紅瞳の秘預言39 雄図

 ジェイドに連れられて、ルークたちはグランコクマの城へと招き入れられた。そのまま謁見の間へと入って行く……はずが、扉の前にルークは1人の男の姿を認めた。

「あれ? ディスト?」
「フリングス少将と一緒に、先にこちらに来ていたそうです」
「へえ」

 ジェイドの説明に頷いて、まじまじとその姿を見直す。朱赤の焔にとって見れば、彼と会うのはコーラル城以来になるだろうか。
 癖のない銀の髪と、黒いジャケットに赤っぽいスラックスはあの時と同じ衣服だが、以前は存在した大きく派手な襟が無い。もっとも、その方が良い感じだとルークは少しだけ思った。

「やあ。皆さん、お久しぶりです」

 その彼がにこにこと上機嫌な表情を浮かべているのは、視界の中にジェイドが存在しているからだろう。笑顔を絶やさないままサフィールは、顔をしかめた真紅の焔と当たり前のように肩を並べている金の髪の王女に視線を止めた。胸元に手を置くと、恭しく礼をして見せる。

「ナタリア王女におかれましては、お初にお目に掛かります。サフィール・ワイヨン・ネイスと申します、どうぞお見知り置きを」
「え、ええ。初めまして……え?」

 普通に挨拶を返した後ナタリアは、ルークが呼んだ名と彼自身が名乗った名の相違に気づいて目を瞬かせた。小さく溜息をつき、元々同僚だったアッシュがその意味を解説してみせる。

「本名はサフィールだが、ダアトでの通り名は『死神ディスト』。こいつも俺と同じく、六神将の1人だ」
「ああもう、死神でも何でも良いですよ。その名を今後自称として使う気はありませんからね。呼ぶ分にはご自由にどうぞ、ですが」
「神託の盾、辞めたの?」
「辞表は出していませんけど」

 アリエッタの問いに「この身分は後々活用出来そうですから」とぺろりと舌を出し、サフィールは肩をすくめながら無邪気に微笑んだ。ジェイドは苦笑を浮かべながら、軽く肩をすくめる。

「貴方のその柔軟性が私にはありません。本当に助かっていますよ、サフィール」
「いえいえ。私ではまだまだ、ジェイドに敵わない点はそれこそ山のようにありますから」

 互いに視線を交わし、微笑み合う2人を見比べながら青いチーグルがぷうと頬を膨らませた。ルークの肩の上で小さな手をぱたぱた振り回し、少し怒ったような顔をして声を上げる。

「みゅー。でもでも、ディストさん、ジェイドさんいじめたですのー」
「ぐ。ちゃ、ちゃんと怪我治したからいいでしょうっ! もうこのチーグルはー!」
「あれは不可抗力でしたから。あの後、ちゃんと仲直りしたんです。だから、大丈夫ですよ」

 鋭い指摘に思わず声を張り上げるサフィールと、苦笑したままミュウに説明するジェイド。むっとしたままのミュウだったが、しばらくじーと2人を見比べて「……それなら許してあげますの」と耳をぺたりと下ろした。うっとりとミュウの仕草に見とれていたティアが、はっと正気に戻り慌てて問いの言葉を投げかける。

「ディスト、貴方は敵では無いのですね?」
「今の私はジェイドの補佐役です。ピオニーにも忠誠を誓っていますよ。ご心配無く」

 子どものように青い腕にしがみついて、サフィールは上機嫌な表情を崩さない。ただ、その言葉の中に含まれた固有名詞の片方に気づいてガイがおどけたように肩をすくめた。

「忠誠を誓ってる相手を呼び捨てかい?」
「いろいろあるんですよ。ほら、ピオニーが待ってます。入りましょう」

 くいと自分の腕を引きながら同行者たちを促す幼馴染みに、ジェイドは素直に従った。


「ほーお。俺のジェイドを連れ回してなかなか返してくれなかったのは、お前さんたちか」
「は?」

 開口一番。
 いきなりそんなことを金の髪の皇帝に言われて、ルーク以下ミュウに至るまでぽかんと目を丸くした。玉座の両脇に立っている2人の老将と幼馴染みたちはいい加減に慣れているのか、小さく溜息をつくのみだが。もっとも、その中でも銀髪の学者だけは噛みつかずにはいられなかったようだ。

「誰が貴方のジェイドですか」
「俺の部下だから俺のだ」

 さらりと一言で返した後、ピオニーの空色の視線はイオンに向いた。森の色の髪を持つ少年はゆったりと微笑み、軽く首を傾ける。

「導師はご無沙汰しているな、うちの部下は役に立ったか?」
「ええ。お久しぶりです、ピオニー陛下。とても素晴らしい方々で、本当に助かりました」

 にこにこと笑いながらイオンがちらりと目を向けたのは、2人並ぶ焔たちだった。それにつられるように、ピオニーも彼らを視界の中心に据える。
 黒い詠師服のアッシュと、白いコートのルーク。そのうち、ピオニーがまず目を向けたのはレプリカであるルークの方だった。

 こっちの白い方がジェイドの『息子』か。ちと頼りなさげだが、良い面構えしてやがんな。
 ──ジェイドと、良く似てる。

 『記憶』を得たジェイドより少年の話を聞いてから、ピオニーはこの日を待っていた。他人に対する感情が薄かった懐刀を変えた、『聖なる焔の光』。その顔を是非一度、自分の目で見てみたかったのだ。
 次に彼が見据えたのは、ルークのオリジナルであるアッシュ。ジェイドの話に聞いていたよりも穏やかな表情を浮かべている青年に、皇帝はなるほどと小さく頷いた。

 こっちがオリジナルね。はは、育て方さえ間違えなきゃ十分良い子じゃねえか。

 ああ、お前がこの子たちを護りたかった理由が何と無く分かったよ。
 こいつらは、何にでも一所懸命になるタイプだ。

 薄く眼を細めて笑みの表情を形作ると皇帝は、いつもの口調で軽口を叩いた。内心を、子どもたちに悟られぬように。
 彼らに対してジェイドが口にすることの無い、彼の思いを悟られないように。

「こいつ、封印術なんぞ食らいやがって使えなかっただろ? 全く、ドジな奴なんだからなあ」
「陛下。客人を惑わせてどうされますか」
「全くです。それに、ジェイドはドジじゃありません」

 少し困ったように微笑むジェイドと、その腕にしがみついて頬を膨らませるサフィール。2人の友人たちと、その彼らを見て呆気に取られている同行者たちを見比べて少しだけ眉尻を下げると、ピオニーは軽く頷いた。

「はは、参ったね。ま、確かに阿呆話していても始まらねえな。本題に入ろうか」

 1度目を閉じ、そうして瞼を開く。その何気ない仕草を挟むことでピオニーは、自身を『ジェイドとサフィールの友人』から『マルクト帝国の皇帝』へと切り替えた。
 途端、目の前にいる子どもたちがざわりと身を引いたことが分かる。ピオニー自身としては己の思考モードを切り替えただけで別に雰囲気まで変化させたつもりは無いのだが、どうも外側から見るとかなり変わるように感じられるらしい。
 まあいいか、と心の中で呟きながら皇帝は、話を先へと進めることにする。

「ジェイドから、アクゼリュスの現在の状態と大詠師モースの動きについて大体の話は聞いている。教団の大詠師派はマルクトに戦争を吹っ掛けるつもりなんだってな」
「ああ。……じゃ無い、はい」

 代表してルークが頷く。ジェイドの知る『記憶』とは違い、この世界でルークはアクゼリュスを破壊した訳では無い。だが、少なくとも鉱山の街を外殻大地から消し去ったことは事実であり、それ故か少年の表情は少し曇って見えた。
 が、その少年を庇うように声を上げたのは同じ顔を持つ青年だった。

「こいつはその生け贄にされるはずでした。預言を遵守すべしと言う大詠師派の目論見に従って。……こいつで無ければ、俺がその役を担うはずだった」


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