントの係累であっても何らおかしくは無いからだ。

「では、ユリア式封咒を解く鍵は……ユリアの子孫であるティア、ですの?」

 2つの例から類推すれば、ナタリアのようにすぐ答えに辿り着くことは出来る。これで、鉱山の街にあったセフィロトの封咒が解除されていたと言う謎も解けるのだ。

「じゃあ、アクゼリュスの封咒は、ヴァン総長が解いたの?」
「そうだと思います。お2人は実の兄妹ですから、即ちグランツ謡将もれっきとしたユリアの子孫と言うことになりますからね」

 アリエッタの答えを肯定したジェイドは、改めて同行者たちを見渡した。これで、現在自分たちが置かれている事態は理解して貰えただろうか。

「じゃあ、先にシュレーの丘を抑える必要があるのかな? ジェイド」
「ええ。アクゼリュスの崩落がバチカル、ダアト、それにグランコクマに知らされるにはもう少し時間がありますから、グランツ謡将が動くとすればその後ですしね。今の時点では、そう多くの兵士を動かすことは出来ないはずですから」

 ルークの質問に答えるジェイド。『前回』も、ヴァンが動き始めるのはそれらの情報が行き渡った後だった。無論それは、表に出すわけにはいかない『レプリカ計画』を動かすためにモースの命令を隠れ蓑にする必要があったからだったが。今回もヴァンは、同じように考えを巡らせているだろう。


PREV BACK NEXT