紅瞳の秘預言38 誓願

 ホドにあった研究所の所長は、私でした。ホドの崩壊は私のせいでもあるんです。
 だから、恨むなら私にしてください。

「俺も詳しくは知らない。けど、ホドに旦那の研究所があったらしい。ホドが崩壊したのにも、どうやらその研究所が絡んでるようなんだ。……その影響で帰る場所さえ消えたんだ、って思ったら……な」

 ジェイドに告げられたあの時からガイの脳の一部を支配していた、彼を憎む心。カースロットと言う術をトリガーにして表出したその思いは、それまで長い間隠し通していたガイの本音をも表にさらけ出させる。

「考えてみりゃ、最初からおかしかったんだよ。いくら何でも、キムラスカに街1つを消滅させるような兵器を領内に持ち込ませる程、マルクト軍がへっぽこなわけは無いしな」

 前髪を掻き上げるようにして、ガイは自分の表情を隠す。自分の顔が今、憎悪に満ちた表情を浮かべているのでは無いかと不安になったのだろうか。
 そこまでじっと話を聞いていたアニスが、おろおろしながら中に割って入った。彼女は彼女なりに、仲間たちを気遣っているのだ。以前、些細な行き違いから仲間割れを起こしかけたときの顛末を知っているから。

「そ、そーだよねえ。ルークとアッシュのパパって公爵様だしぃ、王族だもんね。キムラスカだって、まさかそんな重要人物を見殺しにしちゃうような武器、使わないよねぇ……」
「……そう、ですわね。大がかりな譜業兵器を使うようでしたら、そもそも歩兵部隊を先行させることはありませんわ」
「……」

 ナタリアが考えつつ呟くその背後で、アリエッタは無言のまま人形をぎゅっと抱きしめた。
 彼女の住んでいたフェレス島は、ホドの崩落時に起きた津波で壊滅している。だがよく考えて見れば、1つの街が戦闘で攻め落とされたからと言って、その周辺までも壊滅させるような津波が起こるものなのだろうか?
 マルクトの研究所がホドに存在したのであれば、答えはそこにあるのでは無いだろうか。
 思考を巡らせていたティアが、ふと顔を上げる。不安げな表情は、自分の推測が不吉なものであることを示唆していた。

「カーティス大佐の研究所ってことになると、研究内容はもしかして……」
「フォミクリー、か」
「ええ。先代皇帝の命令で、フォミクリーの軍事転用を目指して実験を行っていました」

 吐き捨てるようなアッシュの呟きに、涼やかな声が重なるように答えを紡いだ。はっと振り返った全員の視界に入ったのは、開かれた扉の横に佇んでいる青い軍服を纏った軍人の姿。

「ジェイド!」
「ガイは回復したようですね。良かった」

 穏やかな笑みを崩さないまま、ジェイドはゆっくりと歩み寄って来る。ガイと視線を合わせると、青年は僅かに首を傾けた。カースロットの力が失われているからこそ、2人は当たり前のように傍にいることが出来る。

「旦那には済まないことをしたな。みんなに話したよ、俺の素性」
「そのようですね」

 にこ、と微笑んで頷くジェイドの態度に、ナタリアがはっとしたようにガイを振り返った。青年は苦笑を浮かべ、王女の表情を読み取って頷いてみせる。

「旦那は俺の素性を知っていたよ。知ってて、俺が言い出すのを待っていてくれた。何も言わずに見守っててくれたんだ。その点で、俺は旦那には感謝してる」
「私が告発するより、ご自身で打ち明けられた方が皆さんにも受け入れやすいでしょうからね」

 ほんの数時間前、一方が呪力に犯されていたとは言え刃を向け合っていた2人が、今はごく当然のように柔らかく微笑み合っている。それだけでもルークは、ほっと胸を撫で下ろすことが出来た。
 それに……ガイが自分たちに隠していたことは、自分たちにとって衝撃的すぎることだ。
 ジェイドも分かっていて、だからガイ自身が打ち明けるまで秘密にしていてくれたのだ。
 そのくらい、今のルークには理解出来る。

「何で俺は、旦那を狙っちまったんだろうなあ。あんたが悪いんじゃ無い、って分かってたはずなのに」
「いえ、ごく自然な選択だったと思いますよ」

 困ったような顔をして自分を見上げて来るガイに、ジェイドは真紅の目を細める。彼にしてみれば、『記憶』の時のようにルークに対して刃を向けられなかったことで安堵しているのだ。それを、当人を初めとする同行者たちが知ることは無いのだけれど。
 だが、ここでファブレへの怨念を吐き出させておいた方が後々まで響かないだろう。そう考えてジェイドは、ふと気づいたように問うた。

「私で無ければ、誰を次に狙ったと思いますか?」
「……ルークか、アッシュ」

 その問いに、ガイはほんの一瞬だけの思考で答えを返して来た。やはり、と目を伏せるジェイドの代わりにアッシュが、理由を問い質す。

「俺とこいつが、ファブレだからか」
「ああ。元々俺がファブレの屋敷に奉公に入ったのは、家族の仇を取るためだったんだ。ファブレ公爵は俺の家族を……父上も母上も、守ろうとしてくれた姉上や使用人たちも全て手に掛けた。俺とペールだけが生命を長らえて、崩壊するホドから脱出することが出来た」

 普段よりも低く抑えた声で、ガイはぽつりぽつりと自分の過去を口にする。その中に現れた名前の1つにルークとアッシュ、そしてナタリアが同時に目を見張った。

「ペール、ですって?」
「確かに、ガイとは仲良いけど……」
「ペールも、ホドの生き残りだったのか」
「元は俺の剣術の師匠さ。あれでもまだまだ、俺よりは強いぜ」

 納得したように頷いたアッシュを見返しながら、ガイはどこか悪戯っ子のように肩をすくめた。僅かに俯くと、青い色の瞳が影で色濃く見える。それが彼の中にある闇のように思え、イオンはこくりと息を飲んだ。

「それでは、ガイ。貴方は隙を見て、ファブレ公爵の一家を……ルークを、殺すつもりだったんですか」

 導師の問いに、ガイは本音を隠すこと無く「そうだな」と首を縦に振る。彼がジェイドの思惑を知ることは無いが、ここである程度自分の思いを吐き出してしまうことは仲間たちとの今後の関係においても必要だろうと考えている。
 だからガイは目を逸らすこと無く、2人の焔を真っ直ぐ見つめながら言葉を吐き出した。

「俺が公爵にされたことを、そっくりそのままお返ししてやるつもりだった。家族を、使用人を、目の前で殺された俺の怒りを、そのままな」
「……」

 今まで知ることの無かった青年の思いをぶつけられ、ルークとアッシュは息を飲む。暫しの間、重苦しい沈黙が室内を支配した。
 静まりかえった空間に音を取り戻したのは、かすれるような声で紡がれたルークの言葉だった。

「……そ、それじゃさ、ガイ……その、俺なんかに振り回されて、嫌だったんじゃ無いのか? 俺、何も知らないで沢山わがまま言って、ガイに迷惑掛けてばっかりで」
「……俺も、バチカルを離れるまでは扱いづらいガキだったろうしな」

 アッシュはがりと前髪を掻き、すいと視線を逸らしながら呟く。手を外すと前髪が流れて、彼がルークと良く似た容姿であることをガイに思い出させた。2人がオリジナルとレプリカである故にそれは当然のことであり、で無ければ『帰って』来たルークが本来の『ルーク』で無いことにすぐ気づけただろうから。


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