紅瞳の秘預言36 混迷

「しかし、そうなりますと残った3人はかなり手強いですぞ」
「『魔弾のリグレット』、『黒獅子ラルゴ』、『烈風のシンク』でしたか。確かに強敵揃いですな」

 ゼーゼマンとノルドハイムが、顔を見合わせる。六神将の名はマルクトにも知れ渡っており、古株であるラルゴなどは戦場でまみえた兵士もいるはずだ。彼らもまた、その実力にはどこかで触れたことがあるのだろう。

「ま、その辺はジェイドが戻って来てからにしよう。それで……ジェイドたち、こっちにはいつ頃戻って来れそうだ?」

 ぽんと手を打ち、2人の会話を止めたところでピオニーは先ほどの兵士に視線を戻した。直立不動の姿勢を保っていた彼は、はっと意識を引き戻すと再び口を開く。

「は、それが……もうそろそろテオルの森に着く頃では無いか、と」
「……早いな」

 さすがにこの答えには、ピオニーも一瞬言葉を失う。アクゼリュスが消滅してから、まだ2週間も経っていない。それでありながら既にタルタロスが外殻大地へと帰還し、既にグランコクマのすぐ傍まで戻って来ている。それは、ピオニーの知るジェイドの『記憶』よりもずっと早い。
 ただ、ローテルロー橋からの移動が速過ぎると言う事実については心当たりがあった。ジェイドが『ナンパ』した、六神将だ。

「『妖獣のアリエッタ』だろうな。魔物を使役出来たはずだ」

 彼女の力により、魔物を足として移動して来たのであればルートにも寄るが、徒歩や馬車よりも早く辿り着くことが出来る。ジェイドがアリエッタを仲間に引き込んだのはそれが理由ではあるまいが、結果的にそれが良い方向に転がったことになる。
 そこまで考えたところで、ピオニーの表情から笑みが消えた。青の瞳に鋭い光を宿し、兵士に命を下す。

「よし、テオルの森の外までアスランを迎えに行かせろ。ジェイドはこっちに着き次第俺のところに寄越せ。報告を聞く」
「はっ」

 命令を受け、素早く敬礼した後兵士は即座に会議室を飛び出して行った。その背を見送り、扉が閉じられた後ゼーゼマンが長に視線を向ける。

「お客人のために、宿に部屋を取っておきましょうかね?」
「ああ、そうだな。本当なら城に泊まって欲しいとこだが、さすがに状況が状況だ。キムラスカの王族を泊めるにゃ無理がある。確実に議会がうるさい」

 参謀総長の言葉に頷いて、座席の背にもたれる。彼の表情には、幾分疲れが見えた。それには気づかぬふりをして、ノルドハイムは感心したように顎を撫でた。

「それにしても、街ごとの消滅から生還とは……何ともはや」
「街自体も無事な可能性があるからなあ。ともかく、ジェイドに話を聞けば分かるだろ」

 目を閉じ、ピオニーはそう答えた。そうして口には出さずに、今後の展開について思考を巡らせる。

 ……さて、と。
 ジェイドの動きも早いが、キムラスカ側も相応に早い。
 気が進まないが、開戦もやむを得んか。

 ゲルダは、どこに動かせば良いだろうな?


 マルクト王城の会議室から兵士が駆け出して行ったちょうどその頃、魔物の一団がテオルの森の手前に辿り着いていた。
 アリエッタにずっと着いて来ていた『兄』ライガとフレスベルグ、アッシュと共に途中から合流したリボン付きのグリフィン。彼らに加え、ローテルロー橋近郊の森に棲んでいたアリエッタの『兄弟』たちが駆けつけ、ルークたちの足となってくれたのだ。その中にはルークが救った卵から生まれたばかりの小さな『末弟』もおり、それを聞いたルークはジェイドやイオンと顔を見合わせて幸せそうに笑っていた。

「よーしよしよし、ほんとみんなありがとなー」
「みゅー、みゅみゅみゅみゅう」

 『末弟』の首にしがみついて毛皮を撫でつけながら、ルークは同行してくれた魔物たちに礼を告げた。同行者たちもそれぞれに礼の言葉を口にし、アリエッタやミュウがそれを通訳して彼らに届ける。

「貴方がたは、この森で待っていてください。街や兵士に近づきすぎなければ、人間側から攻撃して来ることは無いと思います」

 ジェイドの言葉をアリエッタが翻訳し、魔物たちに伝える。代表して『兄』ライガが、ぐるると低く唸って答えた。ふんふんと彼の言葉を聞いていたアリエッタが、ジェイドの顔を見上げた。

「分かった、って。何か困ったことがあったら呼んでくれって、ママも言ってたって」
「ライガの女王ですか? ええ、その時はお願いしますよ」

 『兄』ライガの鼻面を軽く撫で、穏やかに微笑んだジェイドの言葉を魔物も理解したのか小さく唸って頷く。そうして、彼を先頭に魔物たちは森の緑の中へと姿を消した。

「はい、では行きましょう」
「はーい。イオン様、アリエッタの兄弟とはまた遊べますって」
「あ、はい。そうですね、また遊びたいです」

 ぽんぽんと手を打ったジェイドに反応して、アニスがイオンの服の裾を引っ張る。少年導師は魔物たちが去っていった方角を名残惜しそうに見ていたが、やがてにっこりと笑顔を浮かべると大人しく歩き始めた。

「ティアも、また遊んで貰えばよろしいのでは無くて?」
「え? あ、そ、そうね……」
「……お前ら……」

 ルークと戯れる『末弟』ライガをうっとりと眺めていたティアは、ナタリアの溜息混じりの言葉にやっと我に返った。王女の隣でこめかみを揉んでいるアッシュの表情は、怒っていると言うよりは呆れ果てていると言った方が正しいだろう。

「うーむ、やはりタルロウにも来て貰った方が良かったな……」
「音機関を弄っている暇は無いですよ、ガイ」

 「ジェイド様がお戻りになるまで、タルタロスを守るズラ!」と宣言して自ら陸艦に居残った譜業人形に思いを馳せているガイの真剣な表情には、さすがのジェイドも溜息をつくしか無かった。


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